第一一章 そう、これこそオタクの真の力
「やだー、もう先輩ったらあ、冗談ばっかりー」
「ははは、冗談なんかじゃないって。ね、今からさ……」
「えー、どうしよっかなー」
繁華街から少し離れた古ぼけた小さな公園。近隣に大きいものができたため、今はほとんど人がこない。そんな公園に小恋愛と金谷は訪れていた。
先ほどから小恋愛は酒を飲んだ訳でもないのに、まるで酔っ払っているかのように呂律が回っていなかった。そして、金谷はそんな小恋愛の肩に馴れ馴れしく腕を回す。
「なあ、いいだろ? これからホ……」
「こんばんわー」
小恋愛を抱き寄せようとした金谷の背後から、突然声が掛かる。金谷は驚いて声の方を向いた。
「どおもー、小恋愛の兄の駈でーす。夜分遅くにすいませーん」
声の主は駈だった。いつもと変わらないバカっぽいその声に、金谷は平静を取り戻す。
「何だよ。バカ兄貴か。まったく、良いところだったのに邪魔すんじゃねーよ」
金谷は明らかに小馬鹿にしたような口調で言った。
「いやー、すいませんねー。もう遅い時間なんで心配になっちゃって。そろそろ妹を連れて帰りたいんですが……」
駈の口調はいつもと変わらない。しかし、その表情は暗くてよく見ることができなかった。
「はあ? 何言ってんだ、お前。これからがいいところなんだろうが。ほら、さっさと帰れ。心配しなくても小恋愛ちゃんはちゃんと送ってやるよ。明日の朝にはな」
金谷が下卑た声で笑い出す。
「いやいや、カンベンしてくださいよー。妹はまだ子供なんでそういうのはまだ早いと思うんですよねー。だから……」
「だーれが子供よ」
駈に反論したのは小恋愛だった。酔ったように顔を赤くした小恋愛が、駈に詰め寄る。
「私はねえ、もう大人なのよ。大人。少なくとも、自分のことさえまともにできないアンタとは違うの。私のすることに口出ししないで」
「いや、でもな……」
「そこまでだよ。お兄さん」
そう言って、金谷が小恋愛を抱き寄せる。
「ここは妹さんの意志を尊重しなくっちゃ。ほら、お邪魔虫は帰った、帰った」
金谷が手をパタパタと振る。
「そうよそうよ。帰れ帰れ」
小恋愛も金谷に合わせて手を振った。
「どうしても返してもらえませんか?」
「くどいぞ。終わったら返してやるって言ってんだろ。終わったらな」
再びニヤニヤと笑い出す金谷に、駈が一言だけポツリと呟いた。
「そうですか」
シュン!
それは一瞬だった。何かが体をすり抜けていくような感覚。そのあまりに一瞬の出来事に、金谷と小恋愛は何が起こったのか分かっていない。
駈がデスサイズを振るい、金谷を小恋愛ごと両断したのだ。状況がよく分からず混乱している一瞬の隙をついて、駈は小恋愛を奪い返した。小恋愛は夢から覚めたばかりのようにぼうっとしている。
「小恋愛、大丈夫か?」
「ほえ? 愚兄? あれ、私こんなところで何してんの?」
チャームが解けたことに安堵した駈が、思わず小恋愛を抱きしめる。
「いやー、元に戻ってよかった、よかった」
駈がいつもと変わらぬ口調で小恋愛に言った。
「なっ! なっ!」
抱きしめられた小恋愛は、顔を真っ赤にしたまま固まっている。
「そうだ。小恋愛、体は大丈夫か?」
「だ、大丈夫って何が?」
「ほら、あの男にどっか連れ込まれて、あーんなこととかこーんなこととか。は、まさかもう○○○まで……いやーーーーーーー!」
駈が悲壮感満載で、ムンクの叫びのように顔に手を当てる。
「…………」
小恋愛は先ほどまでとは違う理由で真っ赤になり、駈をぶん殴った。
「バ、バッカじゃないの! 何にもないわよ」
「ホントに?」
「ほんとよ!」
「ホントの、ホントに?」
「だから、そう言ってんでしょ!」
「そうか。良かったー」
駈が大袈裟にため息を吐く。
「じゃあ、まだ処女なんだな」
ベキ!
