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朝比奈玲はまだ恋をしらない  作者: あぐり りょう


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彼の部屋で

「なにって…」

 玲を見上げるっと自分の口紅が彼の口に移っている。

 いつもより、赤い唇。

 

 急に自分がした事を認識してしまう。

 顔に熱が集まるのがわかる。

 慌てて下を向くが、耳まで赤い。

 

 玲はそんな様子をじっと見下ろす。

「結花、連絡しなかったのは悪かった。お前の事を気遣ってやれなかった。でも…」

 そう言って結花をソファーから逃げられないように追い詰める。

 玲は至近距離から

「嫉妬するか…煽りたかった?」

「違っ……」

 今度は玲から距離を詰める。

 

 結花は彼から二度目の大人の口付けを受ける。

 何度か軽く触れ、その後深く入りこんでくる。

 目を逸らしたいのに逸らせない。

 彼が許してくれない。

 

 前回のように、途中で止められる要素はない。

 何度もお互いの唾液を飲み、飲み込めないものが垂れる。

 角度を変え何度も。

 結花の口内の至る所を彼の舌先が蹂躙する。

 頭の中が痺れる。

 

 玲の手が背中に触れる。

 胡桃ボタンに気づく。

 そこで、ハッとしたように玲が離れる。

 結花は息も絶え絶えにソファーに沈み込む。

 あの男が結花に近づいた時に移ったのか、いつもの匂いと違う、スパイシーで甘い男ものの香水の匂いがする。

 それが今の玲には気に入らない。

 「結花、シャワーしてきて」

 そう言って玲が離れる。

 だが、

「一人じゃ、無理だよ…背中が」

 困ったように結花が眉を下げる。

「わかった。準備してこい。できたら呼んで」

 

 ゲストルームに結花が消える。

 

 玲はキッチンでコーヒーを淹れている。

(学生相手に、何やってんだ)

 自分の余裕のなさに自嘲が浮かぶ。

 コーヒーメーカーを使わず、自分でドリップ式のコーヒーを丁寧に淹れながら、上がりきった本能を抑えていく。

 途中で結花に呼ばれる。

 脱衣所で、背中を向けられる。

 小さな胡桃ボタンを一つずつ、ゆっくりと外していく。

 普段見えない背中の肌が現れる。

 玲は結花の白い肌に触れたい衝動に駆られる。

 腰のあたりまで続いた胡桃ボタンを全て外し、外にでる。

 衣装に合わせた黒いレースが視界の片隅にいつまでも残る。

 

 またキッチンに戻り、続きの作業をする。

 普段は聞こえないシャワーの水音が、玲をまた落ち着かなくさせた。

 いつものパジャマ姿でリビングに現れた結花に玲はホッと息を吐く。

 結花も定位置にしているソファーに座る。

 先ほどの事などなかったように。

「朝比奈さん、ごめんね。疲れているのに……」

「いや、いいんだ。結果的には……」

 そう言って今度は玲がシャワーしに浴室へ向かう。

 

 彼が見えなくなると、結花は先ほどの事をまた思い出す。

 みんなの見てる前でキスした事。

 拒まれた事。

 そして、あの男

「…。なぁ今夜、俺と一緒に試してみないか?」

(玲を試したかったのか、他の意味があったのか…)

 楽しげな誘いに思わず乗ってしまった。

 彼があんなに感情的になるとは思わなかった。

 

 彼がリビングに戻ってきた。

 時刻は午前0時を回っていた。

 ゲストルームから紙袋を持って結花は彼の隣りに座る。

 そして、彼の膝の上に紙袋を乗せる。

「なに?」

「誕生日おめでとう」

 丁寧にラッピングされた小箱と処方薬のようなチョコレート。

「開けても?」

「どうぞ」

 結花は少しだけ緊張している顔になる。

 

 箱の中身はビロードケースに入った、高級な皮の手触りと端の処理が丁寧に施された、名刺入れだった。

「これ、経年劣化した他の作品見せてもらって、凄く綺麗な飴色になるんですよ」

 箱書きのブランドは知らない。

 しかし、良い品物だとわかる。

 結花は、

「POP UPのイベントで偶然。新進気鋭の作家さんらしいですよ」

と補足する。

「ありがとう。大事に使う」

 そして、処方薬のようなチョコをとり、

「これは?」

「バレンタインだし…、一応?朝比奈さんはいっぱい貰うだろうケド…」

 と声に少し寂しさが出る。

「無事、渡せてよかったです」

 そう言って、笑う。

 玲は横に座る結花をゆっくり抱きしめる。

 驚かさないように。

 ふわふわのパジャマ生地が手に触れる感触。

 結花も彼の背中に手を回す。

「もう、遅い。寝よう」

「うん、疲れたね」

 そして、いつものように彼は寝室、結花はゲストルームに別れた。


 次の日。

 結花の端末に、帰る時間と待ち合わせ場所の通知が来た。

 それに、

「了解」

と短く返信する。

 彼はまだ起きて来ない。

 よほど疲れているのだろう。

 起こさないように支度して、マンションを出るリビングの机の上に一枚のカードを置いて。

『Happy Birthday ゆっくり休んでくださいね』

 

 集合場所で待っていると皆がやってきた。

 疲れた顔をしているが、楽しかったと充実した感じ。「結花、途中でいないんだもん」

「ごめん」

「まぁ、良いけど…」

「電車来た。行こう」

 いつもの、自分達の庭に帰る。

 小田原駅に着くと全員ホッと息を吐いた。


 美里に、

「今回、いろいろありがとう」

と待ち合わせ時間前に買ったお高いチョコを渡す。

ポチ袋にクリーニング代。

「気にしなくていいのに、ありがとう」

と黙って受け取ってくれる。

 そして、結花の方を気まず気に見ながら、

「あのさ、悪いんだけど…。私と灯とアンタの合コン決まった」

と一言。

「奈緒は?」

「ダーリンが離さないでしょ」

 奈緒も含めて頷く。

「アンタもあの人がちゃん彼氏だったら断るよ?もちろん!」

 美里は、フォローのつもりで言った。

 結花の空気がグッと重くなる。

 三人は察する。

 結花は囁くような声で

「違う」

と答えた。


 トボトボと歩いて帰る結花の後ろ姿を三人で見送る。「いや、いやいやいや⁉︎」

「スーツ、不能か?」

「なんかあるでしょ、普通」

「いや、合流の時に結花ピンピンしてたから、最後まではなかったと思ったケド…」

三人で近くのファミレスに入る。


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