集大成
開演のブザーが鳴る。
客席のボルテージはあがる。
いつもの暗幕、この後ろに『ゆいか』がいる。
それを皆が期待している。
前方からピアノが聞こえる。
暗闇の中に一人照らされる、美里。
長い指から繰り出す音が粒となり、客席に届く。
そして、透き通った声で始まるAメロ。
英語の発音はネイティブで滑らか。
始まった曲が何を意味するのか……。
最後の音が講堂に残る。
立ち上がる。
スポットライトを引き連れて舞台へ向かう。
暗幕の脇から舞台へ上がり、シンセの前へ。
美里が鍵盤に手を置く。
その瞬間――
再びざわめき始めた会場後方から突如、ゆいかの声が空気を切り裂く。
「紅だぁああああ!!!!」
暗幕が落ち、現れたメンバー。
シンバルが鳴り、重いバスドラムが地響きのように、鳴り響く。
躍動するドラムス。
そこへ、ベース、ギターが続く。
だが、そこに期待した『ゆいか』はいない。
狼狽える客席。
後方の入り口がバンと開かれた。
外からの逆光。
映し出されたのは……。
ゴスロリにツインテール。
気づいた後方の客席から悲鳴のような歓声があがる。
歌詞を歌いながら客席の間を駆け抜けてくるゆいか。
舞台に近づくにつれて、客席の声は大きくなる。
縦ノリに揺れる講堂。
オープニング曲に耳が痛くなるような歓声が凄まじい。
映像でしか知らなかった『ゆいか』の声が、生で講堂を突き抜ける。
客席の熱が、さらに一段跳ね上がった。
そのまま走り抜くように一曲目は終わった。
「ようこそ、皆さま。こんにちは。また会えましたね。それとも、初めましての方も……、いるのね、ありがとう!今日はわたしたちの卒業を見に来てくれてありがとう!」
ゆいかがトークする間に次の曲の準備をする。
「ではいつもの愉快な仲間たち、まずはードラム!」
「ショウ!」
呼びかけと共に勢いよく音が弾ける。
「シンセサイザー、美里!」
バロック調から始め、コミカルに締める。
「ベース、灯!」
自分の持つ技術を音に乗せていく。
ベンベン、バチン! ギュイーン!と鳴る楽器。
それぞれの特技で自己紹介の音を披露し、次の曲へつなぐ。
二曲目は軽音の定番。
キャッチーでポップな曲調が物悲しさを引き立たす。
同じ場所で過ごした時間は終わる。
みんな別々の場所へ行く。
もう二度と、今とまったく同じ形では集まれない。
それでも、ここで生まれたものは消えない。
ゆいかが透明感のある伸びる声で朗々と歌う。
熱狂していた会場が、今度は歌を聴くために静かになる。
最後の歌詞まで歌うと、会場はすでに涙ぐむ者が多く出ていた。
ゆいかは客席を煽る。
「まだ卒業するには早いよねー!?」
「最後まで騒げる人ー!!」
「声、出せるー!?」
「後ろまで聞こえてないよー!!」
「今日は先生も関係ないからねー!」
「次! まだまだいけるよねー!?」
ゆいかの声に歓声が返る。
「声ちっちゃーい! 卒業生ー!!」
「うおおおお!!」
「在校生ー!!」
「きゃあああ!!」
「よし! 全員まとめて――いくよー!!」
ショウのドラムが弾けた。
始まったのは『みんな一緒』。
美里のシンセが駆け、灯のベースが跳ねる。
その真ん中で、ゆいかは歌い、踊る。
右へ、左へ。ステージいっぱいに駆け回り、客席を巻き込んでいく。
「右ー!!」
「うおおお!!」
「左ー!!」
「きゃあああ!!」
「先生たちもー! 今日は見てるだけ禁止ー!!」
講堂が笑いに包まれる。
「最後なんだから、恥ずかしがってる場合じゃないよー!」
ゆいかが両手を高く上げた。
「みんな一緒に――跳べぇぇぇ!!」
床が震えるほど、講堂全体が跳ねた。
暗転。
アナウンスが10分の休憩を告げる。
明かりの落ちた舞台では、スタッフたちが慌ただしく動き始めた。
椅子が運び込まれ、譜面台が次々と並べられていく。
「なに、あれ?」
「弦……?」
客席が再びざわめき始める。
休憩終了の合図が鳴る。
再び照明が落ち、ざわめいていた講堂が静かになっていく。
舞台上には、この曲のために来てくれたオーケストラ部がずらりと並び、中央に立つゆいかと、いつものバンドメンバーを取り囲んでいた。
「うわ……」
「オケまでいる……」
客席から小さなどよめきが起こる。
ゆいかはマイクを両手で持ち、客席を見渡した。
「最後に、後輩のみんなへ」
講堂が静まる。
「誰かみたいになろうとしなくていい。いっぱい失敗して、遠回りして、自分の好きなものを見つけてください」
少しだけ笑う。
「――私でいい。そう思える日が、きっと来るから」
ゆいかが振り返る。
指揮者がタクトを上げた。
静寂の中、最初の一音が響いた。
美しい日々
春を待つ風が 髪を揺らして
見慣れた景色を 少し遠くする
笑ったあの日も 悔しかった夜も
振り返ればほら ここへ続いてた
さよならじゃなくて
それぞれの明日へ
今日までのすべてを抱いて
歩き出そう
美しい日々よ 私たちを照らして
私でいい 私を信じてゆく
違う道を選び 離れてゆくとしても
ここで出会えたこと 忘れないから
誰かと比べて 立ち止まった日も
何にもなれないと 俯いた日もあった
それでも隣には 笑ってくれる人
名前を呼ぶ声が いつもそこにあった
上手じゃなくていい
迷いながらでいい
選んできた道のすべてが
私になる
美しい日々よ いつまでも輝いて
泣いてもいい また笑えればいい
遠く離れても 同じ空のどこかで
それぞれの未来を 生きてゆくから
今日が終わって
季節が巡って
いつかこの場所を
懐かしく思うでしょう
その時きっと
笑って言えるよ
あの日々があったから
今の私がいる、と
世界で一つの 私の明日へ
私でいい 私を信じてゆく
何度つまずいても 何度遠回りしても
私が選んだ道を 歩いてゆく
美しい日々よ 私たちに幸あれ
出会いに幸あれ 別れに幸あれ
今日までありがとう
そして――
明日に、幸あれ。
最後の一音が、講堂の天井へ吸い込まれていく。
誰も、すぐには声を上げなかった。
ほんの一瞬。
音のなくなった講堂で、ゆいかは客席を見つめる。
四年間、何度も作った舞台。
最初の一年は見ているだけだった。
二年からその真ん中に立った。
何度も見た景色。
でも、今日で最後だ。
「――ありがとう!」
深く、頭を下げた。
次の瞬間。
割れんばかりの拍手と歓声が、講堂を揺らした。




