友人美里から見た長谷川結花と学祭2年生①
結花大学入学から2年生の学祭迄を友人美里視点
たまたま、入学式で隣に座った子だった。
神奈川県内の中堅大学。
大体の子がスーツで来ている。
私は、私の信念のために今日も重い厚底ブーツにフリルがたくさんついたお洋服で完全武装している。
これで、またボッチになっても全然構わないと思っていた。
「わぁ。初めてみた」
揶揄いかと横を見ると、その子は
「はじめまして。ごめんね、急に……」
と話かけてきた。
「私、田舎から出てきたから。こういうファションって生でみるの初めてで…。可愛いね」
そう言って笑ってくれた。
この子はもう「親友」でいいかなと瞬間で感じた。
初めてだった。
それが長谷川結花との出会い。
新歓コンパやサークル勧誘も一緒に受けた。
私のファッションがきっかけだったが、結花の天性爛漫な性格が先輩にも受け、学生生活は思ったよりスムーズにスタートできた。
たまたま声をかけてきた先輩が軽音サークルの人だったので、私たちもそこへ加入した。
私は自宅から大学に通っているし、小さい頃からピアノや楽器をやっていたので軽音は別に嫌ではなかった。
結花は歌は好きだけど、楽器はできないと恐縮していた。
それでも裏方もあるからと、入会をススメられた。
友人関係も増えていくが、私たちの関係は変わらなかった。
でも1年生の夏休み前ぐらいから、結花が1限を寝坊する事が増えた。
目の下にも隈を作り、今にも倒れそうだと思ったがなにもできないもどかしさがあった。
結花は結局、先輩の紹介で夜職についた。
箱根は知っていても芸者がいるのは知らなかった。
生活が安定してやっとサークルの方にも顔を出すようになった頃には、いつも4人で行動するようになった。
バイト先に『憧れで、推しで、神』な先輩ができたと嬉しそうに報告してきた時は、ちょっとその先輩に嫉妬した。
でもポスターを見て納得した。
私も推しにしたくなる人だった。
1年目は結花は照明、私はキーボード、他の2人灯と奈緒は音響を担当した。
音響のテストをするときに、適当な人が誰もいなくて、結花にチェックを頼んだ。
決められた手順、チェック、チェックマイクテスト。
「時間が余ったからなんか歌ってみてよ」
と灯が結花に言う。
「えー怒られない?」
「大丈夫だって、誰もそこまで聞いてないし」
「わかった。何がいい?アカペラだよ?」
「そうだなぁ。チェックも兼ねて……」
リクエストしたのは、冬の定番ソング。
女性ボーカルのしっとりとしたバラード。
低音から高音と幅広い音域が難しい曲。
それを難なく歌い、まるで情景が映るようだった。
これが『魂を持っていかれる』という感覚なのかと恐ろしくなるほど揺さぶられた。
外で確認作業をしていた先輩が慌てて飛んできて、
「今、歌ったの誰!?」
と詰め寄ってきた。
結花は、
「マイクで遊んですみません」
と恐縮したが、そうではない。
みんな同じ気分だったのだろう。
でも4年生には、この大学の歌姫がいる。
先輩達は結花の歌を幻と決めた。
それで良かったと思う。
学祭も終わり、卒コンも無事終了した。
学年の変わり目に担当の変更があった。
照明担当だった結花がメインボーカルに抜擢された。
聴いてしまった以上、放って置けなかった。
これはあの場にいた全員の総意だった。
結花だけが、
「私でいいの?」
と納得していなかった。
結花のデビューは、次の新歓コンパの軽音サークルの時間に決定した。
所属部員が1年生だけで倍以上に増えた。
恐ろしい子。
2年の学祭の出し物を決めるときは揉めに揉めた。
周りの温度と本人の「どうでもいい」となげやりな感じの温度感が酷かった。
私が譲れなかったのは結花の衣装とヘアメイクだった。
元々の素材はイイので一度やってみたかった。
結花は肩を竦めるだけで、笑って許してくれた。
少し前から覆面歌い手が流行っていたけれど、私たちは結花を隠したい訳ではなかった。
だからいつもとちょっと雰囲気が変わる地雷系は相性がよかった。
メジャーすぎて、難しいロックバンドの曲を1曲目にする。
ドラムの子は腕が千切れても叩くと踏ん張っていた。
リハまでは普通だった。
人によっては、
「なんで、この人が?」
と訝しげる者まででた。
特にボーカル希望の子達は納得いかなかったのだろう。
本番の日、着替えるまではいつもと同じ周りを気遣いながら笑わせ、空気を盛り上げる結花だった。
形から入るには下着からと全て用意した。
上着も特別なものを持ってきた。
幸い私と結花は身長や体格がほぼ同じだった。
ベビードールを着せて、ドロワーズ、パニエを履かす。
靴下はガーターベルトで留める。
見えないところまで本格的なロリータファッションに身を包む。
スイッチが入ったのはどの辺りか、アイラインをひき、紅を塗ったところでは完全にいつもの雰囲気ではなかった。
綺麗でサラサラの長い髪を太めのアイロンで巻く。
ドリルをツインテールに結いあげ、前髪をつくる。
完成したときには、さっきまで隣で笑っていた長谷川結花はいなかった。
声もかけられない、『ゆいか』がいた。
軽音の舞台時間。
暗転。
客席のざわめきが、少しずつ静まっていく。
赤い照明。
吊られた幕。
その向こうに、少女のシルエット。
微動だにしない“ゆいか”。
そこへ、美里のシンセが入る。
静かに。
焦らすように。
ひとつ、またひとつ。
まるで儀式みたいだった。
客席が、自然と黙る。
長い。
普通のライブなら、とっくに歌が始まっている。
なのに、まだ来ない。
「……え?」
誰かが笑う。
「引っ張るなぁ……」
シンセが止む。
音が消える。
完全な静寂。
その瞬間。
“ゆいか”がゆっくり顔を上げた。
そして——
空を裂くような声。
「紅だァァァーーーーッ!!」
次の瞬間、ドラムが爆発した。
幕が落ちる。
歓声が、遅れて会場を揺らした。




