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朝比奈玲はまだ恋をしらない  作者: あぐり りょう


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結花は田舎で祖父母に相談する

「お祖母ちゃん!結花だよー!」

 初夏の陽射しの下。

 畑の向こうで作業していた祖父母が、同時に顔を上げた。

「あぁ!」

「結花か!」

 祖父が大きく手を振る。

「待っとけ!今帰るから!」

 その声に、結花は思わず笑った。


 変わらない。

 土の匂い。

 風の音。

 少し古い軽トラック。


 小さい頃から、何度も見てきた景色。

 忙しい両親の代わりに、結花を育ててくれた人達。


 米や野菜。

 自家製の味噌。

「ちゃんと食べとるか」

 と何度も送られてきた段ボール。

 生活が苦しい時、どれだけ助けられたか分からない。


 だから。

 一番先に、知らせたかった。


「結花、学校は?」

 家へ戻る途中、祖父が聞く。

「今、就活で休み」

 

 それから結花は少しだけ胸を張った。

「あのね、地元の銀行。内定出た!」

 その瞬間、祖父母が本当に嬉しそうに目を細めた。


「あぁ、そうかぁ……!」

「良かったねぇ……!」

 祖母なんて、今にも泣きそうだ。

 祖父は何度も頷きながら、嬉しそうに笑う。


「じゃあ、こっち帰ってくるのかぁ。賑やかになるなぁ!」

 その言葉に、結花の胸が少しだけ痛む。

 祖母はもう、台所へ向かおうとしていた。

「お祝い、せんといかんね」

「ご馳走作らんと!」

 結花は慌てて呼び止める。

「あっ、待って!」

 祖母が振り返る。

 結花は少しだけ視線を落とした。


「……就職は、まだ分からないんだ」

「ん?」

 祖父母が、不思議そうに顔を見る。

「今、内定出たって……」

 結花は小さく息を吸う。


 そして。


「あのね……」

 結花の指先が、少し震える。

「結婚を前提に、お付き合いしてる人がいるの。東京で……」

 その瞬間。

 家の空気が、変わった。

 祖父母の笑顔が、ゆっくり止まる。


 孫の突然の話に驚きと困惑が隠せない。

 今の時代では早すぎる決断に不安が過ぎる。


 特に祖父は、黙ったまま結花を見た。

 せっかく帰って来ると思った孫が、東京で結婚を考えている。

 また遠くへ行くかもしれないという事だった。


「相手さんは、学生さんかね?」

 祖父が慎重に聞く。

「結婚って言うたら、すぐに嫌だ、別れるとか出来んよ?」

 祖母も心配そうに頷いた。


「そうそう。学生の頃と、社会人になってからじゃ、考え方も変わるしねぇ」

「今すぐ結婚って理由もないだろう?社会人を数年やってからの話じゃないかい?」

 二人とも結花を責めている訳ではない。

 ただ、大事に育てた孫だから。

 失敗して欲しくない。

 泣いて欲しくない。


 その気持ちが、痛いほど伝わる。


 結花は小さく首を振った。

「違うの」

 そして、ゆっくり続ける。


「相手は、社会人で……年上の人」

 祖父母の顔色が、少し変わった。

「だったら尚更、今は……」

 祖母が困ったように言う。

「結花の事、どう思っとるん?大事な時期でしょ!?」

 その言葉に、結花は少しだけ俯いた。

 祖母の心配は、全部正しい。

 正論しかない。


 だから、余計に苦しい。

 結花は静かに息を吐く。


「全部、わかってるの」


「悩みも、相談乗ってくれる。優しい人……」

「だったら……」

 祖母が言いかける。

 結花はそこで、少しだけ笑った。

 泣きそうな笑い方。

「……なんで今なの、って話だよね」

 祖父母が黙る。


 結花は、ぽつりぽつりと話し始めた。


「私ね、都内の企業なかなか受からないから…。地元帰るって、ひとりで決めて……」

 祖父母が息を呑む。

「その人も、とても優秀で仕事忙しいから。私の小さな悩みを打ち明けられなくて、だんだん連絡するのも遠慮しちゃった。それで、このまま終わりかなって諦めた」

 その言葉に、二人の表情が変わる。

 ただの浮ついた恋愛じゃない。

