ユリ姉さんだけいない夜②
「ママ、さゆり後口決まりました」
「リリ姉さん後口連絡ありました?まだだったら一緒に連れて行きたい」
「うん、キャッスルでお願いする。はい、また連絡します」
「リリ姉さん!ちょっと!」
姿が見えたリリ姉さんに声をかける。
「なに、さゆり」
「リリ姉さん後口…、」
「まだ」
「よかったぁ。一緒にきてくだい。頼みます。私一人じゃ無理です」
「あー、ユリ姉担の二人?」
「そうそう」
「わかった。場所は?」
「ママにはキャッスルがいいって言ってたんだけどまだ連絡してない…」
「わかった。連絡しとく。タクシーも予約しとくわ。ありがとね、さゆり」
リリ姉はそう言うと裏口へ向かう。
そこへ、カオリが近寄って来た。
「さゆり、後口決まったんだ?」
「………」
「へぇ。東央さん?」
「……それ、関係ある?」
「ふぅん」
カオリが笑う。
「アンタ、そういうの好きだったっけ?」
「別に?」
即答する。
「仕事だし」
「へぇー」
笑ってる。でも目が笑っていない。
「私も後口あるけど、そっち行ってあげようか?」
「ハァー?なにそれ?」
オホンという咳払いで一瞬登った血が下がる。
そしてさゆりは、
「ちなみに、カオリさん全然相手に刺さってないから。ザマァ」
と小声で言いながら去る。
宴会も終わり、各自バラバラに群れる。
景と玲も、さゆり達の手配の店にタクシーを使って行く。
——スナック キャッセル
落ち着いた雰囲気だ。
照明が低い。
突き出しのほうれん草に、箸を伸ばす。
男達は
「美味い」
素直に感想を言う。
さゆりがくすっと笑う。
「ユリ姉さんも、同じ事を言います。」
景は
「そうか。」
短く返す。
グラスに手をかける。
そんな景の様子に、
「お兄さん、ユリ姉さんにハマりました?」
さゆりは軽い声で、
「同志ですねー」
と、自分の水割りグラスを景に寄せていく。
軽く、鳴らす。
「ここは、今、同志ばっかりですよ」
店内を、軽く示す。
視線が、一瞬だけ動く。
誰も、何も言っていない。
でも、空気は共有されている。
「……そうか」
もう一度、同じ言葉が出る。
さゆりが、ちゃめっ気たっぷりに、ウインクする。
瞑れていない。
そのまま、笑う。
グラスの氷が、静かに鳴る。
「ユリのチラシがあるのか?」
景は先程聞いた話を持ち出す。
「あぁ、先にそこきます?」
「あぁ」
「誰が喋ったのかなぁ、もう!ママ、ごめん。
アレまだある?」
ママがバックヤードに消える。
さゆりが両手を合わせて、
「ないって言って、ないって言って」
と呟く。
しばらくして、
裏から戻った手には一枚のポスター。
「残念、それ最後の一枚だから見るだけね」
とママが釘をさす。
景が受け取る。
「…、…。」
言葉を出そうとしても上手く出てこない。
——異様だ。
整いすぎている。
作り物だと言われても、納得できる。
だが、違う。
目が離れない。
「神!ですよね。」
さゆりが覗き込む。
「ライトの当たり方とか、神秘的で。」
玲も覗き込んで、絶句している。
「……。いや、正直ここまでとは思いませんでした」
正気にかえり、頭を振る。
「これが炎上?」
「そう。一悶着あってね」
ママが肩を竦める。
「もともと、ユリちゃんも気乗りしてなかったから
今の絵になったのよ」
手がとまる。
「さっ、もういいかい?
