気配
結花は多忙を極めている。
日常を花嫁修行に当てていたが、サークルから卒業コンサートの打ち合わせが頻繁に入るようになった。
セットリストを組み上げ、練習時間を確保する。
学祭を目前にした下級生と鉢合わせる事も増えた。
「そんなに、ゆいか、ゆいかって言うなら学祭もゆいか先輩に出てもらえばいいじゃない!!私が居る意味ある?!」
「お前の歌が伝わらないからだろ!?」
「……伝わるってなによ!」
「だからさぁ、わかるだろ!?あのカリスマ的熱量がお前に足りないんじゃないか?」
「知らない!じゃあ、お前が歌えよ!!」
いつもの練習場。
自分たちの前に入っていた後輩たちの声が聞こえる。
「……入る?」
「……もう少し待とうか。鉢合わせるの気まずい……」
そう言って、結花たちはその場から離れた。
「アレだよ。私のところには頻繁にお互いの愚痴の通知来てる」
ハァーと奈緒がため息を吐く。
「まぁ、奈緒は全体のプロデューサーでもあるじゃん?だから後輩は頼ってくるんだよ」
美里が苦笑する。
「アンタの方が面倒見はいいのにね……」
「いや、私は自分が気に入ったものしか興味ないから……」
「……そうなの?!」
結花は美里の意外な一面を初めて知る。
「美里、いっつも私の面倒見てくれるし、この前のナイトプールだって急に呼んだ姉さんの世話まで焼いてくれてたじゃん!」
美里はそんな結花に笑いながら、
「アンタが私にとって特別なの。瑠璃さんはアンタの推しだったし、ポスター見た時から、納得してたから……。実物はもっとヤバかったけどね……」
灯が頷き、
「あの人、凄かったね!去年の卒コン観に来てくれてた時、目立ち方が異常だった。プールの時は放って置けない空気感?あれは旦那さん、色々心配でしょうね」
「うん、鷹司氏の姉さんへの束縛ヤバいけど、本人は気にしてないからいい夫婦仲なんだよ」
結花が答える。
「まあ、姉さんの話はいいとして……。あの言い方は無いわー。でも私たちが仲裁に入ると余計に拗れるでしょ?」
「いっそのこと、学祭ステージで爆死すればいいんじゃない?」
美里は冷たく言い放つ。
「お互いを理解し合うんじゃなくて、『ゆいか』のコピー作るんだったら、どっかの時点でダメになるんだし……」
「一つ聞いていい?後輩たち、なんで私なの?」
三人は吹き出す。
そして、大学のコンビニで飲み物を買ってから練習場に戻ると後輩たちは既にいなかった。
「あっ。お前ら遅かったじゃん」
先にドラムをセットしていたメンバーが結花たちの入室に気づいた。
「いや、来てたんだけど揉めてて入りづらかったんだよ。はい、アンタたちの分」
結花はコンビニで買ったドリンクの袋を揺らす。
「おっ、サンキュー」
みんなが集まってくる。
「ねえ、みんな。メイン曲、まだ変更できる?」
結花の一言に奈緒が顔を上げる。
「何?なんか思いついた?」
全員の目線が結花に向く。
「今のメインさ、私たちの卒業がメインじゃん?最高の思い出。また逢えるの信じてる……」
「……そうだね」
「これさ、素晴らしい日々に変えられないかな?」
美里が俯く。
「自分らしく生きればいい……か」
それに、結花が答える。
「うん。この曲、私には卒業と応援、両方の意味に聞こえるんだよ……。今、必要な歌な気がする……」
他のメンバーも俯いたり、天を仰ぐ。
「……あぁ、もう!!王様の仰せのとおりだよ」
灯がいち早く応えた。
「これ、オケ部にトラ頼まないと……」
奈緒が眉間に皺寄せながら段取りを変更する。
「楽譜はすぐ用意するわ。ドラム、サビにいいところ魅せられるよ」
「ぐぁー!紅で充分よ……」
「え!? なんか……ごめん?」
「いい、いい……! 最高の思い出になる!」
練習場に笑い声が響いた。
※※※
「……先輩」
定時を超えた頃に営業部の高橋が執務室に入ってくる。
「なんだ?」
「いや、さっき出先から戻ったんですが……。先輩、婚約したんですか?」
「耳が早いな」
「……じゃあ、『ゆいか』と別れたんですか?」
「は?」
「いや、だってあれだけライブやイベントで派手に動いてて、付き合ってないは……ないでしょ?掲示板でも阿闍梨還俗ってあったし……」
阿闍梨の一言に玲の眉間に皺が寄る。
「まぁ、先輩のお家の事情では遊びと本命は違うのは当然でしょうが……。なんか、腹立つ」
珍しく本音をぶつけてくる学生時代からの後輩に玲は怪訝な顔をする。
「お前、どうした?」
「今、下のエントランスに婚約者様が来てましたよ、帰りたがってる受付嬢に絡んでました」
「……。なんか先輩にがっかり」
「……おい。なんて言った?」
「がっかり」
「違う、その前だ……」
「婚約者様?」
「『ゆいか』じゃなかったんだな?」
「ええ。どっかのお嬢様でしょうね。朝比奈玲の婚約者ですのよ!なぜ取りつげないの!?って怒鳴ってました」
「アレ、もう系列併せて速報になってるんじゃないですか?退勤時間と重なってたからかなりの人間が聞いてましたよ」
空気が一段重くなるのを高橋は感じた。
「高橋……。お前にはどうせ友人席に座って貰うつもりだから言っておく」
ごくりと高橋の喉が鳴る音が聞こえる。
「披露宴は5月3日。新婦は……ゆいかだ」
「……」
高橋の時が止まった。
先輩の挙式・披露宴に参加できる。
これまで一方的にお世話になっているだけだと思っていた。
そして、その相手はーー。
「は?『ゆいか』ってお嬢様だったんですか?」
「まぁ、そこはいろいろ……あったがクリアした。本家は許可済みだ」
「あっ、深くは聞きません。保身第一なんで!」
高橋は素早く一歩下がる。
「でも、それなら下のお嬢様は?」
「……。心当たりは、ある。が、今は放置だ」
話題に興味をなくした玲は仕事へ戻る。
デスクの上で内線がなる。
「はい、朝比奈です」
「お疲れ様です、受付です。本日のアポイントの確認ですが……」
「お疲れ様です。本日はアポイント予定はないです。お手数ですが、お断りしてください。もし、居座るようなら、警備に連絡を……」
「かしこまりました」
ため息が出る。
これまで、順調に予定を進めていたのに……。
玲は、念のために裏口から会社を出る。
人混みに紛れて電車に乗る。
自宅の最寄駅ではなく、二駅ほど乗り過ごし、繁華街からタクシーを拾って自宅のマンションに戻る。
何故、ただ家に帰るのに手間をかけなければならないのか……。
顔も知らない女がヒシヒシと気配を強めていた。
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