ユリ姉さんだけがいない夜①
その日は昼から箱根の街は慌ただしかった。
老舗ホテルには大規模な会議が開催され、関係者達が次々と訪れる。
隣接する宿泊施設もほぼ満員御礼。
会議の後で開催される懇親会の為に箱根中の花が寄せ集められていた。
美容院は朝からその花をかざる為に大忙し。
分単位で変わるがわる髪を整えていく。
それは『はなのや』も例外ではなかった。
さゆりも午後から着付けと髪を整え、順番にやってくる置き屋の仲間達の着付けを手伝った。
ママは、
「今日はカオリは指名で17時半、ホテル風月。他は18時半からホテル風月大宴会場ね」
と告げる。
「ねえ、さゆり」
他の姉に声をかけられる。
「今日、来る時聞いたんだけど、東央のイケメン来てるって!知ってた?」
「そうなんですか?」
「知らないの?」
「知りませんよ。直接やり取りしてないし……」
「そうなんだ。私は目の保養しよー」
と嬉しそうだ。
「ママ、今日はユリ姉さん来る?」
「呼んだ。手が足りないから。ギリギリくるから、用意しといて」
「はーい」
そうして待機していると、
「カオリ、時間早く行って」
とママに促されて置き屋を出て行った。
不服そうな顔がなんだか印象に残った。
カオリと入れ替わるようにOL姿のユリがやって来た。
「遅れました」
そう言って大慌てで準備を始める。
先に顔を整え、髪を纏める。
鏡の前で素早く着付けしていく。
帯を巻く際に小物を持って補助していく。
「ありがとう。さゆりちゃん」
鏡越しに微笑まれる。
さゆりは今日はもうこれで仕事頑張れると幸せになった。
ユリが帯を結び終え、全体を確認している時だった。
一本の着信がママの端末に入る。
「……、?なんだって⁉︎」
ママの驚愕の声が響く。
「すみません。申し訳ない。そうですよね。ホント、申し訳ないです」
電話ごしでも解る、とんでもない事が起こっている。
一度ママが通話を切る。
眉間の皺がすごい事になっている。
「カオリ……困った子だわ」
ぼそりと呟く。
何度か頭を振る。
いい案が浮かばないようだ。
みんな心配そういママを伺う。
そして、おもむろに
「ユリちゃん、悪いんだけど……、」
と切り出した。
ユリは何度か瞬きした後、
「ママ、大丈夫です。じゃあ急いで行ってきます」
そう言って呼んだタクシーに乗って出かけて行った。
さゆりはママに
「カオリとユリ姉さんなんなんですか?今日、ユリ姉さん私たちと一緒でしたよね?」
「そのはずだったけど、カオリが開始15分で宴席から消えた。って」
ハァーと深いため息。
「それから30分経っても帰ってこないから先方さん怒ってるみたいでね」
「えっっ。それ地雷回収じゃ⁉︎」
「ユリには毎回面倒かけて悪いんだけど、あの子じゃないと納まらない席があるからね」
頭痛がすると言う顔で続けて、
「今回はユリのご贔屓さんが席にいるから…なんとかこれで収まればいいけどね」
「カオリ、どうするんですか?」
「放っておく」
「え?」
「今日で終い」
ママは冷めたように言った。
その言葉は売れっ子に対する未練もなにもない。
「アンタもカオリに突っかかるんじゃないよ?」
そして時計を見る。
「さぁ、時間だ。しっかり稼いでおいで!」
そう言うとみんなを置き屋から追い出した。
会場に到着する。
ロビーにはすでに各置き屋から花が集まっていた。
今日のリーダーに挨拶に行く。
もう話が廻っているのか、ヒソっと声が聞こえ失笑、嘲笑入り混ざった好奇心に晒される。
今日のリーダーの席に向かって、
ユリ姉さんに代わり、リリ姉が
「今日はありがとうございます。よろしくお願いします」
と深ぶかと頭を下げる。
さゆり達も一斉に合わせる。
「あらあら。そちらは今日は大変みたいだけど、だれも消えないでね?」
困ったような面白がるような顔でこちらを見る。
そして
「さっきカオリさん挨拶に来られたの。この席に入る事になったって。私聞いてないんだけど……。そうなの?」
「本人がそう言ったなら……。ご迷惑をおかけします」と再度頭を下げた。
5分前なる。
一斉に宴会場前に移動する。
さゆりの前にしれっとカオリが並ぶ。
瞬間的にさゆりは声をあげそうになるが、飲み込む。
ここで、騒ぎにしても恥の上塗りだ。
時間になり扉が開く。
口上、そして散らばる。
上座には鷹司氏が見える。
そしてほど近いところに『朝比奈氏』やはり二人とも参加していたか。
面倒な上に面倒が重なる。
二人は今日こそは。
と期待しているに違いないのに、肝心の〝ユリ“姉さんがいない。
事情が話せない以上、今日は近寄らないでおこう。
幸い今日はそれが不自然に見えない程の大規模だ。
さゆりはいつもより下座の方へ移動していく。
空のビール瓶を交換しに裏口に行く。
すると他の置き屋の姉さん方に捕まる。
「今日ってどうなってるの?」
「どうもこうも、アレですよ」
上座の方をみる。
カオリは鷹司氏の横に張り付き離れない。
他の花が挨拶に来ても移動しない。
ビール瓶を持って席を移動する。
空いてるグラスには注ぎ、2、3言葉を交わす。
席を移動する。上座に近寄れば視線を感じる。
自然にまた下座へ移動しながら空いている席へ適当にすわり、そこで談笑する。
それの繰り返し。
今日ほど2時間が長く感じた日はない。
カオリが目に入る度に込み上げてくる感情。
吐きそうだ。
それでも、自分が怒る事は筋違いだと言い聞かせて、笑う。
「……、失礼、いいかな?」
自分の後から声がかけられたと思った瞬間に腕が掴まれる。
強い力ではないのに逃げられない。ギクリと振り返る。そこにはとても爽やかに笑っているが、全然目が笑っていない『朝比奈氏』
もう、逃げ道がない。
「こんばんは。さゆりちゃん」
「あっ、お兄さん。こんばんは、さようなら」
身体を引く。
このタイプはこれで敢えては捕まえにこないはず。
しかし、腕が外れない。
「待て」
小声でさらに
「話がしたい」
「嫌です」
即答する。
「さゆりちゃん、今日はユリさんは?」
「姉さんはいたけど、いません」
「は?」
上座の会話が途切れたタイミングで鷹司氏もこちらの席にくる。
さゆりに向かい、
「やぁ、久しぶり。」
美丈夫が軽く笑いかける。
すると、さゆりは首を横に振り続ける。
「無理無理無理無理!」
こんな色男達を二人も抱えてしまい、こちらには尖った視線が集まる。
内情は話せないのに、聞きたがる圧が凄い。
首を振り、態度で不本意を周りにアピールする。
しかし、話を全く聞かない男達は勝手に予定を決めていく。
「さゆりちゃんの後口が決まったって話です」
真顔で鷹司氏に答える、彼。
これ以上、逃げてもユリ姉さんの二の舞だ。
項垂れる。
朝比奈氏は
「さゆりちゃん。お母さんに連絡してください。
今直ぐに」
さゆりの時間を確実に押さえる。
「やだなぁ、もう!」
「仕方のない人たち…」
小声で呟き、困ったように笑いながら、席を外す。




