宴席での出会い②
二次会は、バーラウンジのカラオケだった。
薄暗い照明。
回るミラーボール。
氷の溶ける音。
酒と煙草と香水が、ゆるく混ざる。
部長と呼ばれた美丈夫が、自然な流れでユリとデュエットを始めた。
低い声。
そこへ、澄んだ艶のある歌声が絡む。
ただ、偶然居酒屋で隣り合った男女のような歌。
二人とも、慣れていた。
場が盛り上がる距離感。
近付き過ぎず、離れ過ぎない空気。
けれど。
時折、彼がユリを覗き込む。
近い距離で。
何かを確かめるように、何度も。
歌が終わる。
「部長!抱いて!」
若手が、無礼講の空気へ乗せて腰をくねらせる。
大きな笑い声。
その流れのまま、彼は朝比奈の隣へ腰を下ろした。
グラスを傾けながら、興味深そうにユリを見ている。
「俺も、デュエットしてもらおうかな」
聞こえるように朝比奈は言う。
途端に、彼の表情が僅かに変わった。
ほんの一瞬。
だが、さゆりは見逃さなかった。
朝比奈が、ユリを誘う。
流れた曲へ声を重ねながら、一曲分。
じっくりと。
確かめるように、見つめ続けている。
——あぁ。
さゆりは、静かに理解する。
ユリへ興味を持つ客には、ある程度共通点がある。
“ホンモノを見分ける目”。
年配客なら、まだいい。
あの人達は、愛でるだけだ。
価値あるものを、遠くから楽しむ。
だが、若い客は違う。
欲しがる。
手に入れたがる。
そして、それは危険だった。
ユリは、人に興味がない。
男女問わず。
この二年で、嫌という程分かっている。
だからこそ、本気になる客は牽制する。
我々は、モノを言う花だ。
この水から引き抜けば、簡単に枯れてしまう。
邪険にされても構わない。
空気を読まないと思われてもいい。
そういう役目も、必要だった。
ただ——。
この二人は、まだ“興味”だ。
あるいは……。
そこまで考えた所で、若手達が騒ぎ始める。
「さゆりちゃん、次これ!」
「懐かし〜!」
曲のリクエストを受けながら、さゆりは視線だけで二人を追う。
お絞りを振り回し、盛り上げ、時には高齢客も知っている定番曲を挟む。
場を止めない。
若手を飽きさせない。
それが、さゆりの役目だ。
招待客側は、完全にカオリへ夢中らしい。
既に三次会の話まで進んでいる。
「さゆりちゃん、アニソン歌ってよ」
「はーい。ちゃんと聴いててね?」
慣れたイントロ。
身体が自然に動く。
この歌は、今の自分に少し似ている。
最後まで歌い切る。
「あいしてる!」
拍手。
歓声。
「さゆりちゃん、歌上手い。なんか意外…」
「お兄さん、意外って何ですか〜!」
頬を膨らませると、また笑いが起きた。
「もっと聴きたいし、三次会しようよ」
「良いんですか?ユリ姉さんも一緒でも?」
即座に人数を増やす。
「いいよ。俺、上司に言ってくるわ」
若手が、部長の元へ向かう。
二言三言。
そして、軍資金を受け取って戻ってきた。
これで支払いの心配はない。
「ユリ姉さん、後口決まったから」
「そう、さゆりちゃんありがとう。何人?」
「とりあえず、俺らと君らの四人で」
「承知しました」
ユリは静かに頷き、そのまま裏へ手配へ回る。
三次会は、急遽、部長の部屋で行われる事になった。
彼が自室を開放するのは、かなり珍しいらしい。
若手達が、
「マジで?」
と顔を見合わせている辺り、相当だ。
集まったのは、完全な内輪。
男は、部長と朝比奈、それに若手の高橋。
花は、ユリとさゆり。
カオリは、別口へ連れて行かれた。
本人は満更でもなさそうだったし、売上になるなら問題ない。
正直、面倒が減って助かる。
カオリは優秀だ。
だが、目立つ。
空気を持っていく。
そして今日みたいな座敷では、男同士の競争心まで煽る。
三次会になるほど、その空気は疲れるのだ。
その点、今の人数は丁度いい。
騒ぎ過ぎず、崩れ過ぎない。
内輪だけの、緩い空気。
さゆりは、部屋へ入りながら静かに周囲を確認した。
広い。
続き間付きの部屋。
上層階特有の静けさ。
置かれている物も、さり気なく高価だ。
あぁ、やっぱり偉い人なんだ。
そんな事を考えながら、ユリと自然に役割分担を始める。
酒。
氷。
グラス。
乾き物。
必要な物を、手際良く整えていく。
部長はその様子を、面白そうに眺めていた。
「へえー、お兄さん達営業さんなんだ。じゃあ明日は朝からゴルフ?大変だね」
高橋の話へ、さゆりは適当に相槌を返す。
「さゆりちゃんって彼氏いるの?」
「さっき歌ったじゃん、アイドルだって」
笑いながら、軽く受け流す。
——いつもの事だ。
深く踏み込ませない。
でも、場は冷やさない。
その距離感を、さゆりは既に覚えていた。
酒を注ぎ、笑い、時折簡単なゲームを挟みながら、更に杯を重ねていく。
その中で、人狼ゲームだけは朝比奈が異様に強かった。
表情が変わらない。
誘導が自然。
しかも、周囲に気持ち良く喋らせる。
気付けば、毎回誰かが騙されている。
「もう、
お兄さん人狼強すぎる!また罰ゲームじゃん!」
さゆりは頬を膨らませながら、自分で薄めに調整した水割りを飲み干した。
その時だった。
しまった、——ユリ姉さんがいない。
酔いが、少しだけ引く。
すぐに気付いた。
静かな隣りの部屋。
人の気配。
空気が違う。
さゆりはわざと、足音を立てながら奥の部屋へ入った。
そこにいたのは、ユリと部長。
静かな距離。
けれど空気だけが熱い。
獲物と、獲物を狙うもの。
そんな、妙な緊張感。
さゆりは、その空気を散らすように明るく声を上げる。
「あ!お兄さんダメダメ!」
二人の視線が向く。
「ウチの姉さんは、皆んなのモノです!独り占め、
ダメ!絶対!」
軽く笑いながら、さゆりはユリの腕を取った。
そのまま、何事も無かったように部屋を出る。
空気を壊さず。
冗談のまま。
それでいて、ちゃんと線を引く。
ちょうど区切りの良い時間だった事もあり、それ以上の延長はせず三次会はお開きになった。
部屋を出る際、高橋と朝比奈から名刺を渡される。
さゆりも、慣れた動作で自分の名刺を差し出した。
「箱根へ来る際は、どうぞご贔屓に。」
営業用の笑顔。
柔らかな声。
「今日はありがとうございました。またね!」
そう挨拶をして、ホテルを後にする。
夜風が、少し冷たい。
帰りのタクシーを待つ間、さゆりはそっと息を吐いた。
——まだ、心臓が早い。
部長……、鷹司氏。
あの人は、完全にユリ姉さんを狙っている。
ああいう男は危険だ。
本気になったら、止まらない。
だから願う。
どうか、箱根の一夜として忘れてくれますように。
それが、一番平和なのだから。
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