結花と大学3年生の終わり
昼過ぎに端末に届く通知。
『無事に着いた?』
それだけの短いメッセージ。
結花はそれに、
『昨日はありがとうございます。無事帰宅しました』
と返信する。
珍しく、また通知が来る。
『当分、仕事で箱根は行く時間が取れない。結花は都内来る事ある?』
『うん、説明会と合コン』
既読は付くが、それから暫く返信は来ない。
はぁーとため息を吐いてから先ほどから内容が全く入ってこない参考書の続きを見る。
『合コンって必要?』
と短く返信が来る。
『美里のために必要』
と返信する。
次は直ぐに返ってくる。
『わかった。来る時は教えて』
『了解です』
それを返信して終わる。
玲は珍しく昼過ぎまで深く眠っていた。
先日までの徹夜残業続きと、結花と会って感情が揺れた疲れが一気に眠気に出た。
寝過ぎて痛む頭を一度振り、隣りの部屋の結花の気配を探す。
人の気配がまるでない事で完全に目が覚める。
リビングに行くとカードが一枚。
『Happy Birthday ゆっくり休んでくださいね』の文字。
出ていく気配にも気づかなかった。
玲は大きくため息をつく。
(いい歳して、何やてんだか……)
結花の帰宅を確認して、次に会える日を確認するつもりだった。
仕事が立て込み、とてもじゃないが自分が都内から移動する時間が取れない。
『説明会と合コン』
読んだ瞬間、意味を理解する事を感情が拒否する。
説明会はわかる。
むしろ毎日でも来てくれたらいい。
だが、問題は……『合コン』。
自分が学生だった頃は何回か参加した。
意味も知っている。
学生時代でしか味わえないイベントなのもわかる。
しかし、『合コンって必要?』と返してしまった。
結花との関係に名前を付けずに避けているくせに、
(何聞いているんだ俺は…)
頭を抱えてしまう。
本当は、結花が出かけ時に起こしてくれてもよかった。
もう少し一緒にいたかったと伝えればよかったのかもしれない。
だが、今まで自分の言葉をストレートにぶつけた事がないから加減がわからない。
そんな自分にイライラする。
(なんだこれ)
社内の昼休み。
自席でいくつかの書類を精査していたところ、偶然営業部所属の後輩、高橋が玲の前を通った。
ちょうどいいと高橋を捕まえて、
「久しぶりに行くか」
と社食で向かいあう。
高橋の顔を見て、先程の結花とのやり取りを思い出す。
「仕事の話ではないんだが…いいか?」
「はい?」
「お前さ、自分の彼女が合コン行くって言い出したらどうする?」
「はぁ?」
と高橋が驚いた顔をする。
「いや、仮にだよ」
「ええと、それはどの程度の距離かによりますね…」
と半笑いで答えてくる。
「距離って?」
「合コンって数合わせの付き合いって時もあるんで…」
「で?」
「一回行ったからって浮気だと思うならアウトだし、行ったぐらいで揺らがない関係になってたらセーフとか、まあ二人のルール次第でしょ」
「そうなのか?」
「”男女の間で友情が成り立つ派閥“かどうかも、それぞれですからね」
「お前、詳しいね」
「そりゃ、いろいろ振ったり、振られたり、振られたりしてますからね」
と笑う。
そして、真面目な顔で、
「クリスマスプレゼントの時も質問に驚きましたが…。先輩、最近なんか今迄と違いますよね。今までは女の影がずっとあるのに、綺麗に関係整えてたでしょ?最近は、なんか人間味あるっていうか……」
学生の頃からの後輩はよく見ている。
それに玲は苦笑する。
「お前、よく見てるな。それが仕事で生かされたら最高だぞ。って言うことでこの資料、添付資料をもう一度精査して再提出」
と高橋に返そうと手に持っていた稟議書を却下する。
口惜しげに稟議書を受け取りながら、高橋はぼそっと言う。
「さっきの答えですが」
「うん?」
「まだ付き合ってなくて、相手が合コン行くかなんて確認してきたら、俺は萎えるタイプです。面倒なんで……」
そこで、一度言葉を切り、玲の様子を伺う。
「付き合ってるなら別ですけどね」
「……」
「関係曖昧なまま束縛っぽくなると、重いっス。先輩」
切れ味のいい言葉を残し、高橋は席を立った。
いつもみんながいる場所には美里しかいない。
「あれ?みんなは?」
「就活じゃない?あんまり集まってないよ」
「そっか」
「結花はどこまでいった?」
「都内は全滅。地元が何件か引っかかった。次二次。美里はどうするの?」
「こないだのライブでさ、スタジオのサポーターのスカウトきた。ちょっと迷ってる」
「怪しくないヤツ?」
「これ、名刺はホンモノ」
