5 アルマの木と商人と
悲しきかなブックマーク削除
一時の祭が終わったように街の人々が霧散していく。
すれ違う人々からはアリシアを称賛する声とアトラス令嬢に賭けた人の恨み節がかけられていくが、存外にも目立つのは暖かい反応ばかりである。アリシアはというと、陽気な街の人々に囲まれつつドヤ顔で突ったって称賛を浴びていた。
首都アトラスでの第一歩はそのような形で船出を切ったわけだが、いまだに宿泊する宿すら決まっていない身であったのでこの人だかりを利用することにした。
いくつかの案件を教えてもらい、ちょうど宿を切り盛りしている家族とやらがいたため格安での宿泊が可能となった。ただし自炊。
料理の腕はからっきしのアリシアに代わりカノンが手がけることになり、その分として宿泊代はすべてアリシア持ちとなる。カノンはデュエルでの掛金から得た軍資金から食費を出すことにし、ボロ儲けとなった資金から豪勢な食材探しにふたたび街へ繰り出していた。
その道中、街の中心にある『御大樹』へとふたりは足を運ぶ。
「流石、大都市」
「おおきいですわねぇー……」
首都となる街の機能は様々なエネルギーに頼られている。
大戦時代の遺産として、電気式の設備もいくつか存在する。水力や風力、太陽光や石炭などが挙げられるが、街の根幹を維持するエネルギーには『アルマ』が利用されている。そして、そのエネルギーを放出するのは、ふたりの眼の前にそびえ立つ巨大な樹木であった。
高さにすると、およそ33メートル。建物ならば11階建てくらいのものだ。幹周もまた太く、35メートルと高さを超えている。
その大樹は空たかくまでそびえ立ち、傘のように張り巡らされた枝から葉っぱの大屋根を作り出している。アルマとはこのような木々、アルマの木と呼ばれる種類の木々から多く発せられている。
曰く、地中に眠るエネルギーをアルマの木が掘り下げ、放出しているなどと言われているが、実態のところはいまだ未確定、というよりも、それらをすべて包括して研究する機関が現状において機能していないことも所以のひとつである。
現状において機能していない理由のひとつ、それは戦後復興に重点が置かれていることだ。
「君たち、さっき露店街で暴れていた錬成師を知ってるかい」
御大樹は街の中心に設けられた広場にある。
そのような場所で、ふいにふたりは男に声をかけられた。
「いいえ。知りません」
「…? ………ええ、知りませんわ」
「そうか。いや、失礼。ふたりともホルスターを持っているので錬成師だと思ってね、ちょっと気になっちまったんだ」
そう言って男は顎の白ひげをなぞった。
恰幅が良いその男は私服ながらも身なりがきっちりとしている。付けている装飾品も高価なものはあれど比較的に落ち着いており、どことなく上流階級の身であることが伺えた。
「おじさん、商人?」
当てずっぽうではあるが声をかけると図星であったようで、『商人』という単語に気を良くしたのか打って変わっての笑顔が見えた。
「おう。すまないね、嬢ちゃん。いきなり声をかけちまって。俺はこの辺で商会を営んでいるエイビスってモンなんだがね。なんていうか、うん。嬢ちゃんたちには悪ぃんだが、どうにも錬成師って奴らが納得できなくってな」
「錬成師が? どうして?」
話が続くと思っていなかったらしく、エイビスは少しひと呼吸を溜めてから言葉を返した。
「ああ。嬢ちゃんたちだって、いまがどういうときか、わかってるだろ? いまは戦争が終わって、平和な時代だ。けどな、生きている人間だって、食い物がなきゃやってけねえだろう? いまは戦で人が減っちまったが、同じように食い物を作る土壌や人間だって減っちまったんだ。若者、とくに男手ってのはよ、こういうときに食糧危機をなくすために汗水たらして働かなきゃいけねえと、俺は思うんだ」
「……なるほど」
「けど、奴らは、錬成師は、やれ過去の歴史だ、未来への切符だ、文明の開花だなんて四方八方に飛び散りやがる。残された家族のことなんてお構いなしさ。そいつらの食い扶持だって俺らが動かなきゃまわんねぇっつーのにだ。だから俺はああいう夢を追って現実を見ない奴らが嫌いなんだ。そんな奴らに唆されなきゃ、アイツだって―――――っと。すまねえな、嬢ちゃん! なにも嬢ちゃんたちにケチつけようってわけじゃねえんだ。ただ俺が商人としてどうしても納得できないことばっかりでよ。嬢ちゃんが聞いてくれるもんだからついつい喋りすぎちまったよ。わるかったな! これをやるから勘弁してくれ!」
「……いえ。食べ物は大事ですから」
「ええ。そうですわね」
最後にすまねえな、と鼻をすすってエイビスは広場から消えていった。
「色々な考え方がありますわよね」
「だねえ。なんだかんだで貰い物もしたけどね」
「なにを受け取ったんですの?」
「割引券。お肉の」
「まあ。では夕食は決まりですわね」
「ま。儲けさせてもらったし、腕によりをかけて、覚えたて異世界ご飯をご馳走しよう」
「……毒見はしなさいよ」
「あれ。信用がない?」
「ええ」
街の象徴、御大樹から離れ、ふたりは食品街へと降りていった。
翌々日は、錬成師試験当日である。