 結花が、本気で悩んで、苦しんで、一人で決めようとしていた。

 それが伝わった。

「そしたら、彼は最初から責任取るつもりで付き合ってたって言われて…」

 結花は、少し困ったように笑う。

「私、全然気付いてなかった」

 その言葉に、祖母が小さく目を丸くする。

 結花は苦笑しながら、続けた。

「私は、言葉にしてくれないとわからないから……」

 すると、祖母がふっと祖父の方を見た。

 そして、懐かしそうに笑う。

「男の人って、そういう人多いんかねぇ」

 困った笑い方が結花とそっくりに、

「この人も最初、なんも言わんで。何考えとるか、全然わからんかったわ」

「……」

 急に話を振られた祖父が、少し気まずそうに咳払いをする。

 結花は思わず吹き出した。

 重かった空気が、少しだけ和らぐ。


 祖母はそんな結花を見ながら、優しく言った。


「でもねぇ。言葉にせん男は行動が全部になるんよ」

「そうだね。彼もね、今日……」

 結花は少し困ったように笑う。

「今日もね、明日大事な仕事あるのに無理して一緒に挨拶行こうかって……」

 祖父母が、同時に目を瞬かせる。

「私が断ったの。まだ早いって。でも今度は、一緒に来るって……」

 その言葉に、祖母がそっと結花を見る。

 結花は少しだけ視線を落とした。


「彼のお家もね、ちょっと説明がいるんだって…」

 軽く言おうとしている。

 でも、言葉を選んでいるのが分かる。


「まずは、お父さん達より先にお祖父ちゃん達へ聞いてもらいたくて」

 その瞬間。

 祖父母の空気が、少しだけ変わった。

 結花は静かに、続ける。


「お祖父ちゃん達……“家格”って、わかる?」

 その言葉に、祖父母は同時に天を見上げた。


「あぁ……」

 祖父が、深いため息を吐く。


 祖母は額へ手を当て、

「なるほどねぇ……」

 と呟いた。

 田舎とはいえ、知らない訳じゃない。

 古い土地だ。

 何代にも亘る家系図がある古い家。

 “家”で決まる世界が、今も残っている場所だ。


 だからこそ、結花がわざわざ“家格”と言った意味も分かる。

 ただの金持ちではない。

 もっと面倒で、根深い話。

 祖父はしばらく黙った後、低く聞いた。


「……その人、随分上の家か」

 結花は少し迷った後、苦笑する。

「多分、お祖父ちゃん達が想像してるより、もっと上」

「……」

 再び二人は沈黙する。


 祖父はそこで、結花の顔をじっと見た。

「結花。その人は、お前さんをちゃんと見とるのか?」

「見てる」

 結花は迷いなく、即答する。

 祖父母はそこで、ようやく小さく顔を見合わせた。


 恋に浮かれた顔じゃない。

 悩んで。

 苦しんで。

 それでも、それでも好きなんだと分かる顔だった。

「……わかった」

 長い沈黙の後、祖父がゆっくり口を開いた。


「お父さん達は、急に言われても分からんだろうから…」

 祖父は一度、大きく息を吐く。


「まず、お祖父ちゃんが先に話を聞く」

 結花が顔を上げる。


 祖父は真っ直ぐ、孫を見た。

「また予定わかったら、連絡して欲しい」

 その声は、静かだった。

 だが、ちゃんと受け止めようとしてくれているのが分かる。

 結花の目が、少し潤む。

 祖父はそんな結花を見ながら、ぽつりと呟いた。


「子どもだと思っとった結花も、そんな歳か……」

 その言葉に、結花は少しだけ笑う。

 祖父はゆっくり、結花の頭へ手を置いた。

 大きくて、少しごつごつした手。

 小さい頃から、何度も撫でてくれた手。

「幸せになれ」

 静かな声。

 それだけだった。


 だが……。


 結花はとうとう堪え切れず、小さく泣き笑いを漏らした。

お読みくださって、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
雲上の家格の人とのお付き合い。 計り知れません。 私は同じくらいの人としか知り合ったことないから きっと色んな問題が起きるんだろうなという不安と、そのリアルさを垣間見てみたい少しの好奇心と、なにより二…
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