7 予兆
食事を終えた夜のことである。
フリフリの寝巻きに身を包み、宿の机の前でいまだに勉学に勤しむアリシアをベッドから眺めていたカノンが声をかけた。
「まーだ勉強するのかい」
「ええ。……ああ、ですがこれは試験のためのものではないですわ」
「じゃあなにさ?」
「これは今後のための勉強。まあなんといいますか、アスカさんのことに関係することが推測でもできないかと古い書物を読みあさっているところですの」
「よゆーだねえ。明日は試験当日だってのに」
「……これだけの研鑽を積んで、現状の試験のことで悩むことなどないでしょう? わたくしたちの目的はその先にあるのですし」
ドヤ顔を浮かべるまでもなく、当然でしょう? と言われてしまえば「そりゃごもっともで」と返すほかもない。カノンはといえば、これ以上の知識を頭に入れたら逆にパンクをしかねないので頭を枕に埋めて勉学に勤しむ友人を見えないフリで誤魔化した。
ペラペラと紙がめくられるだけの静かな宿の一室に、ふと電子音のようなメロディが流れた。
「あー。アスカさんからだ。……こんな時間に、招集だってよ」
「……緊急でしょうか? わたくしたち、寝巻きですわよ」
「それについてはどうぞ気になさらず、だって」
「こちらが気になるのですが」
「まあ上着でも羽織って行こ」
「ええ」
バサリと、カノンは椅子にかけていた上着を。アリシアはハンガーに掛けていた上着を手に取る。静かな首都の宿の一室に、一瞬の光が音もなく淡く輝いた。そして、ふたりの姿が部屋から消えた。
―――軌道衛星『ライブラ』管制室。
「悪かったわね。こんな夜更けに、しかも試験の前日だっていうのに。……ええ。本当にごめんなさいね」
「まあ寝不足で落ちたら自称で錬成師名乗ろうかなと諦めムードなんで」
「落ちたら氷の彫刻にしますわよ」
「え、なにそれこわい」
「まあ、その試験のことにも関わることなのよ。……夜だし、手短に事態だけを話すわね。こんな話を持ち込んでしまって申し訳ないのだけれど、ふたりにはどうしても伝えておいたほうがいいかと思って」
アスカは腕を組んで椅子に座っているが、事態の深刻さを物語るように顔つきは強ばっていた。当初出会った頃と比べ、赤い髪は清潔な色を出し、長い髪は毛先までキレイに切り揃えられている。
もはやだらしがないという印象はどこにもなく、容姿端麗な美女がそこにいた。そんな第一印象からは程遠い人が、いつになく深刻そうに顔をしかめているわけである。
「一体なにがあったんですの?」
と、アリシアが聞いた。
「ええ。単刀直入に言うと、さっき『ライブラ』からの地上観測で、首都アトラス近辺で『カルマ兵器』の痕跡を発見したわ」
「カルマ兵器――――ですか」
アリシアが息を飲んだ。
「……えっと、大昔の戦争で使われていた、危ない兵器、だっけ?」
「……間違ってはいませんけれども、それを明日の試験で答えていたなら赤っ恥もいいところですわね」
ふたりのやりとりに少し気が和らいだのか、表情を崩して笑みを浮かべたアスカが答える。
「ふふ。そうねー。まあ簡単に言えば危ない兵器。少し詳しく言えば、アルマよりも出力が高く、より高性能な兵器。ただし、使用者にかかる負担が尋常じゃない。それこそ使えば精神が狂うことだって、死ぬことだってあるし、なにより危険なのは―――」
ちらりとアリシアの方を見る。
「―――使用者が変わる事に、かかる負担が蓄積されたままになる、ですわ」
「その通り」
と、講義を楽しむようにアスカは話を続ける。
