4 すけべすいっち
後日、アルマの説明や世界の歴史なんかをカノンが学んだアリシア直筆ノートっぽく提出します。
『戦審』ジャッジンさんが群衆からふたりを遠ざけ、特別な木符で円形の防壁空間を作り出す。初めて見たけどデュエルフィールドとかいうらしい。
そして掛け声で、戦いが始まった。
ふたりは同時に木符を取り出す。アトラスの女は三枚を、アリシアは一枚だけだった。
「あらあらまあまあ! 木符は一枚だけですか、もしかして一枚を操作するだけで精一杯の実力で試験を受けに来たのぉ? ほんとお嬢さんは身の程知らずもいいところよねぇ!」
「いいえ。一枚だけで事が足りると感じたので。ついでに言えばこれは『エリア』の木符ですわ。そちらはどうやら『リアライズ』を三枚のようですが、……もしかして基本のBARすらできないのでは?」
「っは。田舎娘が舐めたこといってんじゃないわよ! ―――リアライズ! アルマソード!」
うん。戦いが始まって口調が変わった。どうやら沸点は低いね、あのアトラス女。掛け声に反応した木符から光が生まれ、ちょうど木符の部位が柄の役割を持つような形でそこから光の柱のように、アルマの光が刃の形を作り出した。……でもそんなに長くない、さしずめ短刀といったくらいである。三つ合わせて攻撃しないと傷ひとつ付かないだろうなーあれ。
「おじさん。デュエルのルールってどんなんだっけ?」
「んん? 私いま審判の真っ最中だからねえ。ほかの人に聞いてごらん。アトラスの人は陽気だから優しく教えてくれるよ!」
「ああ。確かに、ごめんなさい」
いいってことよとおじさんは笑ってくれた。仕方がないので誰かに聞こうと思ったらこちらから声をかけるまでもなく、隣でみていたおばさんがペラペラと教えてくれた。
かいつまんだ解説が以下になる。
『勝利条件』
① 相手をダウンさせる(気絶または十秒間倒れる)こと。
② 相手が敗北を口にすること。
③ 『戦審』による戦闘続行不可能の進言。
④ 危険行為による『戦審』からの『罰則注意』2回。
といった具合である。
それと『罰則』はいくつかあるけど簡単に言えば。
『罰則』
① 木符以外による刃物、危険物による攻撃の禁止。
② 首から上への攻撃の禁止。
なんかがあげられるらしい。
一番簡単なの勝利条件は①のダウンで、これはアルマ武器、錬成武器によって生じる影響が関係している。
アルマで作られた物質なんかで攻撃されると、カルマ以外のものでも人体が痺れたりなんかするのだ。
例えばアルマで作られた剣状のもので切り裂かれると、見た目おそろしいが血はでない。
けどめっちゃ痺れる。おもに切られた箇所が。
これによって相手を戦闘不能とか行動不能にさせてダウンさせれば勝利、なんていうところである。
人にはそれぞれ体内にもアルマが宿っていて、他の人のアルマが突然入ってくることにより拒否反応だかなんだかがそういう症状を引き起こす。
えーっとたしか汽車のなかでアリシアからもらった歴史の紙にもそんな記述があったけど、あとで暇なときにもっかい見て覚えとこう。筆記試験で出るかもしれない、ヤマが一個でも当たればボロ儲けだ。
とまあ、そんなことはさておいて、とりあえずデュエルの方に集中しますかと視線をやった。
「覚悟はいいかしらお嬢さん! そぉれっ!!」
興が乗ってきたご様子のアトラス令嬢(仮)が右手を突き出すと、それに習うようにアルマソードとやらがアリシアを襲った。
なにもない空間を自由自在に動かしているように傍から見れば見えるのだが、実際のところはちょっと違う。錬成師は自分自身の体内にあるアルマを活用し、それを媒介とすることで自然界のなかに溢れるアルマエネルギーを利用することができるのだ。もちろん個人差はあるし、それは体内の操作力以外にも、自然界のアルマにも差がある。
アトラス令嬢の身体というか指先からは糸のようなアルマの力が伸びているため、それを辿って意思のままに動かしているのだろう。
その三つがアリシアの胴を襲う。のだが、当然のように弾かれる。
「んなっ!?」
アトラス令嬢、驚きの顔である。それはそうでしょう。コイツからすればなにも動いていない、反撃や迎撃の動作もない棒立ちのアリシアに攻撃をはじかれたのだから。
「もうお分かりいただけましたか?」
煤を払うように衣服をはたいてアリシアが言った。別に傷ひとつ付いちゃいないのだが、なんだか汚らわしいものが触れたと言わんばかりの態度である。
「な、なめてんじゃないわよっ!!」
ふたたび空中を飛び交う三つの刃がアリシアめがけて襲う。しかもひとつは首から上、頭を狙っているコースだ。……やっちゃったかー。
「エリア」
アリシアが一言発すると、顔面めがけて仕掛けられた一つのみが、眼前の空中で停止していた。見ると氷漬けにされており、徐々にその氷が全体を覆うと丸い氷塊を作り出して地面に落ちて割れる音がした。
「いまのは、罰則ですわよね」
