ゆいかは学祭でアンコールを受ける
曲目は、三曲。
本来なら、これで終わりだった。
最後の暗転。
残響。
熱気。
誰もが、息を切らしている。
だが、静寂は、数秒も持たなかった。
「ゆいか!!」
誰かが叫ぶ。
それを合図みたいに、
「アンコール‼︎」
「アンコール‼︎」
講堂全体へ、声が広がっていく。
手拍子。
歓声。
熱狂。
止まらない。
そして、
一度降りた“ゆいか”が、再びステージへ戻ってくる。
観客が、爆発した。
想定されたアンコール。
“ゆいか”はもう、完全に空気を支配していた。
イントロ。
重い打ち込み。
歓声。
そして始まる、
「王様」
巻き舌。
煽るみたいな歌い方。
軽くあしらうように、観客を睥睨するように。
時折、間へ差し込まれる笑い声。
その笑い方が、妙に耳へ残る。
観客は、もう理性がない。
拳。
悲鳴。
スマホの光。
全部が、“ゆいか”へ向いている。
歌詞は、
「あなたは王様」
と歌っているはずなのに、今。
講堂で本当に“王様”になっているのは、間違いなく“ゆいか”
——暗転。
歓声が、講堂を揺らす。
だがその時には、もう“ゆいか”は舞台袖へ下がっていた。
息が荒い。
照明熱で、身体中が熱い。
それでも、これで終わり。
誰もが、そう思っていた。
アンコールも終わった。
用意した曲も、もうない。
なのに、講堂の熱気が全く引かない。
「ゆいかーーー!!」
「もう一曲!!」
「帰るな!!」
再び、アンコールが始まる。
しかも今度は、さっきより声が大きい。
舞台袖では、実行委員会が完全に困っていた。
時計。
タイムテーブル。
客席。
全部見ながら、必死に判断している。
そして、スタッフが慌てて合図を送ってきた。
——伸ばせ、まだ帰せない。
灯が、思わず笑う。
「いや、もう曲ないよ?」
ドラムが、頭を抱える。
「マジでどうすんの…」
その時。
シンセ前にいた美里が、静かに息を吐いた。
「……仕方ない」
小さく笑う。
「我らの王、呼び戻す……」
周囲が、一斉に顔を上げる。
美里は、おもむろにシンセへ指を置いた。
本来は、機材テスト用でリハ用。
遊び半分で入れていた音源。
誰も本番で使う予定なんて、なかった。
今、軽快なイントロが講堂へ流れ始める。
イントロが流れた瞬間、舞台袖にいた“ゆいか”が一瞬だけ戸惑ったような顔をした。
明らかに「聞いてない」顔。
講堂も、ざわつく。
さっきまでの空気と、あまりにも違う。
だが次の瞬間、客席から悲鳴みたいな歓声が上がる。
“ゆいか”が、再びステージへ戻ってきたからだ。
明るい照明の中をベビードール姿で。
“ゆいか”は、シンセ前の美里を見る。
そして、他のメンバーを見る。
全員がニヤニヤしながら、
「歌え!」
とジェスチャーしていた。
“ゆいか”は、少し呆れたみたいに笑う。
「……もう、困ったなぁ」
さっきまでの、壊れそうな空気が少しだけ消える。
そして、マイクを持った。
流れ始めたのは、昔から人気のマジカル少女のアニメソング
講堂が、一瞬で爆発する。
イントロだけで、みんながわかる。
客席から、自然に合いの手が飛ぶ。
“ゆいか”は、笑いながら踊った。
有名なインド式で激しく。
全力で。
厚底でステージを跳ねる。
ベビードールの裾が揺れ、ツインテールが暴れる。
さっきまで観客の感情まで完全に場を支配した女が。 今度は楽しそうに笑っている。
講堂全体がそのギャップへ完全に持っていかれていた。
そしていつの間にか、観客も、スタッフも。
外部の大人達まで。
全員が、笑っていた。
曲が終わる頃には、講堂全体が、完全に一つになっていた。
歓声。
手拍子。
笑い声。
さっきまでの重い空気や危うさ、倒錯的な空気全部を最後に無理矢理ひっくり返したみたいだった。
“ゆいか”は、息を切らしながら笑う。
ツインテールも、ベビードールも、もうぐちゃぐちゃだ。
それでも、ステージ中央でマイクを握ったまま客席へ大きく手を振る。
「本当に最後!」
講堂から、悲鳴みたいな声が返る。
“ゆいか”は、最後は楽しそうに笑った。
「バイバーイ!」
そのまま、くるりと背を向けてステージを降りていく。
講堂には、まだ熱気だけが残っていた。
「……いや、生はとんでもなかったですね」
「自分、全部もっていかれましたよ…」
講堂の熱気が、まだ冷めきっていない。
観客達が、興奮したまま立ち上がる中。
壁際にいたスーツ姿の集団だけ、別の意味でざわついていた。
若手社員は、完全に目を輝かせている。
「動画と全然違う……」
「これは、欲しい。なんとしてでも!」
「いや、他社ももう動いてるでしょ」
興奮気味の声が飛び交う。
さっきまで、『原石』と言っていた熱量が。
今はもう『絶対欲しい』へ変わっていた。
商品価値。
集客。
拡散性。
危うさ。
全部ある。
しかも、まだ学生。
現場側が、狂う理由も分かる。
その熱気の中で、ただ一人だけ…。
朝比奈玲だけは違うことを考えていた。
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