「簡単に言えば、最初の人間が使う『カルマ兵器』はまだ人間が使える代物よ。けれど使用回数が増えることでその負担が倍増する。幻覚を見たり、人格が変わったりね。それが使用者が変わって行く事に倍増していくのが恐ろしいところ。いわゆる『残留思念』という形で、負の感情が兵器に宿ったままになる。……そして、そんなアホみたいなものを好んで使う奴らがいる」
「―――テロリスト。まさか、アトラスにいるんですの!?」
「まだ、内部にはいないわ。けれどおそらく、明日なにか行動を起こす。そういう予測が『マザー』から出ている。しかも確かに『カルマ兵器』の痕跡があったわ。……どこにあるかまでわかればいいんだけどね。ごめん。まだ完全な位置の特定までは済んでいないわ」
若干の沈黙が流れる。その静けさを割って入ったのは、カノンだった。
「……つまり、先にぶっ倒せばオッケーってこと?」
カノンの言葉に、ふたりが目を丸くして、アスカは笑い、アリシアは少し怒りだした。
「貴女って人は! 相手はテロリストなんですのよっ! そんな猪刈りみたいに簡単に済む話なわけがないでしょう!?」
「ええーっ、そんなもんかなぁ」
納得のいかないカノンが食い下がろうと思ったところ、アスカが笑いながら切り出した。
「そうね。まずは、なんとかしなければいけないことだわ。貴女たちにとっても、アトラスの街にとっても、ね。まずは第一にやることとして、出せる情報はすべて首都防衛の専門機関に提示するわ。今回の場合は、街の憲兵と、あとは協会ね。錬成師は確か有事の際に荒事もやる役目を担っているでしょう?」
「ですわね」
当然のごとく答えるアリシアに「そうだっけ?」というカノン。冷たい目で睨まれたのでなるべくおとなしくすることにした。
「基本的にはあたしは『制約』で動けない。けど、情報なら貴女たちを経由してある程度、外に出すことができるわ。その情報を元に敵の行動を先手で封じる。間違っても街中で『カルマ兵器』の暴走なんてさせないわ。……だけど、当然のことだけど、貴女たちには危険が伴う。しかも、実際に命の危険のあることよ」
ひとつ区切りを入れて、椅子を立った。
「―――もし、万が一、貴女たちが危険だと判断したならば、あたしは絶対に死なせない。危険だと判断した場合、強制的に『ライブラ』へと転送できるようにする。だから命の保証だけはしてあげられる。けど、これは命令じゃない。ただの、あたしからのお願いよ」
そう言って、悲しそうな表情を浮かべた。本来ならば、子どもに任せるべきではない。大人として自分が命を張るべきだ、ということなのだろう。
けれど、カノンの思いにはそんなことは関係ない。という考えしか思い浮かばなかった。
「ボクたちは、ボクたちの街を守るだけでしょ?」
「ですわね」
ふふん、という自信たっぷりなご様子で、隣のアリシアも同調していた。
「いいの? 貴女たちを危険に晒して、しかも今回はテロリスト、生身の人間が相手なのよ? カルマじゃない。人を相手に、戦える?」
「言ったじゃないですか。ボクたちは、ボクたちの街を守るだけですって。それこそ『転送』なんてされませんよ。そんなことになったら街を守れないじゃないですか。……それにぃー、なんだか自分が情けないみたいな風に見えますけどね、アスカさんがいなかったらそれこそテロの予兆なんて知らずに、街は吹っ飛んでたかもしれないですから」
「……カノンさん、貴女―――」
驚いた様子のアリシアに、よほどカッコイイセリフを言ってしまったのかと照れくさい気持ちになり鼻をこすりながら「なにさぁ?」と聞き返すと、
「貴女―――予兆なんて言葉、知っていましたのね」
「馬鹿にしてんのかっ!」
「馬鹿じゃないですか」
「んだとぉ!?」
キャットファイトが幕をあげた。
そんな口論を見つめながらアスカはポツリと「強いなー」と羨ましげに呟いていた。




