恐ろしいこと
「風呂男」が立ち上がって、カミラとノアに近づいた。
そして、異常な叫び声を上げるノアの手を掴む。
「なにっ!」
「風呂男」こと副官のジーニスが冷静な声を出してノアの目を見て話し出す。
泣いているカミラよりも、異常な叫び声を上げるノアこそ落ち着かせなければならない。
……もし、カミラの体に今以上に『ナニカ』が起きた時のために。
見ていると、少し、ノアのカミラに『依存』しているような言動に危うさを感じる。
「落ち着きなさい。誰がカミラを守るのですか?」
興奮しているノアの頭に「かあちゃん」が思い浮かんで、ノアの唇が震えた。
「だって、カミラが」
ノアもカミラも、身内に相手にされなくて、奴隷になって「自由な言動」を許されなくて、言葉にならない気持ちだけから己の中に溜まって、捌け口が、無い。
ノアの異常な叫びに『カミラにナニカが起きている』と気がついたスズが頭の中でカミラに呼びかける。
(カミラ、ねえ? どうしたの? 私の声が聞こえるでしょう?)
スズの声が不安でいっぱいだ。
スズはカミラをイタズラに怖がらせたい訳ではなかった。
自称『カミラの育ての親』のスズは幼い、幼すぎて、世間を知らないカミラを成長させたくて、危機感を持って欲しくて、事実を話しただけだ。
だが、時に【事実】は【残酷】で、幼い子供の傷つきやすい、柔らかい心を『忘れていた』だけで。
だって、大人だったスズは知っている。
子供の『小さくて大切』な約束をたやすく破る大人の軽率さを。
経験した。
「秘密だよ」と友人に話した内緒話が数日で拡散された裏切りを。
カミラの秘密を知っているノアの昨日の「我を忘れて言った言葉がカミラを追い詰めた」のも。
『他人は裏切る生き物なのだ』
ノアにカミラは『スキル』を話していないけれど、ずっと一緒に行動しているカミラが不思議な能力を持っているのをノアは「知っている」のだ。
カミラの秘密は『カミラが危険だと認識』しなけば、ずっとカミラは迂闊な行動をし続けて、カミラの運命が、カミラ自身の手で狂わせ続けてしまう。
だから『カミラの秘密をさぐる』大人の男達に危機感を持ったスズは告げたのだ。
『カミラが大切だから』
まあ、スズが『消える』かも? しれない事実を、思考を垂れ流してしまったのは『スズの計画の外』なのだ。
カミラがもう少し大人になって『親しい人との別れ』を受け入れられるようになる前に、伝える筈ではなかった事なのだ。
結果として【衝撃的事実!】を2つも知ってしまったカミラの小さな幼い心が受け入れられずに『苦しんでいる』
結果としてわかった「カミラの右目は生きている!」と知っている者は誰もいない。
スズはやっとなんとなく? カミラの体が感じているものがたまにわかっても、カミラが今、滂沱の涙を流しているのは知らないし、カミラの容姿を見る事もできない。
カミラの目を通じてしか、この世界を見れないのだから、守るのにも限度がある。
ノアはカミラを大好きだけども、容姿を気にしてはいないし。
副官のジーニスは「昨日初めて知り合った」だけだし。
スズはカミラを守れるのは『現時点で』自分しかいないと『自覚してほしかった』のだ。
スズは当然、カミラを守る気だが【カミラの一部】なので、物理的に守ってあげられないのだ。
カミラの【絶対的味方】なのは疑う余地は無いが。
カミラを育てる気、満々だし?
あわよくば、カミラと幸せになりたいし?
カミラと天寿を全うしたいとか思っているし?
今は『不測の事態!』なのだ!
カミラっ!
カミラっ!
カミラー!
スズが呼んでいるのに気がついてっ!
カミラの体は長年の飢餓で保水力には優れた身体に進化しているが、元の肉体が『骨と皮』なのに、鬼畜な男達が『水』を飲ませてくれないし『食べもの』も食べられないしで、体がかなり弱っているのだが、肝心の誰もがソレに『気がついていない!』
……カミラが意識を失うまで、あと少し。
◇◇◇
新たなあだ名『鬼畜男』こと「風呂男」で副官のジーニスは、ノアを少し落ち着かせた後に、涙が止まらない小さな少女に困っていた。
昨日、自分が言い出した事だが『少女の秘密がわかるまで、水も食べものも与えない』作戦が早々に頓挫しそうで悩んでいるのだ。
ちょっと死にそうだけど秘密のある少女。
素直すぎて少女に依存している(ように見える)男児。
2人をちょっと苦しめて追い詰めて「秘密を吐き出させる」つもりが、少女が胃液を吐きそうに泣いているのだから!
早々に少女が勝手に! 苦しんでいる。
秘密を知っていないのにっ! 助けざるを得ない状況に近づいている気がしないでもない。
しかし、さっきは右目を閉じていたのに、今は右目を開けて涙を流している少女の『瞳』が昨日と変わって見える。
『何が』とは言えないのがまた少女の秘密と合わせて困惑してしまう。
不思議な少女だ。
多分、6歳か7歳ぐらいの年齢に見えるのだが、賢しい子供はズル賢い知恵をつけ始める年でもある。
職業柄、疑い深い自分が時には嫌になる。
いや、だから階級が上がっているのだが。
その時、ふらりと少女が揺れたのを、勘で動いて、倒れるところを受け止めて、あまりの軽さにゾッとした。
自分は、恐ろしい事をしているのでは、ないかと……。




