合コン二次会
店員が、そろそろ終了時間である事を告げる。
グラスが片付けられ、席に少しだけ終わりの空気が流れた。
すると、例の男が立ち上がる。
「二次会行く?カラオケ。移動しよっか」
自然な流れで、皆を誘導していく。
こういう場に慣れている。
誰も置いていかない、でも強引すぎない。
その横で、美里はまだ少し名残惜しそうだった。
目当てだった彼と、音楽の話がかなり盛り上がっている。
使用する機材、同期方法、現場、それにライブハウス。
話題が尽きないようだ。
それを見て、灯が結花へ小声で話しかける。
「どうする?」
「……二次会までは行く?」
「で、あとは個人解散?」
「うん。その方が安全そう」
かなり現実的な判断。
知らない都内。
夜。
複数の男達。
ちゃんと線引きはする。
そして結花の頭の片隅には、“迎えに来る”と言った玲の存在もある。
女達の会話を隣りで聞いた男は、楽しそうに笑った。
「充分、充分」
無理に引き延ばさない。
でも、仕草には“もっと一緒にいたい”はちゃんと滲んでいる。
その絶妙な距離感が、結花には少しだけ新鮮だった。
店を出る流れも、自然だった。
誰かが強引に決める訳じゃない。
でも、気づけば次の店が決まり移動が始まる。
それを見ながら、結花は少しだけ感心していた。
箱根の姉さん達が、宴席後の“後口”を決める時と似ている。
空気を読んで、無理なくでも流れを切らない。
目の前の男達は、それを遊びとして自然にやっている。
(こういうの、上手いな……)
単純に、そう思った。
結花は歩きながら、端末を開く。
『2時間後に解散するから、その後で……』
短く送信。
相手はもちろん、玲 。
送ってから、ふと隣を歩く男を見る。
「今日ってホワイトデーでしょ?お兄さん、よく来れたね」
結花は、少し笑いながら続ける。
「お返し待ってる彼女達、いるんじゃない?」
すると男は、少しだけ白けたように肩を竦めた。
「いや、今日会うと特別だと思われて面倒ー」
驚くほどあっさりした声だった。
「会わないが平等でいいんじゃん」
その答えに、結花は一瞬だけ目を丸くする。
かなり“大人の遊び人”。
誰にも期待を持たせない代わりに、誰も特別にしない。
それを自然にやっている。
結花は、少しだけ面白そうに笑った。
「へぇー。モテる男はいそがしいね」
すると男、また露骨に機嫌が良くなる。
「なにそれ、褒めてる?」
「どうだろ」
二人の軽口が続く。
結花の頭の片隅では、さっきの玲のメッセージが、まだ静かに残っていた。
“迎えにいく”
それは、今目の前にいる男の考え方とは真逆な気がした。
「“ゆいか”の特別って、どうやってなれるの?」
歩きながら、男がふとそんな事を聞く。
軽い調子。
でも、その目は少しだけ本気だった。
「俺、若さと顔は負けてないと思うんだけど?」
その言葉に、結花は、少しだけ考える。
それから、不思議そうに小首を傾げた。
「そうだね、お兄さんイケメンだし…」
素直に頷く。
「なんだろう。私も誰かの特別ってなった事ないから、
わからないなぁ」
その瞬間。
男が、一度止まった。
「――ッツ!!」
空気を割くような吹き出す声。
次の瞬間、男は腹を抱えて笑い出す。
「マジかよ!!」
周囲が驚いて振り返るくらい、本気で笑っている。
「え、なに?」
結花が困ったように笑う。
すると男、笑いながら額を押さえた。
「いや……おっさん終わってるわ」
「なんで?」
「それ、本人だけ分かってないやつじゃん」
灯が、吹き出す。
「あー……確かに」
男はまだ笑っている。
「いや、そりゃ阿闍梨になるわ」
「だから阿闍梨ってなに!?」
「特別扱いしまくってるくせに、本人達だけ気づいてない男」
「重症」
「末期」
好き勝手言われる中、結花だけがまだよく分かっていない顔をしていた。
予約されていたのは、結花が想像していたような駅前にある大手チェーンのカラオケ店ではなかった。
重厚な扉。
ホテルラウンジみたいな受付。
通された部屋は、ほとんど個室ラウンジに近い。
照明も落ち着いていて、ソファーも広い。
しかも、メニューを見ると酒も料理も外部からなんでもデリバリー可能らしい。
小田原では見かけないタイプの店だった。
結花が少し驚いた顔をすると、男はなんでもないように笑う。
「ここ、会員制だから」
その言い方が、また自然だった。
慣れている。
隣では灯も美里も、珍しそうに店内を見ている。
一方、男達は完全にいつもの様子。
「二次会なに飲む?」
「適当に頼むわ」
「フードどうする?」
手際よく注文が決まり、すぐに乾杯の準備が整っていく。
結花は、また少し感心していた。
こういう場の回し方、本当に上手い。
やがてそれぞれ、好きな場所へ腰を下ろす。
