あの日からここまで
「玲さん、お待たせ!」
玲が結花を迎えに行き、一条家の応接間で少し待たされた。
暫くして、結花が応接間に入る。
最近は見かけなくなった、少しラフな服装が去年を思い出す。
目を細めて結花を見つめると、
「ちょっと前まで、これが私の普段着だったんだよね。変わったなー」
少し恥ずかしげに微笑む。
「こっちも似合ってる。学生って感じで」
「そう?ありがとう。今日は学祭だから綺麗な格好だと汚しそうだから!」
「そっか、俺は?変じゃない?」
「うん!黒スーツじゃないからね!」
結花は明るく笑った。
「去年は仕事……」
「でもさ、学祭でスーツは目立つよ!」
「そうだな……。じゃあ、出かけよう」
結花の手をとる。
一条家の執事に結花は、
「学校へ行って参ります。帰りも玲さんが送り届けてくださるのでご安心ください、とお母様に伝えてね」
「承知しました。気をつけて行ってらっしゃいませ」
軽い会釈の後に執事によって玄関扉が開かれる。
車寄せに待機しているのは、玲の普段使いの車ではなく、複数人が乗れる大きめのSUV車だった。
結花を先に乗せてから自分も乗り込む。
中には運転と警護を担当するエスコートサービスのスタッフがいた。
ゆっくりと車が発進する。
「今日は学祭で人混みに入ります。警護が大変かもしれませんが、よろしくお願いします」
結花がスタッフに挨拶をする。
「いえ、我々はプロですからどんな場所でもお任せください。但し、咄嗟の時は我々の指示に従ってくださいね」
「承知しました。玲さん、私今日すごく楽しみだったんだよ。今年は私の養子縁組や結納とかやる事多くて夏祭り楽しむどころじゃなかったし、こうやってお外に行くの久しぶり」
結花が楽しそうに少し弾んでいる姿は歳相応に見える。
「……そうだな。夏は結花は京都だったから。来年はどこか花火を観に行こう」
そうやって約束を増やす。
来年は家族になっている。
これを変える気など玲は更々なかった。
正門から学祭の雰囲気が漂う。
玲は自分が学生の頃は全く興味がなかったので、こういったお祭り行事には縁がなかった。
多くの学生が行き交うゲートを潜り、左右に分かれた模擬店を見て回る。
逸れないようにしっかりと握った結花の左手の薬指には自分が贈ったペアリングが嵌められている。
「玲さん、チョコバナナ食べる?」
一本を二人で齧り合う。
「甘いねー」
そう言って頬張る結花の口元に目がいく。
「チョコ、ついてるよ」
少し人気のない場所で呼び止め、目線を近づけ、口を合わす。
離れ際に、結花の口の端についたチョコを舐めてから拭き取る。
「うん、甘い……」
結花は顔を赤くして、
「〜〜っ!!」
声にならない悲鳴をあげている。
「玲さん!!見てるから!!」
「知ってる。でも彼らはプロだから慣れてるよ、こんな場面」
玲はイタズラが成功した顔でまた歩き始める。
「次はどこにいく?」
「どうしようかな……ちょっと、そこのベンチで休憩しよっか」
「いいけど、靴擦れ?それとも体調悪い?」
「違う、違う、大丈夫。ここね、私たちの溜まり場。玲さんに見せたかった私のガクチカだよ」
何枚ものポスターが貼っては剥がされた跡。
日に焼けた『来たれ!軽音サークル』と書かれたポスターは二年前の日付。
地雷メイクのゴスロリの少女がマイクを握っている。
「コレが『ゆいか』のデビュー?」
「そう。新歓の呼び込みとサークル紹介の時のやつ」
「化けるな。すぐにはわからない。けど、じっと観てると結花だな」
「あー、ね。いつも美里にやって貰うから雰囲気変わるよね」
誰かがこちらにやってくる。
「……。私が、ナニ?」
声が聞こえたのか、近くにいたらしい美里だった。
彼女の隣には見覚えがある男性がいた。
「美里、デート?」
「アンタもじゃない!」
「あ、彼氏さん?どうもお久しぶりです!ゆいかでーす!学祭楽しんでますか?」
「あっ、ゆいかと阿闍梨?」
阿闍梨と聞こえた玲は笑い方が冷える。
「彼氏さん、ナイトプール以来ですね。お久しぶりです。結花、我儘言ってませんか?」
「美里〜。わたし、我儘キャラじゃないよ?」
「知ってるって……!」
「美里さん、いつも結花の面倒見てくれてありがとう。卒コンの費用は相談乗るから遠慮なく結花の似合う衣装用意して。ただし、露出は控えて」
「……。もちろんです!卒コンは控え目にって皆んなで話してるから……」
美里は目を泳がす。
「そうなの!?」
結花が初めて聞いたと声をあげた。
「シッ。まだ決まってないから!!」
「なら、ぜひとも検討よろしくね」
玲は美里に向かってにこやかに微笑む。
美里の彼氏まで含む三人はその笑顔に脳が溶けそうになる。
「アンタの彼氏、ホント顔面強いんだから……。結花、こんなとこいないで、どっか回りなさいよ」
「一回りしたよ!もうすぐ軽音の時間だからここで聞いていようかなって。会場に顔出すとさ……」
「わかった。じゃあ、ウチらは移動するわ」
そう言うと美里は彼氏の腕を掴んでこの場を離れて行った。
暫くして、賑やかに歌う声が風に乗って聞こえてくる。
「うん、始まった」
結花は玲の左側に座り、玲の左手をとる。
両手で彼の手を握り、足はリズムを取る。
ただ、声は出さない。
静かな二人だけの空気。
曲が全て終わるまで二人はそこにいた。
最後の余韻と歓声が聞こえると結花は満足気に一つ頷き立ち上がる。
「玲さん、楽屋行こう!」
また二人で手を繋ぎ、歩く。
呼び込みの声と雑多な歓声の中心に近づく。
玲は去年の事を昨日のように思いだせる。
去年、この部屋に入ると、ポツンと一人でタオルを被っていた『ゆいか』がいた。
それまで見ていた『さゆり』とも、就活中に出会った彼女とも、あまりに違っていた。
戸惑いを隠せないまま、玲は初めて『ゆいか』に出会った。
ふっと笑った玲に結花は顔を上げて見る。
「なに?」
「いや、結花の名前をちゃんと呼んでよかったと思ったんだ」
玲は繋いでいる手を見る。
「……」
結花は頬を染めた。
「見つけてくれて、ありがとう」
大学のコンビニで大量のお菓子と飲み物を買い、結花と玲は楽屋の扉を潜った。
後輩たちの歓迎を受けながら、
「コレ、差し入れ。それと……」
プロデューサー役の後輩に封筒を渡す。
「ごめん。私、今日は打ち上げ行けないから……。それと頑張ってた君たちにスポンサーがつきました!」
「え?先輩の彼氏さんからですか!? アザース!!」
「ホラ、みんな拝め!!」
「ありがたや!ありがたや!!」
「なに、それ!怖いんだけど!!」
結花たちは、後輩たちに揉みくちゃにされながら楽屋を出た。
「玲さん、今日はありがとう!帰ろう!」
「あぁ、楽しかったな」
二人は正門前につけられた送迎車に乗り込む。
車はゆっくりと都内に向けて走りだした。
結花の端末に通知が入った。
『招かれざる客あり』




