続きます第3章:宿屋の厨房と新たな仲間
第2章:新たな仲間??
バルカンの工房を後にし、夜の帳が下りたエイルの街の石畳を、僕とレイラは並んで歩いていた。 純青の炎を取り戻した街の空気は先ほどまでとは一変し、どこか晴れやかで、夜風すらも心地よく感じられる。
「本当にすごかったね、イサナギ。バルカンさんの炉の火が青くなった瞬間、街の【火】と【地】の幻素が、嬉しそうにパチパチって跳ねるのが見えたわ」
レイラが僕の手を軽く揺らしながら、月明かりの下で嬉しそうに微笑む。
「あぁ。15コマに魔法が戻ったときはどうなるかと思ったけど、物理的な剣の軌道と組み合わせることで、かえって幻素の『中割り(コマの間引き)』が正確にできた気がするよ。無駄な魔力も使わなかったしね」
腰の鉄剣に手を当てながら、僕は脳内で今日の『戦闘』の反省会を行っていた。 24コマの全能感はない。けれど、15コマという限られたリソース(予算)の中で、いかに効率よく世界を調律するか。その泥臭い工夫が、今の僕の血肉になりつつあるのを感じていた。
「さぁ、お腹もいっぱいだし、マーサさんの宿へ戻って、明日の旅の計画を――」
僕がそう言いかけた、まさにその時だった。
――ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……。
路地裏の暗闇から、地響きと見紛うほどの、凄まじい「地鳴り」のような音が響いた。
「ひゃっ!? ま、またヴァルガのノイズ!?」 レイラが身構え、瞬時に僕の背後に隠れる。
いや、違う。これはマナの不協和音じゃない。もっと原始的で、もっと切実な……そう、生物が生きるために発する、極限の「空腹の叫び」だ。
「……う、動けん……。一歩も、動けんぞ……。【地】の幻素が……ワシの胃袋から、完全に消失してしもうた……」
弱々しい、だけどどこか地中から響いてくるような、低く枯れた声。 僕が鉄剣の柄に手をかけながら暗闇を覗き込むと、そこには路地裏のゴミ箱の脇に、丸太のような太い足を投げ出して座り込んでいる、一人の『奇妙な老人』がいた。
その老人は、僕らオアシスの人間よりも一回り小柄だが、横幅は倍近くある頑強な体躯をしていた。 縮れ上がった灰色の髭を胸元まで伸ばし、頭には鉱夫が被るような、つばの広い古びた革帽子を被っている。そして何より目を引いたのは、その背中に背負われた、身の丈ほどもある巨大な「大土鎚」と、その周囲を漂う、濃厚な【地】の幻素の残光だった。
(この人……ただの老人じゃない。この高密度の【地】のマナは……まさか、絶滅したと言われている『地底族』の生き残りか……!?)
前世の知識で言うなら、いわゆる「ドワーフ」によく似た特徴を持つその老人は、僕らの気配を察すると、帽子の隙間かららんらんと輝く、琥珀色の瞳をこちらに向けた。
「おい、そこの小僧と、お嬢ちゃん……。酷な願いとは分かっておるが……ワシに、何か『地』の力を持つ美味いものを恵んでくれぬか……。さもなくば、ワシはここで干からびて、ただの『石ころ』になってしまう……」
「えぇっ!? 石ころになっちゃうの!?」 レイラが慌てて僕の前に出る。
「イサナギ、大変よ! このおじいさん、身体の中の【地】の幻素が完全に枯渇しかけてるわ。エイルの街のノイズのせいで、大地のマナを正しく摂取できなかったんだわ!」
聖女見習いであるレイラの目には、老人の体内のマナが危険なレベルでスカスカになっているのが見えているようだった。
「地の力を持つ美味いもの、か……」
僕は一瞬、自分の【収納1(買い物カゴ)】の中身を思い浮かべた。 先ほどバルカンの工房で、濃縮キューブは使い切ってしまった。今あるのは、バルカンから貰った小盾と、最低限の着替え、そして――
(いや、まだある。カゴの片隅に、オアシスを出発するときに母さんが持たせてくれた、あの『大地の根菜』の塩漬けが、ほんの数切れだけ『入れるだけ』で残ってる!)
「おじいさん、大したものは無いけど、これならあるよ。……出す(ポップアップ)!」
僕は空間の歪みから、手のひらサイズの木箱を引き出し、その中から琥珀色に輝く根菜の塩漬けを一切れ、老人の口元へと差し出した。
老人は、それが何であるかを認識するよりも早く、まるで飢えた獣のように僕の手から根菜をひったくり、バリバリと凄まじい音を立てて噛み砕いた。
「――むぐ、にゃ、……ごくり。………………う、うおおおおおおおおおおっっっっっ!!!!」
老人の身体から、突如として目も眩むような「黄金のマナ」が噴き出した。 周囲の石畳がカタカタと震え、路地裏の壁の隙間から、小さな雑草の芽が一瞬で吹き出す。
「これじゃ! この味じゃ! 塩気の中に、大地の底の底から湧き上がるような、純度百パーセントの【地】の幻素が詰まっておる! 素晴らしい……! 魂の乾きが、一瞬で潤っていくわい!」
老人は勢いよく立ち上がると、その短い足で地面をドン、と踏み鳴らした。 その一歩だけで、先ほどまでの衰弱ぶりが嘘のように、全身の筋肉がはち切れんばかりに膨らんでいる。
「ワシの名はゴルドン! 世界の【地】の幻素の巡りを正すため、はるか地底の都から旅をしておる『地魔法使い』じゃ! 少年、お前が今、ワシの命を繋ぎ止めてくれた! この恩、決して忘れんぞ!」
ゴルドンは豪快に笑いながら、僕の肩をバシバシと叩いた。あまりの衝撃に、僕の【剣スキル1】で鍛えた体幹すらもグラリと揺れる。
「僕はイサナギ。こっちは幼馴染のレイラです。……ゴルドンさん、まだお腹は完全に満たされていないでしょう? 僕たちの泊まっている宿がすぐそこですから、そこでしっかりとした温かいものを食べませんか?」
「おお! 宿か! それはありがたい! 実は、エイルの街の宿屋を片っ端から回ったのじゃが、どこも『その大鎚が邪魔だ』とか『ドワーフの食い扶持を満たす飯はない』と門前払いされてしまってな……」
ゴルドンは背中の巨大なハンマーを愛おしそうになでながら、しょんぼりと眉を下げた。
「ふふ、マーサさんの宿なら大丈夫よ。あそこはとっても心が広いんだから! ね、イサナギ?」
「あぁ。それに、バルカンさんの炉を直したお祝いも兼ねて、宿の厨房を借りて、僕がゴルドンさんに『最高の地幻素料理』を振る舞うよ」
「何、お前さんが料理を!? ハッハッハ、そいつは傑作じゃ。だが、ワシの胃袋は並大抵の量では満足せんぞ?」
「望むところです。僕の【料理レベル3】の限界、見せてあげますよ」
僕らは豪快に笑う地魔法使いゴルドンを仲間に加え、夜の街道をマーサさんの宿屋へと急いだ。前途多難な旅だと思っていたけれど、どうやら僕らのタイムラインに、また一人、とんでもない『強力なキャラクター(新メンバー)』が割り込んできたようだった。




