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朝比奈玲まだ恋をしらない  作者: あぐり りょう


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14/37

朝比奈玲は評価する

玲は、

さゆりを“女”として見てはいなかった。


見た目が悪い訳ではない。

むしろ、華やかで愛嬌もある。


夜の席では空気を回し、

人を笑わせ、自然に場の中心へ入っていける。


あと数年もすれば、間違いなく売れっ子になる。

そういう評価はしている。


だが、それだけだ。


年下。

学生。

仕事相手。


その認識から、外れていない。

ただ、少しだけ見直していた。


もっと軽い子だと思っていたのだ。


場を盛り上げるのが上手い、愛嬌の良い若い花。

その程度の印象だった。


だが実際は違う。

周囲をよく見ている。


誰が何を考え、どこまで踏み込んで良いのか。

その線引きを、驚くほど冷静に見極めていた。

しかも、必要なら忠告までしてくる。


「ここが引き時だと思いますけどね」


あの言葉を思い出す。


脅しではない。

忠告だった。


東央の名前へ浮かれるでもなく、

怯えるでもなく、ただ現実的に、

“面倒になる”と告げてきた。


ああいう反応は珍しい。


それに、妙に話しやすかった。

気を遣わない。

沈黙が苦にならない。


だからこそ、少し厄介だと思う。


あの手の人間は、

気づかないうちに懐へ入り込んでくる。


玲は小さく息を吐き、書類へ視線を戻した。


——だから、

これ以上関わるべきではない。


そう、判断している筈だった。



探しもののために派手に動いた弊害は、すぐに現れた。

接待場所に、やたらと箱根が増え始めたのだ。


「最近、箱根多くないですか?」

若手が呑気に笑う。


玲は、手元のスケジュール表を見下ろした。

偶然とは思えない頻度だった。


景が、

完全に味を占めている。⸻


目端の利く取引先は、東央の動きをよく見ている。


最近、

接待場所に箱根が増えている事も、

既に気づかれていた。


「今、箱根が熱いんですか?」

冗談めかして聞かれ、玲は内心で頭を抱える。


恐らく、“東央が箱根へ力を入れている”

と勘違いされたのだろう。


景一人の行動が、周囲を巻き込み始めていた。


「最近のここら界隈はお兄さん方が中心です」

「私設ファンクラブできたみたいですよ?」

自分で言いながら笑うさゆり。

「……」


「新しい高級ホテルが建つらしいとか」

「ほんと、ウケる」


ビールを注ぐ口がコップに当たってカタカタなる。

「……笑い事じゃない。」

小さく呟くと、さゆりが吹き出した。

「やっぱり、お兄さんも原因側なんじゃないですか」

「……やめろ」

さらに笑うさゆりに裏から声がかかる。


「さゆり!」

「はーい」

「呼ばれたんで行きますね。ごゆっくり」

そう言って立ち上がり、呼び出し先に向かう。


その背中を目で追うも、次の花が座る

「お兄さん、さゆりちゃんがタイプですか?」

面白そうに話かけてくる。

「でも、お兄さんならもっと〝大人のひと”が似合うと思うなぁ」

言いながら流し目を向けられる。

「そうですね。私も大人の女性が好みですよ」

と笑いながら答える。

目の前の花は少し興奮した様に、

「じゃあ、次はうちを宴会に呼んで下さいよ。大人の女性でオモテナシしますよ」

そう言って名刺を差し出してくる。

受取はしたが、どうでもいい。


まだなにか期待したようにこちらを見ているが、

意識の外に追い出した。


上座に座る景は一度だけ辺りを見渡して〝ユリ”がいないか確認している。


この宴席にもいない。


それがわかると、後はビジネスライクに受けては応えている。

耳に入ってくる、

「あの人この前の!」という言葉。

一度の訪問でどれだけの人間に記憶されたのか、それを考えると頭が痛い。


だが本人を見つけるまで探し続けるのだろう。


不思議な事に、

これだけ頻繁に箱根で宴席を開いているにも関わらず、

一向にユリは姿を見せなかった。


中規模。

大規模。

店を変えても、

宿を変えても、

出てくる花の顔触れは似ている。


だが、ユリだけが居ない。

彼女は普段から箱根にいないのかもしれない。


そう考え始めていた。


そして、また金曜日がくる。

今回は断れない筋合いの大規模な会議の後の懇親会だった。


箱根中の花を集めたような大人数。

これでいないとなると、いよいよ景には諦めを覚えて貰いたい。


『はなのや』からも殆どの花が集まっている。

それでも、ユリだけがいなかった。


——ここまで徹底されると、

流石に異様だ。


玲は、上座へ座る景を見た。


あの男が、これで諦めてくれれば良いのだが。


斜め前の席についたさゆりを見る。


いつも朗らかに笑うさゆりの顔が固い。

貼り付けたような笑顔。

時折物言いたげに上座に座るカオリを見る。


カオリの方はさゆりの方など気にせず、上座に座る景に酌をする。


その様子が、妙に引っかかった。


さゆりは、空気を崩さない。

どれだけ酔っていても、

どれだけ騒いでいても、

基本的には笑って流す。


そんな女だった。


だが今は違う。

何かを、必死に飲み込んでいるように見えた。


少し席をたち下座の裏口の方に席を移す。

若手達に酌をしながら裏方の声を拾う。


「…、今日、来てないの?」

小さな声。

「うん。見てない」

「珍しくない?」

「……さあ」


「マジで!地雷回収なの?ユリちゃん」

「かわいそう」

「本当はユリちゃんがこっちで、

アッチがカオリさんだったんだって」


なにかあって、配置変更があった事は分かった。


そして、今日はさゆりが近寄って来ない。

普段なら、挨拶くらいは真っ先に来る。


だが今日は、

玲と目が合いそうになる度、

さり気なく席を移動していた。


——避けられている。


そう気づいた瞬間、妙に胸の奥がざわついた。


「これは本人を捕まえた方が早いか」

誰に言うともなし声が漏れる。


談笑しているさゆりの後に廻る。

話相手に断りを入れてさゆりを捕まえる。

腕を掴んだ瞬間、さゆりはギクリと飛び上がった。

「あっお兄さん、こんばんは。さようなら」

逃げ出そうとするさゆり。


「待て」

小声で言う。

「少し話がしたい」

「嫌です」

即答だった。


上座に座る景も何か情報をつかんだのか、

こちらを見ている。

「さゆりちゃん、今日はユリさんは?」

「姉さんはいたけど、いません」

「は?」

上座の会話が途切れたタイミングで景もこちらの席にくる。

さゆりに向かい、

「やぁ、久しぶり。」

景は軽く笑いかける。

すると、さゆりは首を横に振り続ける。

「無理無理無理無理!」


景は、困惑気味に玲の顔をみる。

ここでは話せない彼女に、事情を訊く必要がある。

だから、

「さゆりちゃんの後口が決まったって話です」

真顔で答える。

これでさゆりも観念したように項垂れる。

「さゆりちゃん。お母さんに連絡してください。

今直ぐに」

さゆりの時間を確実に押さえる。


「やだなぁ、もう!」

「仕方のない人たち…」

小声で呟き、困ったように笑いながら、席を外す。


彼女が一番大人かもしれない。


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