皆が『ゆいか』を待っている
卒論を提出した結花は十二月には玲と二人でクリスマスを過ごした。
年が明ければ、朝比奈家と一条家への挨拶に追われた。
そうして気づけば――大学生活も、残りわずかになっていた。
「そうだ!卒業後、忙しいかもしれないケド、コレ、みんなに渡しとく。強制じゃないから!!でも来てくれると嬉しい」
白地に金箔で縁取りがされた上品な封筒をバンドのメンバー全員に渡す。
「〜ッ!?結花!これって!?」
「うん、結婚します」
「阿闍梨と??」
「もぅ!阿闍梨じゃないし、朝比奈さんね!」
「マジか!!いや、そりゃそうだよねー!あの熱量だから……でも、早くない?!就職してすぐじゃん!ゴールデンウィーク!!」
「うん。みんなの予定、早めに押さえておきたくて……。あっ!でも仕事で無理なら早めに教えてね」
「いや、行く!みんな来るでしょ!?庶民には眩しいくらいの結婚式を今後の参考にしたいし?」
「あっ!ウチも秋頃かなって話でてるから……」
「……美里のところ、私たちより知り合ったの遅いのに?話早いね!」
「彼の希望……」
「え?もうプロポーズあったの?!どんなのー!?聞きたい!聞きたい!」
「結花が話すならねー」
「いや、無理だわー」
「でしょ?そういう事」
ひとしきりみんなで騒いだ。
恋や愛について、友達と馬鹿馬鹿しく騒げる時間が愛おしくも過ぎ去る。
目前に控えた最後で最高な祭りをぶち上げるために、ヤレる事をやる。
当日のセットリストを入念にチェックする。
「ここ、二曲目と三曲目逆の方がよくない?」
「いや、ここはop派手にしたから、落ち着こう……」
「次はさ、もっと結花が走り回るでしょ?」
「えー、最初から飛ばす?」
「最後なんだから飛ばすでしょ」
「体力もつ?」
「知らん。死んだら骨拾ってあげる!」
「舞台転換はメインにオケ呼んでるから、そのつもりで!」
「ぅイイー!キッチー!誰この選曲!!」
「お前だよ!!」
「俺の腕がパンパンなんだけど……」
「ファイト?」
「照明、ここ全部落として」
「何秒?」
「三秒」
「暗転三秒は長い」
「じゃあ二秒」
「結花、そこ移動間に合う?」
「走る」
「ヒールだよ?」
「走る」
「転ぶなよ」
「転んだら演出ってことで」
「ならねえよ」
「アンコールは引っ張る。結花着替え入れるから」
「やっぱり、着替えはやりすぎじゃない?!保護者席から怒られない?イメージ壊すって!」
「残念だけど、この招待状貰ったらやらない訳にはいかないよね?本家を越えよう!最後にマイク置いていいから……」
「いや、無理無理無理無理!私がマイク置いたらただのギャグじゃん!」
「もう、衣装あるし」
「え?もう!?」
「スポンサー様からご提供いただきました!拍手!」
「あ、あ、あ、玲さーん……」
そして迎える当日。
冷え込みの厳しい朝だったが、空には雲ひとつなく、よく晴れている。
時間を確かめるために付けたままのテレビからは、今日は一日中晴れの予想が流れてくる。
結花は、小田原の家を引き払っていたので、ホテルから出かける支度をする。
これは、雪や不慮の事故で電車が動かない事を想定して、都内の実家から通っていたメンバー全員が同じだ。
ピンポンピンポンと部屋の呼び鈴が鳴らされる。
「結花?できてる?!」
「はーい!今行く!」
結花は顔を上げて前を向く。
それからほんの一瞬だけ立ち止まって、誰に向けてなのか……。
「……行ってきます!」
そう一言呟いて、部屋の扉を開けた。
会場は最後のリハーサルを行っている。
結花はいつもの通りにマスクをしたまま、立ち位置と曲に入るタイミングを軽く確認するだけ。
後は温められた控室で、時間までを過ごす。
去年までは、いろいろと細かく準備したものをチェックして、先輩の晴れ舞台を作った。
今年は、それを頼もしくなった後輩たちが引き受けてくれる。
結果、何もやる事がなかった。
端末は敢えて電源を落としている。
玲は客席で見守る。
それで、いい。
それ以上はいらなかった。
身内が座る関係者席は華やかで、とても賑やかな集まりになった。
結花を要とした親族が集まった。
鷹司家は景の祖母、景、馨、瑠璃、葵、朝比奈母、そして玲。
鳳院から馨の祖父が推しに会いたいとやってきた。
それに付き添うように一条夫妻が並ぶ。
少し離れた席に長谷川一家が座る。
結花の祖父母、両親はこの日のために仕事の休みを調整して前泊し、観光も楽しんだ。
そして、業界関係者と思わしき集団はスーツ姿が目立っていた。
東央エンタープライズの面々も当然来ており、その中には佐々木も含まれている。
佐々木は『ゆいか』獲得断念の判断後、降格すると思っていたが、誰かの推薦を受けて部長から本部長に昇格した。
『ゆいか』の獲得を諦めたが、それでも最後まで見届けたかった。
関係者だけで席の約三割が埋まる。
一般席も、ほぼ徹夜に近い時間から並んだ早朝組ですでに埋まっている。
立ち見もこれ以上は危険と判断されて入り口を封鎖した。
封鎖後、後輩たちは会場の入り口に暗幕を張り中が見えないようにする。
異様な熱気に包まれる会場。
皆が『ゆいか』を待っている。
「アンタにこのメイクするの、今日で終わりか……」
「何?湿っぽいよ?」
「なんだかんだ言いながら、付き合ってくれてありがとね」
「みーさーと!その挨拶はまだ早いって!!王様泣いちゃうじゃん!」
灯は笑いながら結花たちを見ている。
「懐かしの、衣装だね……」
結花が身を包む衣装は新作ではない。
「さて、仕上げしますか!」
結花を座らせ、下地、ファンデーションを重ね、アイラインを整えていく。
見慣れた『ゆいか』が現れるとともに結花はもう喋らない。
『全員、スタンバイ』
インカムから奈緒の声が聞こえてきた。