ちらりと『戦審』の方を向いて確認をとる。
「ええ。遺憾ながら、アトラスの少女に警告致します!」
同郷の人間のあるまじき行為に顔を一瞬だけしかめながらも職務を全うするジャッジンさん。うん、一部が頭おかしいだけでこの街の人は結構いい人が多いかも。
「な、なにが警告よ! まだあたっていないじゃない!!」
気持ちだけは負けじと『戦審』に対して文句を言うが、それを首を横にふるだけであとはなにも言ってはくれなかった。
「さあ、勝負再開ですぞっ!」
ジャッジルさんの声で両者が向き直る。キッと威圧するようなアトラス令嬢の視線もどこ吹く風といった様子で、アリシアはつまらなそうに言葉を口にした。
「そろそろ終わらせますけど、降参でしたらお早めにしてくださいね?」
「はっ! なにを世迷言をっ!」
「そうですか。でしたら、わたくしいまからそちらまで歩いてまいります。最後に抱擁をして差し上げますので、それまで懺悔をなさってくださいませ?」
「ッチ! 舐めてんじゃないわよっ!」
アリシアに撃墜され、残り二枚となったアルマソードが襲いかかる。だが当然、その攻撃はパイプをたたくような音を奏でるが、アリシアの身どころか衣服にも傷はつかない。
アリシアは体内のアルマを身体の周囲に展開し、防御の壁を作り出しているため傷がつかないのだが、それを木符の力もなしにやっていることをアトラス令嬢は気付けていない。無闇矢鱈と攻撃を繰り返しているだけでどうしたら少しくらいダメージを与えられるかとか考えられないほど頭に血が上っていらっしゃる様子だ。
そんなことを考えていると、アリシアがアトラス令嬢の目と鼻の先までたどり着いていた。
「うふ。こんばんは」
「ひいっ!」
にっこりとした笑顔に恐怖を覚え、アトラス令嬢怯んで涙目。いやこの状況で近づいてきて笑顔で挨拶されたらホラーだよ。
アリシアの両手がするり、と令嬢の背中に周り、がっちりと絞められた。
「これからどうなるか。お分かりですか?」
「あぐっ! なにをっ!」
別に力が強いわけではない。あれは単純に、本当に抱きついているだけ。
ただし、とても冷たい冷気を纏って。
「な、んなにをする、の!!」
寒さと恐怖なのか、口下手かのようにろれつが回らない令嬢にアリシアが告げる。
「……そうですね。せっかくですから、アルマの使い方など、ご教授差し上げようかと」
「は、あ!?」
「いま、わたくしは周囲を凍らせておりますの」
「な!?」
女がようやく気がついて、周りが数十本の氷柱だらけになっていることを理解する。地面からは氷柱が草木のように乱れ生え、吐く息は白く、薄く霧のような空間に包まれている。
「そしてこのあとは、わたくしのアルマを貴女の衣服に浸透させようと思いますの」
「な、な、なっ……!」
何をするのかがわからない。けれど寒さは身体の芯まで響き渡る。凍えて唇の震えも止まらない。死ぬことはない、はず。だけど怖い。
そんな顔になってきた。うーんそろそろ可哀想か。脅して終わりかな?
「もう勝負はついたようなものですが、最後にせっかくですもの。貴女の美しい姿、街の人々にもおみせ致しましょう……?」
あ。やる気ですねこれ。近くの男どもー。ちょっと離れてあげてー。あとオトモの男たちは早く上着脱いで。はよ! 脱げやおらぁ!
「それでは、お別れですわね」
そう言うと、アリシアはアトラス令嬢から離れていった。
恐怖の的であったアリシアが離れたことで一瞬だけ、怒りの炎を眼に宿らせた女が復活する。
「……………は? ………………な、な、なぁぁぁメんなぁぁあああああああ!!!!」
お決まりのような咆哮で、鼬の最後っ屁、アルマソードがアリシアの背を襲い、自然のごとく弾かれた。
「………さようなら」
別れの挨拶とともに、いつのまにやら掴んでいたアトラス令嬢の壊れた木符を投げつけた。放物線を描いたそれは、ゆっくりとやわらかい速度で円を描いて令嬢の肩にカツン、と触れた。
カツン、と衣服から氷が割れるような高音が響く。
途端に衣服は地割れのような亀裂を全身に拡げ、ピシピシピシピシと決壊を告げるセレナーデを奏でる。
「あ、あ、あ、あ、ああああああああああ!!!」
令嬢の顔が恐怖に引き攣り、思わず助けを求めるようにあたりを見渡す。いた! という表情で、上着を脱いだ付き人たちを発見する。
「ま、まいりました――――きゃああああああああああああああああああ!!!!」
そう叫ぶと同時に、衣服は氷細工が崩れ落ちる。中からはタマゴの殻を割ったように白い素肌があらわになる。
衆人環視の首都の真っ只中、アトラス令嬢は悲鳴を上げて卒倒した。
「勝負ありぃ!!! 勝者、クノールの少女ォ!」
下着姿となった女にウォォォオオ!! と声をあげる野次馬男どもと比べ、ジャッジンさんのなんと紳士っぷりか。おじさんちょっとかっこよすぎない?
冷静なその声で、首都アトラスでの第一幕が終わるのであった。




