大切な相手の見えないところで
『結花を守るために、結花との生活を止めない』
玲はそれを忘れないように自分の手帳に記す。
デジタルだけでなく、重要な事こそ紙に記す。
それが後から記録になるからだ。
一条家から結花の警護を含め、全体でチームを組むのはどうかと打診があった。
バラバラでは連携を考えた時に不利なのはわかる。
鷹司系列だけの問題ならば内部の警護担当に任せれば良いが、影響が他家にまで及ぶならば、チームを組むのは当然の事だと納得する。
依頼先は、知る人ぞ知る民間のSP派遣会社。
元警視庁警護課のSPや元シークレットサービス、海外要人警護を経験した特殊な経歴を持つ集団。
そこの総責任者に連絡をとり、警護計画を確認する。
暫くは結花と自分、そして鷹司の景と瑠璃を警護対象として担当してもらう。
そして、何か問題があれば共有するように依頼した。
十一月三日の欄には、結花と学祭へ出かける予定を書き込む。
「よし」
気を引き締めて、本日の業務に取り掛かった。
※※※
お嬢様は今日も懲りずに、自称婚約者の元へ向かうそうだ。
「まだつかないの?早くしないと、彼の出勤に間に合わないじゃない!グズね!」
この数ヶ月、自称婚約者の彼の元へ何度も通っているが、まだ一度もお目にかかった事はない。
相手が相当こちらを警戒しているのが、素人のしがない運転手でもわかることなのに、ウチのお嬢様ときたら……
「なんで、車が進まないのよ!全くアナタの運転が悪いから私は彼の元に到着できないじゃない!」
「はぁ……」
お嬢様の罵詈雑言にはすぐに慣れた。
橘家の運転手の離職率は高かった。
だが、タクシーの運転手をするよりは間違いなく安定した高給取りになれる。
自分の家族を養うために、お嬢様の騒音は聞き流す。
バックミラー越しにお嬢様を見ると、毎週変えているネイルの爪先をガリガリと噛んでいた。
せっかく整えても爪先はすぐに駄目にする。
「一条が出しゃばってきてから、本当に碌な事がないんですから……いやになるわ!」
お嬢様の大きい独り言。
決して反応はしない。
ここへ通うようになってからすぐに、会社の正面玄関に警備員が常駐している。
会社の車寄せに駐停車する事が禁止された。
相手側から不法侵入と威力業務妨害で刑事告訴すると告げられたので、敷地に入る事はできない。
少し離れたところで今日もお嬢様は彼を見つける努力をする。
「お嬢様、スミマセンがコンビニでトイレ借りてきます」
「……」
いつものように、下々の言葉は通じない。
俺は運転席のドアを開け、近くのコンビニまでゆっくりと歩いて行った。
「はい、いつもの……。お兄さんも大変だね」
最近、ここの喫煙所でよく会う、娘と同じ年頃の可愛い子がコーヒーのボトルを渡してくる。
「ホント、お嬢様には困ったもんだよ……。脈無しなんて、俺でもわかるってのにさぁ」
「あー。ねー……」
「それで、お嬢様なんか面白い事言ってる?」
「あぁ、ライバル?な家にまた押しかけるって、無駄だろ?」
「え!マジで?ウケる!」
女の子は火がついたタバコを手に笑う。
自分もタバコに火をつけようとタバコの入った紙ケースを探る。
「あっ、クッソ!タバコ切れた。給料日、もうすぐなんだけどさー。ちゃんと出るんかねー……」
「給料日、遅れそうなの?」
「なんか、使用人の内輪話で資金繰りがショートするって、本気で勘弁して欲しいわ。こっちにも支払いの事情があるんだからさー」
「ええー!そりゃ遅れたら死活問題じゃん!奥さんに叱られない?」
「ホント、嫁さんにキレられるのだけはやめてほしい……」
「お兄さん、良かったらコレあげるよー。何本か吸っちゃったけどまだ中身あるし」
「いいんかい?悪いねぇ」
「お兄さんの話、面白いからさぁ。また会ったら聞かせてよ」
「俺の愚痴でいいならな……」
「うん、じゃあねー」
女の子は喫煙所から消えて行った。
貰ったタバコの一本を吸い終わり、車に戻る。
お嬢様は後部座席にいなかった。
懲りずにまた、会社へ押しかけているのだろう。
「ホントに警察沙汰になっても知らねーよ」
誰も聞いていない車内でポツリと呟いた。
※※※
「だからさ! もっとパンチある声出せよ! ゆいか先輩より歌上手いんだろ?」
「バカ! いつまで先輩と比べてるんだよ! 私は私の声なの!」
「あー。いっその事、ボーカル男は?」
「~~っ!! もういい!! 好きにすれば!」
勢いよく開かれた扉から出てきた後輩と目が合う。
丁度、四年生組が集まっていた。
「!! せんぱい……」
後輩は自分を心配そうに見つめる先輩たちの視線を感じて、唇を強く噛む。
それでも溢れるやり場のない憤りが、涙となって頬を伝う。
「あー。おまえら、もっと話しろよ……」
練習室の中に向かって、ドラム担当が声をかける。
「……先輩! 今更、口出ししないでくださいよ!」
「いや、今の相当酷いと思うよ?」
「だってアイツが普段から『私ならゆいか先輩を超えられる』って言ってるから……」
「まぁ、そうねー。それは何度も聞いた事ある。だけどさ、本番までもう日にちないわけ。わかる?」
「……はい」
廊下にいる後輩は泣きじゃくっている。
「お前もさ、結花に寄せるな。出来る、出来ないじゃなくて、個性だろ?」
「……」
鼻をすする音が響く。
「お前が一番好きな歌はなんだ? そこから話し合えば? その間、俺たちここで練習させてもらうわ」
「……あの、ゆいか先輩は?」
「アイツ? 今日は来ないよ。曲合わせに全部来てるわけじゃねーし」
ドラム担当は、自分用にドラムをセットし直す。
「俺たちだってさ、楽譜読んで必死こいて音合わせてんのよ。でも、そんなとこ結花には見せたくねーじゃん?」
「……」
「王様の前では、いい格好したいだろ?」
そう言って笑う。
「結花もさ、本番まで歌変わるわ、本番何するかわからんわで、抱えてる方も大変なのよー。でもさ、俺たちはアイツと話し合いはしてた。だから信頼がある……」
「本番任せても爆死はしないってな。ほら、出た出た! 教室行けよ。卒コンの盗み聞きは禁止な」
後輩たちを追い出すと、それぞれが楽器を構える。
音を出しながら、少しずつ合わせていく。
灯はドラムの彼に向かい、
「いい事言うねぇー」
と笑う。
「うるせーよ……」
「あっ、照れてる!」
「うっせ! ホラ、練習、練習!」
軽快なシンバルの音が響いた。
お読みくださって、ありがとうございます。
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