アタシの大事なコレクションさね」
ポスターを返す。
景は欲しいと言い出せなかった。
「姉さんの唯一の欠点は、表に出たがらない事ですよ」
さゆりが笑う。
「出てたら、こんな所でこんな事やってないでしょ?」言いながら席を立ち移動しようとする。
「さゆりちゃん、座って」
玲はさゆりの腰を引き寄せ、自然に自分の隣へ座らせる。
「何故、今日は来ない?」
「それは…」
一瞬、迷う。
「カオリさんの所為です!」
空気が少しだけ、動く。
「本当はユリ姉さん、こちらの宴会予定で……」
「カオリさんは別の宴会入っていて。
でもお兄さん来るって聞いたら、無理矢理コッチに来ちゃって」
「先方は、ナンバー指名だったのに。
来ないから、怒って」
「前代未聞ですよ」
「なるほど。」
男達は理解できた。
「地雷回収か」
そして、さらに尋ねてくる。
「先方とは?」
「それは、言えません。言いませんからね!」
「朝比奈?」
景は視線だけで問う。
「借りは作りたくない所ですね」
玲が即答する。
——だから、
大きく息を吐く。
一度、引く。
「……そうか」
あまりにもがっかりする男に、
「他の話なら、姉さんの面白い話とか?」
さゆりが、にやりと笑う。
一拍。
景はグラスを置く。
「さゆりちゃん」
ゆっくり視線を合わせる。
「今日は帰さないが、大丈夫か」
軽い声。
それから、少しだけ距離を詰める。
「花代は心配するな」
耳元で、低く。
一言だけ。
息がかかる距離。
「ぎゃー!お兄さんのエッチー!」
さゆりが跳ねて、一歩離れる。
笑い声。
店の空気が、少しだけ緩む。
夜半過ぎ。酒も回り、言葉が軽くなる。
ほろ酔いのさゆりが、
身を乗り出すし、ドヤ顔で
「ワタシは、
姉さんの体の、
黒子の位置知ってますから!」
一瞬。
玲が、額に手を当てる。
深くは覆わない。
指先だけ。
小さく、息を吐く。
そして、
「……さゆり」
低い声で一言。
「その情報はダメだ」
それだけ。
説明はしない。
さゆりが、
「あっ」
と口を押さえる。
遅い。
グラスの氷が、一つ鳴る。
指が、わずかに止まる。
誰も、何も言わない。
だが、空気だけが少し重くなる。
それからしばらくして、
時間のキリが良いところでお開きとなった。
リリ姉と二人で置き屋へ戻る。
「ただいま、戻りました」
部屋の明かりは消され静けさだけが残っている。
自分たちが一番最後だったようだ。
「……。疲れたぁ、リリ姉ありがとう」
「こっちこそありがとう。ホント、今日の疲労感よ……」
お互いを称え合っていたところにママが奥から出てくる。
「アンタ達お疲れ。早く着替えな。夜食食べに行こう」「やった」
二人とも、はぎ取るように着物を脱ぎ、汗だらけの肌襦袢は洗濯機に入れセットする。
小物を手早く片付ける。
その間にママが着物を干す。
普段着に着替えかばんを持つ。
終電はもうない。
ママが車のキーを持ち、
「送っていく途中で食べよう。なにがいい?」
「姉さんなにがいい?私お上品よりジャンクがいい」
「牛丼」
「ナイスゥ。ママ、牛丼がいい!」
小田原へ向かう道の途中で24時間営業のチェーン店に入る。
タッチパネルで好みにカスタマイズする。
会計はママだ。
「いただきます」
二人声を揃える。
「はい。召し上がれ」
女子3人で囲うテーブル。
途中で手を止める事なく無言で牛丼をかき込む。
そう言えば、昼を軽く食べたきりだった。
リリ姉がママに
「それで?」
と切り出した。
ママは苦笑しながら、
「ユリがいたからなんとかなった」
ホッとしたように言う。
しかし、
「でもこっちの面子は丸潰れ。ちょっと売れ行きが良かったから勘違いしたのよ」
「ふーん」
「で?」
「ここの水は合わなかった。それだけ。終了」
そう言って肩を竦める。
自分たちが後口の間にママとカオリは話し合った、結論。
さゆりはこれでカオリと一緒に座敷にでる事がなくなった事を理解した。
牛丼屋を出る頃には、空が少し白み始めていた。
深夜とも朝方ともつかない、妙な時間。
車へ戻ると、三人とも一気に静かになる。
満腹感と疲労。
張っていた気が、少しだけ緩む。
コンビニの灯りが、フロントガラスを流れていく。
助手席のリリ姉が、ふぁ、と欠伸を噛み殺した。
「今日、ホント長かった……」
「ねー……」
後部座席で、さゆりもシートへ沈み込む。
端末が震える。
何気なく画面を見て、固まった。
『今日はありがとう。助かった。』
朝比奈玲。
短い。
それだけ。
なのに、疲れた脳へ妙に残る。
「なに?」
リリ姉が横目で見る。
「……東央のお兄さん」
「あー」
それだけで通じる。
「なんて?」
「ありがとう、だって」
「ふぅん」
興味半分。
呆れ半分。
ママが前を向いたまま、口を開く。
「アンタ、あの二人に気をつけな」
「だから、何もないってば」
即答する。
すると、ママが鼻で笑った。
「アンタはね」
「?」
「でも、向こうは違う」
車内が、少し静かになる。
「特に、上の方」
景の顔が浮かぶ。
あの、静かな目。
『今日は帰さないが、大丈夫か』
耳元で落ちた声を思い出し、ぶるっと肩が震えた。
「無理無理無理……」
思わず呟く。
リリ姉が吹き出した。
「さゆり、完全にロックオンされてるじゃん」
「やめてよぉ……あの人、完全にユリ姉さんの過激派じゃん!」
本気で嫌そうな声。
リリ姉は笑う。
だが、ママは笑わなかった。
赤信号で車を止め、バックミラー越しにさゆりを見る。
「アンタ、変に一人で抱え込むんじゃないよ」
その声だけ、
少し低かった。
「……はい」
小さく返事をする。
窓の外では、
東の空がゆっくり明るくなり始めていた。




