懇親会
一度着替えのために部屋へ帰る。
置きっぱなしだった端末に電源を入れる。
起動と同時に鳴る端末。
『今、どこ?』彼からだった。
『これから懇親会』と返信する。
美里が声をかけてくる。
「今日の衣装、チャイナドレスかゴスロリどっちがいい?」
もう面倒なので、
「このままでいい」
と答えると、
「汗臭いから一度シャワーしろ」
と怒られる。
「もう一度やったげるから、10分で出てこい」
彼からの通知の有無を確認してから、一度メイクも全てオフする。
着ているものも全て脱ぎ、シャワーを頭から被る。
最近、出番の多いちょっとお高いシャンプーとトリートメントで洗い上げ、体もボディーソープで丁寧に洗う。
そして、香水代わりに一部にボディーオイルを塗る。
バスタオルを身体に巻いたところでドアをノックする音がする。
10分たったと美里が入ってくる手には新しい衣装。
美里自身も着替えている。
「荷物多いと思ったら…」
「いや、アンタこそ何着て懇親会出るつもりだった?」
「軽音だから、ジャージでいいかと思ってた」
「都内金持ち学校舐めてる?そう思って持ってきてよかったわ」
美里は2枚目のチャイナドレスを寄越す。
「今度は化粧薄めにするから」
そう言って慣れた手つきで観れる程度に作っていく。
マットな質感の肌に仕上げ、目尻にラインを少し足す。
ラメも小粒を頬だかに少し。
黒みローズの口紅の上にチュルと水膜感を足す髪はストレートのまま。
その間に結花はまた”ゆいか”へと戻る。
美里が持ってきた黒と赤のベロア調の生地のチャイナドレスに袖を通す。
背中を美里に向け、胡桃ボタンを留めて貰う。
ヒールを履いて、美里を見る。
美里は慣れたように、
「そうなったか…。いいよ、じゃあ行こう」
と”ゆいか”を促し会場へ向かう。
灯と奈緒は先に来ていた。
美里の後ろの“ゆいか“を見て二人は黙る。
それから、
「そっか……」
と頷く。
そこへ、
「”ゆいか”さん、先ほどのライブお疲れ様です。いやー凄かった。私こうゆう者でして…」
と息つく暇もなく流れるように名刺を差し出してくる。
それを奈緒が、
「本人、興味ないので」
と断る。
だが、業界人は奈緒など軽くあしらい、
「ゆいかさん」
と話かけ続ける。
しかし、”ゆいか“は反応しない。
最後には名刺を押し付けるように手渡し去っていく。
最初は四人で固まっていたものの、奈緒が主催側へ挨拶で離れたり、華のある灯に声をかける人の群れ、美里にも話がくる。
段々と離れていく。
そして、“ゆいか”も見つけた。
まっすぐ彼の元へ歩く。
一歩一歩ゆっくりと。
彼もこちらに気づいたが動かない。
彼の目の前で立ち止まる。
「来ないかと思った」
「……。約束しただろ?」
彼は低い声で淡々と答える。
疲れが隠しきれていない。
相当無理したのはわかる、が…。
「連絡……なかった」
ちょっと恨み言になった。
彼は忙しいだろうと遠慮して、書きかけのメールはフォルダに溜まっている。
沢山、話ししたかった。
何より、会いたかった。
そして、ちゃんと会いに来てくれた。
それだけで、”ゆいか”の気分は盛り上がる。
「そっちも…」
なかったと言う言葉は玲は言えなかった。
”ゆいか“が玲のネクタイを掴み噛み付くように口付けてきた。
まさかと一瞬固まる。
慌てて距離を取ると、”ゆいか“は一瞬泣きそうな顔になる。
しかし、
「そっか」
と言って玲から離れていく。
拒まれた、その感情だけが残る。
私だけ勘違いだった、恥ずかしい。
消えたい。
そして、”ゆいか”は懇親会の人ごみの中に消える。
その様子を面白そうに眺めていた男がいた。
主催側の人間ではあるが、音楽自体にはそこまでの興味がない、ただ暇を持て余している男。
その前を面白そうな女が歩いていく。
男にキスして立ち去る。
愉快で堪らない。
彼女とすれ違った際に腕を掴む。
“ゆいか”が止まる。
「なに?」
「オマエ、今振られたんだろ?だったらさ、今夜…」
男は身を屈めて耳元でささやく。
離れた距離からは聞こえない。
”ゆいか“は少し考えた後、軽く頷く。
先を歩く男とその後ろを歩く”ゆいか“。
K大生達は彼の今夜の相手が決まったのかと思った。 カリスマ的な存在も結局は彼の前では、他の女と変わらない。
そんな感想を持った者もいる。
どんどん会場の輪から離れていく二人。
自分の手の届くところで繰り広げられた、略奪。
玲はここで漸くこれから起こる事を瞬時に理解した。
到底許せるものではない。
玲が追いかける先にはエレベーターを待つ二人がいる。
そして、エレベーターのドアが開いたと同時に、結花の腕を掴む。
エレベーターのドアが誰も乗せずに一度閉まる。
彼は呆れたように、
「おっさん、彼女振っといて、取られると思ったら惜しくなった?」
とニヤリと笑う。
「残念だったな。彼女、もうおっさんより俺がいいんだって」
そう言って玲を煽る。
「結花。そうなのか?」
玲が結花に確認してくる。
結花はそうだとも違うとも言えない。
勢いでついてきてしまっただけ。
それに、なんで彼がそこまで不機嫌かわからない。
黙って立っている。
すると玲が、
「結花、帰るぞ」
と強引に引っ張る。
結花はそのまま、玲に連れて行かれる。
後ろからはさらに、
「えーゆいかちゃん、帰っちゃうの?これからもっと面白いのにー!」
と煽る彼。
玲はそのまま結花を掴んだままロビーにでる。
「結花、荷物は?」
「……部屋」
「部屋ってどこ?ここか?」
結花は頷き、持っているカードキーを見せる。
ロビーからエレベーターにのり、結花の部屋へ行き、預かったカードキーで扉を開ける。
部屋にある着替えなどを結花の旅行バッグに雑に詰めていく。
結花はその様子を眺めているしか出来ない。
“ゆいか”と結花の狭間で上手く思考が回らない。
荷物を詰め終え、忘れ物はないか、確認した後、結花の旅行鞄を持って、前をスタスタと歩く玲。
「待って」
結花がヒールで駆け寄り追いつく。
「ごめん」
と言いながらも結花を見る余裕がない。
ロビーでチェックアウトを済ませる。
ホテル前にいるタクシーに結花を乗せ、自分も乗り込む。
玲は自宅のマンションの住所を運転手に告げる。
タクシーは進み出す。
ようやく、思考が回り始めた結花は気まずい。
玲は何も言わない。
車内に会話はない。
すぐに自宅のあるマンションに到着した。
玲は運賃をICカードで決済して、タクシーを降りる。 エントラストでは、変わらずコンシェルジュが一礼する。
玲が、直ぐに自宅用のエレベーターを操作し、彼の部屋に到着する。
部屋中に通され、彼によって玄関の鍵がロックされる。
結花は玲にソファーに座るように、促される。
そして、ゆっくりと結花に問いかける。
「さっきの…。なに?」
「面白れー女」って言う放蕩三昧お坊ちゃん登場。
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