有名レコード会社のプロデューサーの肩書きがある名刺。
結花が、
「こないだの話さ、合コン。K大の人?」
と聞いてくる。
美里は答える。
「そう。何人来るとかわからないけど…話したい人はいるんだよね。彼、なんか言ってた?」
「うーん。都内来る時は教えてだって。止めないみたい」
「そっか。私ね、懇親会でもう少し話したい人がいたんだよね…。それでさ、後日会うなら合コンしよっかて盛り上がったんだ。勝手にメンバー決めてごめん」
「いや、それはいいよ。私ってさ、宴会はみんな仕事で…。合コンって行った事ないんだよね。ちょっと楽しみ」
と笑う。そして、
「いつ頃?仕事の休み入れとかなきゃ」
「有力候補は3月14日なんだよ」
「灯はOKって。結花は?」
「土曜ね。ママに仕事入れないでって言っとく」
「じゃあ、向こうにもいいって連絡するわ」
「うん」
人のいない、いつもの溜まり場の様子に結花がポツリと言う。
「もうすぐ、みんなとも会えなくなるんだ」
「なんなの?」
「いや、もうすぐさ、進級確認じゃん。単位数でいけば一応取れているから、卒論だけに通うことになるでしょ?」
「まあね」
「そしたらさ、みんな一緒にって回数減るし、就職決まった人も、やる事いっぱいあるでしょ?」
結花が寂しそうな顔をする。
美里が、
「そうだ、卒業旅行どうする?海外行けそう?国内がいい?」
結花は、
「一応ね、海外前提で貯金した。いつでもどこでもいいよ」
「そしたら、奈緒と灯とも調整するけど、来年の卒コン終わりから出かけようか」
「それまでに決まっているといいけど。私」
と結花が苦く笑う。
「なんか、将来が全然決まらない。ホント中途半端でイライラする」
そこへピロンと端末を見ると一件の通知が入った。
件名。
『一次試験合格のお知らせ』
一瞬、何のメールかわからなかった。
開いて、ようやく理解する。
都内の会社から、二次試験の日程を知らせるメール。
結花が止まる。
「……え」
「どうしたの?」
美里 が覗き込む。
「……通った」
「え!?」
結花はまだ現実感がない。
何社も受けたが、ずっと一次で落ちていた。
都内は全滅だと思ってた。
なのに…、
画面には、確かに次の案内。
面接日。
都内。
「すごいじゃん!」
美里が嬉しそうに言う。
結花は嬉しいのに、少し怖い。
都内。
その言葉だけで、玲の顔が浮かぶ。
「面接は次の金曜日か……」
結花 は、何度も画面を確認する。
日付や時間、場所。
都内。
見間違いじゃないか確認するみたいに、何度も。
そして、じわじわ実感が湧いてくる。
一次、通った。
「……そっか」
今まで、“落ちるかもしれない”が前提だった。
だから、次がある事にまだ身体が追いつかない。
「美里、次どうしよう?」
結花のその声は、少しだけ浮ついている。
美里は、そんな結花を見てちょっと笑う。
「奈緒か灯に聞きなよ。経験者なんだし」
「あ、そっか!」
ぱっと顔を上げる。
「そうだ。そうだね!」
その瞬間、ようやくいつもの結花へ戻る。
さっきまで、進級や就活。
スーツの彼との関係や将来について。
全部、中途半端で決まらないと嘆いた顔が少し明るくなる。
美里は、そんな様子にやれやれと息を吐く。
でも、その顔は少し安心していた。
最近の結花はずっと考え込みすぎていたから。
『次の金曜日は都内にいます』
玲の端末に結花から通知が入る。
急だなと思いっていると、
『都内で二次試験受けます』
と返ってきた。
玲は少し考えてから
『仕事がないなら前日から泊まっていけばいい。当日に電車が動かなかったら困るから』
そう返信する。
暫くして結花から、
『迷惑じゃないですか?』
その通知を見て、玲 は小さく息を吐く。
迷惑。
結花は、本気でそう思って聞いている。
だから玲、少しだけ眉間を押さえる。
(まだ、そこか……)
本当は、“泊まってほしい”側なのに。
でも、今までの自分の態度を思い返せば、結花がそう確認するのも当然だった。
距離を詰めて、止まって、また曖昧にする。
そんな事ばかりしてきた。
玲はしばらく画面を見た後、短く打ち込む。
『迷惑なら言わない』
送信。
数秒後、既読。
しかし、返信が来ない。
玲は端末を置く。
置いたのに、また手に取る。
そしてようやく届く通知が来た。
『……じゃあ、お言葉に甘えます』
その一文を見て、玲は静かに目を閉じる。
たったそれだけなのに、少しだけ肩の力が抜けた。
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