クリスマス前に彼と
【後輩 高橋視点】
昼休みに、朝比奈先輩から昼飯に誘われた。
先輩からの誘いに『お断り』の文字などない。
言わるがまま、ついて行く。
店は、都内でも屈指の名店。
人生で一度は行きたい、星があるのが当たり前の店。
そこに、俺氏。
嫌な予感しかない。
帰りたい…。
でも、一度は味わいたい。
相反する気持ちを抱えて暖簾を潜る。
席についてから、先輩はおもむろに聞いてくる。
「お前、妹いたっけ?」
「ええ、いますよ。歳離れてますけど」
「いくつ?」
「今年、大学受験です」
「へぇ…」
「彼女は?」
「なんすか?今日は俺の身辺調査ですか?」
「いや、お前結構合コンとか積極的に行くし、彼女が変わっても次すぐできるだろ?」
「ええ、ウチの上司の無茶振りに彼女の方が耐えられないからですがね…。耐えられる子がいたら、すぐに結婚しますよ」
マジで。と心の中で呟く。
先輩は、苦笑する。
「それで、今年はどうする?」
「何がです?」
「クリスマス。何強請られてんの?」
「はぁ…」
ここか、本題は…。
「先輩、いつもどおりハイブラで殴ればいいんじゃないっスか?」
「……」
秀麗な顔が悩まし気な表情になる。
「お待ちどうさまです」
運んできた店のお姉さん方が先輩を見て息を止めている。
(ご愁傷様…)
「いただきます…。うまっ!!」
暫く無言で咀嚼する。
デザートとコーヒーが出たところで再び、
「いつもどおりだと、うまくいかないんだよな…」
先輩がポツリと漏らす。
俺は軽く息を吐いてから、
「……。俺、今妹に強請られているの、コレっス」
端末を操作し、ホームページの商品一覧を見せる。
「ここの商品だと、学生や若い子達は自分に買うのは戸惑うけど、貰ってあげてもいい。らしですよ?」
「なるほど」
ついでに妹から来た、『サンタさんへ』と書かれたメールも見せる。
先輩は笑いながら、
「サンタさん、大変だな」
と言う。
「参考になった」
晴れやかな表情の先輩。
その顔に少しだけ嫌な予感がした。
そう言いながら伝票を持ち、立ち上がる。
「ご馳走様です」
「あぁ、まぁ。頑張って」
その時の俺は知らなかった。
数日後、先輩がその店で商品を二セット購入したことを。
そして、そのうち一つだけがプレゼント用に包装されたことも。
昼休みに玲のプライベート端末に連絡が入った。
『今日、18時から22時のどこかで時間とれますか?』
結花からだった。
『19時でもいい?待ち合わせは…』
返信する。
19時。
駅前は、仕事帰りの人と買い物客で溢れていた。
白いイルミネーションが、駅前をぼんやり照らしている。
吐く息は白い。
クリスマス前特有の、少し浮ついた空気。
玲は、改札の見える場所で静かに立っていた。
数分後、人混みの向こうに見慣れた姿を見つける。
黒いコート。
長い髪。
そして首元には、玲が貸したままのマフラー。
結花も玲へ気付き、少しだけ安心したみたいに笑った。
小走りで近付いてくる。
「すみません、待ちました?」
玲は、小さく首を振る。
「いや、大丈夫」
結花も、多分それ以上は聞かない。
玲は結花の顔をじっと見る。
会社説明会の帰りなのだろう、いつもより少しだけ化粧も薄い。
結花はロゴが入った紙袋を大事そうに抱えている。
玲は、そこへ視線を落とす。
結花は、少しだけ気まずそうに笑った。
「今日、説明会終わってから色々見てて……」
玲は、そこで察する。
表参道、銀座や百貨店。
慣れない店を、歩き回ったのだろう。
多分、自分の為に。
玲は、何も言わず結花の鞄を持った。
結花が、少し驚く。
「え、大丈夫です!」
「いいから」
短く返され結花は、
「ありがとうございます」
と小さく呟いた。
二人で歩き出す。
人混みの中で玲は、自然に結花の外側へ立った。
雪の残る風が、時折強く吹く。
その度、結花のマフラーが少し揺れた。
玲は、そのマフラーを見ながらぽつりと言う。
「……使ってたんだな」
結花は、少しだけ視線を逸らす。
「……。すぐにクリーニングしようと思ってたんです。でも、気づいたら使い込んでて。ごめんなさい」
結花は気まず気に苦笑する。
少しの沈黙の後、玲は
「いいよ、それは持っていて。返さなくていい」
静かな声で告げる。
結花が、思わず顔を上げる。
だが玲は、もう前を向いて歩いていた。
しばらく歩いた後、結花は少し迷うみたいに口を開く。
「……あの」
玲が視線を向ける。
結花は、抱えていた紙袋を差し出した。
「これ、もうすぐクリスマスだし……お世話になってるから」
玲は、すぐ受け取らなかった。
先に見たのは、結花の顔だった。
少し疲れた顔色。
忙しない12月の中で、慣れない都内。
多分、かなり歩いたのだろう。
「当日付近、どうしても時間無理だから…」
申し訳なさそうに笑う。
玲は、そこでようやく静かに紙袋を受け取った。
軽い中身。
込められた想い。
「明日は、何時から?」
