ユリ姉さんだけいない夜②
「ママ、さゆり後口決まりました」
「リリ姉さん後口連絡ありました?まだだったら一緒に連れて行きたい」
「うん、キャッスルでお願いする。はい、また連絡します」
「リリ姉!ちょっと!」
姿が見えたリリ姉さんに声をかける。
「なに、さゆり」
「リリ姉、後口……」
「まだ」
「よかったぁ。一緒にきてくだい。頼みます。私一人じゃ無理です」
「あー、ユリ姉担の二人?」
「そうそう」
「わかった。場所は?」
「ママにはキャッスルがいいって言ってたんだけどまだ連絡してない……」
「わかった。連絡しとく。タクシーも予約しとくわ。ありがとね、さゆり」
リリ姉はそう言うと裏口へ向かう。
そこへ、カオリが近寄って来た。
「さゆり、後口決まったんだ?」
「………」
「へぇ。東央さん?」
「……それ、関係ある?」
「ふぅん」
カオリが笑う。
「アンタ、そういうの好きだったっけ?」
「別に?」
即答する。
「仕事だし」
「へぇー」
笑ってる。
でも目が笑っていない。
「私も後口あるけど、そっち行ってあげようか?」
「ハァー?なにそれ?」
オホンという咳払いで一瞬登った血が下がる。
そしてさゆりは、
「ちなみに、カオリさん全然相手に刺さってないから。ザマァ」
と小声で言いながら去る。
スナックキャッスルでの後口を終え、リリ姉と二人で置き屋へ戻る。
「ただいま、戻りました」
部屋の明かりは消され静けさだけが残っている。
自分たちが一番最後だったようだ。
「……。疲れたぁ、リリ姉ありがとう」
「こっちこそありがとう。ホント、今日の疲労感よ……」
お互いを称え合っていたところにママが奥から出てくる。
「アンタ達お疲れ。早く着替えな。夜食食べに行こう」「やった」
二人とも、はぎ取るように着物を脱ぎ、汗だらけの肌襦袢は洗濯機に入れセットする。
小物を手早く片付ける。
その間にママが着物を干す。
普段着に着替えかばんを持つ。
終電はもうない。
ママが車のキーを持ち、
「送っていく途中で食べよう。なにがいい?」
「姉さんなにがいい?私お上品よりジャンクがいい」
「牛丼」
「ナイスゥ。ママ、牛丼がいい!」
小田原へ向かう道の途中で24時間営業のチェーン店に入る。
タッチパネルで好みにカスタマイズする。
会計はママだ。
「いただきます」
二人声を揃える。
「はい。召し上がれ」
女子3人で囲うテーブル。
途中で手を止める事なく無言で牛丼をかき込む。
そう言えば、昼を軽く食べたきりだった。
リリ姉さんががママに
「それで?」
と切り出した。
ママは苦笑しながら、
「ユリがいたからなんとかなった」
ホッとしたように言う。
しかし、
「でもこっちの面子は丸潰れ。ちょっと売れ行きが良かったから勘違いしたのよ」
「ふーん」
「で?」
「ここの水は合わなかった。それだけ。終了」
そう言って肩を竦める。
自分たちが後口の間にママとカオリは話し合った、結論。
さゆりはこれでカオリと一緒に座敷にでる事がなくなった事を理解した。
牛丼屋を出る頃には、空が少し白み始めていた。
深夜とも朝方ともつかない、妙な時間。
車へ戻ると、三人とも一気に静かになる。
満腹感と疲労。
張っていた気が、少しだけ緩む。
コンビニの灯りが、フロントガラスを流れていく。
助手席のリリ姉が、ふぁ、と欠伸を噛み殺した。
「今日、ホント長かった……」
「ねー……」
後部座席で、さゆりもシートへ沈み込む。
端末が震える。
何気なく画面を見て、固まった。
『今日はありがとう。助かった』
朝比奈玲。
短い、それだけ。
なのに、疲れた脳へ妙に残る。
「なに?」
リリ姉さんが横目で見る。
「……東央のお兄さん」
「あー」
それだけで通じる。
「なんて?」
「ありがとう、だって」
「ふぅん」
興味半分、呆れ半分。
ママが前を向いたまま、口を開く。
「アンタ、あの二人に気をつけな」
「だから、何もないってば」
即答する。
すると、ママが鼻で笑った。
「アンタはね」
「?」
「でも、向こうは違う」
車内が、少し静かになる。
「特に、上の方」
鷹司氏の顔が浮かぶ。
あの、静かな目。
『今日は帰さないが、大丈夫か』
耳元で落ちた声を思い出し、ぶるっと肩が震えた。
「無理無理無理……」
思わず呟く。
リリ姉が吹き出した。
「さゆり、完全にロックオンされてるじゃん」
「やめてよぉ……あの人、完全にユリ姉さんの過激派じゃん!」
本気で嫌そうな声にリリ姉は笑う。
だが、ママは笑わなかった。
赤信号で車を止め、バックミラー越しにさゆりを見る。
「アンタ、変に一人で抱え込むんじゃないよ」
その声だけ、少し低かった。
「……はい」
小さく返事をする。
窓の外では、東の空がゆっくり明るくなり始めていた。
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