すると早速、例の男が笑いながら言った。
「俺さ、“ゆいか”のアイドル聴きたいんだけど。歌って」
その言葉に、結花は少し困ったように笑う。
「ごめんね、お兄さん。それは……歌わないかな」
男が、少しだけ目を細める。
「やっぱ歌わないんだ」
「ごめんね。もし歌うなら、自分の卒コンかな…?」
結花は、少し照れたように続けた。
「覚えててくれたら、聴きにきて」
その返事に、男が少しだけ笑う。
「来年の卒コンか。長いね」
でも、どこか本気で残念そうだった。
それから、小さく肩を竦める。
「まぁいいか」
そして、リモコンを弄りながら結花を見る。
「他の曲でリクエストあれば歌うよ?私で良ければ」
結花は彼からのリクエストを受けた。
歌い出しは、普通だった。
上手い。
でも、それだけ。
バンドの時以外は普通だと、灯達から聞いていた。
だから今いる男達も、最初はそこまで期待していなかった。
酒を飲みながら、軽く聴く程度。
誰も、会話を止めるほどではない。
だが…。
Bメロあたりから、急に空気が変わり始めた。
結花自身、別に意識していない。
ただ、自然に歌っているだけ。
なのに。
声へ、急に温度が混ざる。
柔らかいのに、胸へ残る。
そして。
「…雪…二人寄り添って」
その瞬間。
さっきまで軽口を叩いていた男達が、途中で静かになる。
誰かが、無意識にグラスを置く。
灯が、小さく目を細める。
美里は、
「あー……」
という顔で苦笑した。
“そっち”で来た。
別に、ライブみたいな派手さじゃない。
煽りもない。
王様でもない。
ただ、誰かを想って歌っている声。
だから余計、刺さる。
隣の男も、もう軽口を挟まない。
さっきまで、面白そうだから結花を落としたい、 困った顔が可愛かったから口説く、くらいの温度感だった。
でも今、初めて理解する。
この女は誰かをちゃんと好きなんだ。
だから、“特別”になれない。
俺だけの“ゆいか”にはならない。
今歌っているのは、普通の女の子側の結花。
そこが、逆に危険だった。
雪の歌の最後のフレーズが、静かに消える。
部屋の中へ、伴奏だけが少し残った。
誰も、すぐに喋らない。
さっきまで、各々が軽口を言い合い、過去・現在・未来の恋愛話で盛り上がり騒いでいた空気が、嘘みたいに静かになる。
結花自身は、そこまで意識していない。
歌い終わって、少し照れたように笑うだけ。
「……なんか、もうすぐ春なのにね。冬の曲でよかった?」
その声で、ようやく空気が戻る。
しかし、誰もすぐには軽口へ戻れない。
男が、ソファーへ深く背を預けたまま小さく笑った。
「……それ、反則じゃん」
その声には、さっきまでの余裕が少し消えていた。
困った顔が好きだとか、落としたいとか、そんな軽い遊びじゃなくなる。
灯が、隣で面白そうに笑う。
「だから言ったじゃん」
「何を?」
「ハマった方が負けだって」
男は、しばらく黙ったあとに苦笑する。
「……あのおっさん、大変だな」
その瞬間、結花が一気に赤くなる。
「なんでそこで朝比奈さん出てくるの!?」
男達は一瞬だけ顔を見合わせる。
周囲が、一斉に吹き出した。
「もう“ゆいか”帰れよ。迎え、来てるんだろ?」
男が、呆れたように笑う。
さっきまでの、“落としたい”みたいな空気が消えていた。
今はもう、完全に観客側になってしまった。
結花は、その言葉に困ったように笑う。
「いや、2時間って言ったからまだ来てないよ」
「電話してみろよ。絶対いる」
「えぇー」
結花が、本気で嫌そうな顔をする。
「この寒空で、外で待つの嫌なんだけど……」
ぶつぶつ言いながら、端末を開く。
電話ではなく、メッセージ。
『メンバーからもう帰れって言われた』
送信。
そして、数秒。
即返信。
『わかった。駐車場に車停めてる。すぐにそっちいくから待ってて』
その画面を見た瞬間、部屋の空気が静かに崩壊する。
結花の困惑しながらも嬉しそうな笑顔に、部屋の全員が返信の内容を理解する。
男が、額を押さえながら確認する。
「……阿闍梨、なんて?」
結花はまだ事態を理解していない。
「『駐車場に車停めてる。すぐにそっち行くから待ってて』だって」
数秒沈黙の後、男達が一斉に吹き出す。
「いるじゃねぇか!!」
「しかも駐車場!!」
「待機済み!?」
「重っ!!」
灯が腹を抱えて笑う。
笑い過ぎて浮かんだ涙を拭いながら、
「やばい……阿闍梨、完全に彼氏じゃん……」
と呟く。
すると男が、ソファーへ沈み込みながら呆れたように笑った。
「俺、今日わかったわ」
「なにが?」
「“特別”って、ああいう事なんだな」
この部屋の中で結花だけが、よく分かっていなかった。
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