結花が、少し首を傾げる。
「学校?」
玲は頷く。
「10時くらいです」
玲は、何でもない事みたいに言った。
「朝、送っていく」
結花が、目を瞬く。
玲はそのまま続けた。
「今日はもうウチで寝ろ。今から帰ったら、帰宅は夜中でしょ」
結花は、そこでようやく気付く。
玲の中ではもう『泊まるか?』と聞かない。
『帰さない』が、自然になっている事に。
食事を終えた後、結花は駅前の商業施設へ足を向けた。
結花は急なお泊まりで、何も持ってきていない。
玲も、当然みたいに隣を歩いている。
館内へ入ると、暖房の空気がふわりと頬へ触れた。
クリスマス前の店内は、どこも人が多い。
結花は、少し迷った後見慣れた店へ入る。
UNIQLO
玲が、店名を見上げた。
「ここでいいのか?」
結花は、少し笑う。
「いいんです。下着とか、最低限だけだし」
玲は、何も言わず頷いた。
結花は、慣れた様子で商品を見始める。
ヒートテック、インナー。
それから、下着。
全部、実用的な物ばかり。
玲は、少し後ろからその姿を見ていた。
彼女はこういう時本当に現実的だ。
他人事には平気で無理をするのに。
自分事になると、必要最低限で済ませる。
玲は、そのアンバランスさを静かに見ていた。
すると結花が、振り返る。
「あの……。下着見るんで、ちょっと向こう行っててください!」
玲が、少し眉を動かす。
「なんで?」
「なんで?じゃないです!!」
小声で返される。
玲は、数秒だけ黙った後小さく息を吐いた。
「……分かった」
そう言って少し離れる。
だが、完全には離れない。
結花が見える位置にはいる。
結花は、
「絶対見てる……」
と気にする。
それに、玲は苦笑しながら
「見てないって」
玲が少し離れた場所へ移動した―はずだった。
結花が必要な物を籠へ入れていると、頭上から低い声が降ってくる。
「Mサイズでいいのか?」
結花はぴたりと止まり、ゆっくり振り返る。
そこには、普通に商品棚を見ている顔の玲がいる。
結花は
「ほら、見てる!!」
思わず小声で抗議すると、玲は少しだけ眉を動かした。
「視界に入っただけ」
「入れないでください!!」
結花が顔を赤くする。
だが玲は、特に悪びれない。
むしろ真面目に、
「サイズ、違うなら取る」
とか言い出しそうだ。
結花は、もう耐え切れなくなって吹き出した。
「……ほんと、なんなんですか…」
仕方ない人を見るみたいに笑う。
玲は、そんな結花の顔を見て少しだけ目を細めた。
その表情が、あまりにも自然で。
結花の胸が、静かに騒いだ。
玲の自宅に戻り、先日使った部屋へ案内される。
ベッドの端に、先日置いていっったパジャマが洗濯されて用意されている。
荷物を置くと、リビングから
「先に風呂に入って」
と指示される。
「はーい」
彼の部屋の洗面台に自分のスキンケア用品が準備されているのが、なんだかくすぐったい。
ありがたく入浴を済ませ、ドライヤーで長い髪を乾かす。
以前とドライヤーが変わっていた。
「……あれ?」
温風を当てながら、結花が小さく瞬きをする。
前より軽い。
乾くのも早い。
洗面台の端に置かれたロゴを見て、思わず目を丸くした。
髪が綺麗に整う、人気商品。
でも、自分用にはなかなか手が出せない。
——高いやつだ。
「……」
ドライヤーを見つめたまま、じわりと頬が熱くなる。
別に、自分のためだとは言われていない。
けれど……。
結花が風呂に入っている間、玲はリビングでタブレットを開く。
明日の予定を確認。
午前中の会議を一件後ろへ。
視察同行は別の人員へ差し替え。
必要な決裁は今のうちに通す。
数件、短く連絡を返す。
問題はない。
元々、徹夜続きの調整に比べればこんなものは誤差だ。
最後に、午前半休の申請を送る。
承認は、数分もかからなかった。
タブレットを閉じる。
その時、浴室のドライヤー音が聞こえた。
玲は静かに息を吐き、ソファへ深く身体を預ける。
玲は言葉どおりに小田原まで送ってくれた。
彼も忙しいのに…。
結花は彼の言葉にしない優しさと、言葉にしてくれないと納得できない自分の幼稚さに、嫌気が差す。
「まだ、授業?」
「今日はサークルの方。来年、上級生の卒業コンサートするから、練習」
「そう。見にいくから、何枚かチケット頼めるか?」
「うん。姉さん達、来れるかな?」
「調整するから、大丈夫。さぁ、学校。着いたぞ」
正面に校門が見える。
「それから、後部座席に結花用のプレゼント。持って帰って」
結花は後ろを振り返る。
いつから用意してあったのか、乗り込む時には気づかなかった、ラッピングされた袋を言われたまま手に取る。
「朝比奈さん、ありがとう。またね」
そう言って車のドアを閉めた。
彼の車がゆっくりと走り出す。
結花はその車が見えなくなるまで見送った。
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