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朝比奈玲まだ恋をしらない  作者: あぐり りょう


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今年の「ゆいか」」はヤバいらしい

友人美里視点

学祭当日。


軽音サークルは、

終日借りた教室を楽屋兼控室として使っていた。


机は端へ寄せられ、

鏡代わりのスタンドミラーや、メイク道具、

衣装ケースが並ぶ。


廊下の向こうからは

模擬店の呼び込みや、笑い声、マイク音、何かの曲、

学祭独特の騒がしさが、ずっと聞こえていた。


その中で。


結花は、まだ普通だった。


椅子へ座り、ペットボトルを持ちながら

いつもより少し小声で話す。

「人多いね……」


「今年、外部結構来てるっぽい」

笑う声も、いつもの結花。


“ゆいか”ではない。


だから余計、私は少し安心する。


まだ戻れる。

そう思いたかった。


私は、持ってきた衣装ケースを置く。

中身は今日のために準備した衣装。


ゴスロリ。

フリル。

厚底ブーツ。


そして。


特別な衣装。


私は、そっと布へ触れる。

つるりとて、しっとりと肌に馴染む感触。

去年より、ずっと攻めている。

イロモノとして責められるかもしれない。


でも。

今の結花なら、多分負けない。


むしろ

「今年のゆいか」

だからこそ、成立する。


結花が、不安そうにこちらを見る。

「……ほんとに着るの?」


私は、少し笑った。


「着る」

短く返す。


「絶対似合うから!」

私は、静かに衣装ケースを開いた。


中には、

今日のために用意した衣装が丁寧に畳まれている。


まず取り出したのは、

着脱をかんたんにできるよう細工した一曲目用の上着。


黒と赤を基調にした、派手なゴスロリ。


フリル。

レース。


ステージ照明を受けた時、

遠目でも映えるように、

ボリュームをかなり出している。


中のパニエも、しっかり膨らむ物を選んだ。


歩けば揺れる。

回れば広がる。


“ゆいか”を、

大きく見せる衣装。


その下へ隠すように、私はもう一つの衣装へ触れた。


深い赤のシルク。


照明を受ければ、鈍く艶めくベビードール。

肩紐と胸元だけ、透け感のあるレースになっている。


だが、余計な装飾はない。

甘くし過ぎない。


むしろ、

静かな危うさが残る形。


その横には透け感のある黒のソックス。

細いガーターベルト。


黒い紐が、太腿へ落ちる。


そして。

私は最後に、黒のズロースを取り出した。


結花が、露骨に嫌そうな顔をする。

「……なんか、どんどん本格的になってない?」


私は、即答した。

「アンタ動き激しいから…」


「これ履かないと、普通に見える」


結花が、顔をしかめる。

「やだ……」


すると後ろから、灯が笑った。

「結花、私の紐パンいる?」

「いらない!!」


教室に、爆笑が起きる。


私は、ズロースを結花へ押し付けた。


「事故防止。絶対履いて!」

結花は、まだ納得していない顔だった。


私は、鏡越しに全体を確認して小さく息を吐く。

——大丈夫。


今年の“ゆいか”なら、この衣装に負けない。

「はい、男性諸君!退出‼︎」


美里がパン、と手を叩く。

教室の空気が、一瞬止まった。


興味津々で衣装ケースを覗いていた男子達が、一斉に

「えぇーーー!?」

と不満を漏らす。


灯が爆笑しながら男子を押し出した。

「アウトアウト!ガチ着替え入るから!」

「ちょっとぐらい!」

「ダメ」

「なんで!!」


「理性あるうちに出ろ」


男子ドラムが、最後まで粘る。


「いやでも、衣装確認ぐらい——」


美里、真顔で

「見た後、アンタ叩く自信ある?」

即答だった。


教室、

爆笑。


結局、

男子達はブーブー文句を言いながら追い出される。


そして。


扉の前には、女性陣の見張りが立った。

完全防備。


「あ、男子来た」

「通行禁止でーす」

「覗いたら殺す!」


廊下が、騒がしい。


その間に。

教室の中では、結花が渋々着替え始めていた。


フリル。

レース。

赤いシルク。


鏡の前で、結花が露骨に嫌そうな顔をする。

「……露出多い」

「大丈夫」


美里は、ガーターベルトを確認しながら即答する。

「見えてないから」

「そういう問題かなぁ!?」


灯が、腹を抱えて笑っている。

美里は、慣れた手つきで結花の顔へメイクを乗せていく。


白く整えた肌。

濃いめのシャドウ。

涙袋。


いつもの、“ゆいか”の地雷メイク。


だが今日は、いつもより少し強い。

ボリュームのあるつけまつげを重ねる。


伏せられた瞳が、それだけで長く見えた。


さらに、黒のアイラインを引く。


目尻を流し、視線が鋭く見えるよう整える。

結花は、大人しく目を閉じたままだ。


さっきまで

「露出多い……」

と、文句を言っていたのに。


メイクが始まると、急に静かになる。


私は、最後に口紅を取った。


真っ赤。

深い赤。


ベビードールと同じ色。


丁寧に、唇へ乗せる。

そして、少しだけ輪郭を整えた。


静かな教室。

遠くから、学祭のざわめきだけが聞こえる。


私は、小さく息を吐いた。


「……できた」


結花が、ゆっくり瞳を開ける。


その瞬間。


教室の空気が、変わった。


さっきまでそこにいた、普通の大学生の結花が消える。


代わりに鏡の中で、

真っ赤な唇の女がこちらを見返していた。


フリル。

ツインテール。

深い赤。


そして、鏡の前で視線を逸らす結花。


誰かが、ぽつりと呟く。


「……やば」


誰も、すぐには声を出せなかった。


灯ですら、少し黙る。


結花は、鏡を見つめたまま動かない。

何かを確認するみたいに、静かに瞬きをする。


そして。


それ以降、

もう何も話さなかった。


控室の空気が、少しずつ張っていく。

廊下からは賑やかに呼び込みの声、笑い声、雑音がきこえる。

なのにこの教室だけ、別世界みたいに静かだった。


結花は、ただ座っている。


背筋を伸ばし、

赤い唇のままじっと前を見ている。


もう、誰も不用意に話しかけられない。


美里だけが、静かに思う。


——始まる。


今年の“ゆいか”が。


奈緒が静かに教室に入ってくる。

「時間」


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