どこから持ってきたのか、小恋愛が駈の頭にベンチを叩きつける。過去最大の威力であった。駈の頭からピューっと盛大に血が噴き出す。
「な、何考えてんのよ。バカア!」
小恋愛の大声にようやく我に返ったのか、金谷が叫んだ。
「おい、てめえ、何しやがった。何でチャームが……」
「解けたのかって?」
駈の言葉に金谷の顔が引きつる。
「もうお前にチャームは使えねえよ。俺が削り取ったからな」
先ほどまでとは別人のような冷たい顔。そして冷たい声。そのあまりの変化に金谷は一瞬怯んだが、すぐに元へと戻った。
「てめえ、何でこの力のことを知ってる?」
「お前がそれを知る必要はない」
睨みあう二人に小恋愛が割って入った。
「ちょっと、愚兄。やめなさいよ。さっさと……」
「小恋愛、下がってろ。俺はこいつに用がある」
小恋愛の言葉を駈があっさりと切り捨てた。
「バカ、あんたが金谷先輩に敵う訳ないでしょ。いいから早く帰り……」
「下がってろと言ったのが聞こえなかったのか?」
小恋愛が今まで一度も聞いたことのない兄の声。そのあまりの冷たさに思わず小恋愛は後ずさった。
「さて、始めようか先輩。お仕置きタイムだ」
▲▲▲
その死神、ピュリア・クロスは大好物のドーナツを両手に、上機嫌で道を歩いていた。
大量の寿命が手に入ったのだ。これで自分はしばらく安泰。悠々自適の毎日である。
女豹を思わせる大きな瞳に、スッと通った鼻筋。肩までで綺麗に切り揃えられた銀髪に、男が見れば一部の例外を除き、間違いなく魅了されるであろう豊満なボディ(ちなみに上から九二・五八・九〇)を露出度満点の女王様コスチューム(悪の女幹部が着てそうな服)で包み込んだピュリアは、今にも踊りだしそうな雰囲気であった。
ピュリアは思う。自分は本当に運がいい。まさか、一人目からいきなりジャックポットなんて。契約の代償が固有能力の貸与なのは少々痛いが、それも大量の寿命を得るためには致し方ないこと。最初に生贄側の提示した、自分の体を捧げることに比べれば遥かにいい。まあ、自分の固有能力である『チャーム』を使えば、異性に困ることなどないのだから、そちらを選ぶのも当然と言えば当然といったところか。
鼻歌でも歌い出しそうな感じで道を歩いていたピュリアが、ふと陸橋の下で足を止めた。
「あら、誰かと思ったら落ちこぼれシャーレッドじゃない。あんた、こんなところで何してんの?」
声を掛けられたシャルは、虚ろな目をピュリアに向ける。
「何だ。色ボケピュリアか」
ピキ!
その言葉を聞いたピュリアの額に青筋が浮かんだ。
「言ってくれるじゃない」
ピュリアは、そのままつかつかとシャルの座っているベンチまでやってくる。
「何の用なのだ?」
「死神が人間界に用って言ったら、生贄探しに決まってるじゃない。あんたもそのクチでしょ。その様子じゃうまくいってないみたいだけどー」
勝ち誇ったように笑うピュリア。
死神界では特別な例を除き、生贄探し以外の人間界への渡航を禁じている。これは、人間界に可能な限り死神の存在と情報を漏らしたくないというのが目的で、シャルもピュリアも生贄探しのために人間界への渡航を許可されていた。(まあ、シャルの場合は死神の行政機関である死神庁の上級役人を務めるシャルの母が、うむを言わさずシャルを人間界に叩き落した訳だが)
ピュリアの言葉に、シャルはぶっきらぼうに答えた。
「お前には関係の無いことなのだ。あっち行けなのだ」
シャルが犬でも追い払うかのようにシッシッと手を振る。
ピュリアの顔がヒクヒクと引きつった。
「な、なんか落ちこぼれのあんたにそういう態度を取られると、異常に腹が立つわ」
「さっきから、落ちこぼれ落ちこぼれうるさいのだ。お前だってチャームが無ければ何もできない、万年Bクラス死神のくせに」
「万年ドベから二番目のあんたに言われたくないわね。いいこと、固有能力をうまく使いこなすのも実力の内よ。他人の能力を削ることしかできない、あまつさえ削った能力を自分で使うこともできないあんたが偉そうなこと言ってんじゃないわよ」
二人の間に流れる空気が徐々に険悪になっていく。まあ、元々死神学校の同期だった頃からそんなに仲が良い訳でもなかったが。
しかし、急にピュリアが余裕の笑みを浮かべてシャルに告げた。
「あんたのことだから、どうせ生贄探しがうまくいかなくって一人で落ち込んでたんでしょ。可哀想だから、この私が素晴らしい成功談を聞かせてあげるわ。感謝しなさい。落ちこぼれ」
「誰が……」
「あら、いいの? あんた、見たところ相当切羽詰ってるみたいじゃない。聞いといた方がいいと思うけどなー」
「ぐっ!」
勝ち誇った笑みを浮かべるピュリアに、シャルは悔しそうに唇を噛む。そして、ピュリアが余裕綽々で口を開いた。
「ふふん、私の生贄はね、中々の美形でスタイルも良かったわ。でも、なーんかチャラそうだったから体は許さなかったんだけど、代わりに私の能力を貸してあげたの。そいつがくたばるまでの間だけどね。たったそれだけで一〇〇年よ。一〇〇年。私の寿命が一〇〇年も伸びたの。どうやら結構、寿命適合率がよかったらしくてね。どうせそいつはあと五、六〇年で死ぬだろうから、超お得な取引だったって訳よ。まあ、私ほどの美貌があればチャームなんて別にいらないしねー。この私の巧みな交渉術を褒め称えなさい。ホーッホッホッホ」
ピュリアが超ドヤ顔で高笑いを浮かべる。
「でも、ほーんと男ってケダモノよねえ。そいつ、俺は女をモノにするのが生きがいなんだって鼻息荒くして息巻いてたわ。がっつきすぎだっつうの」
シャルは無言でピュリアの話を聞いていた。
「そんでね。この前たまたま会ったんだけど、その時言ってたわ。なんかすごく可愛いんだけど、すっごい堅物な女の子に目を付けたんですって。一回目のチャームに失敗したって悔しがってた。今度は絶対落とすって言ってたわ。まあ、私のチャームは目を合わせた時間に比例して効果が増大するから、その女の子、今度はきっとメロメロね。ほんとご愁傷様って感じ。まあ、私には関係ないけどー」
ピュリアはクスクス笑っている。シャルはやはり何も言わずに黙っていた。
「あ、そう言えば名前も言ってたわね。確か……小恋愛だったかしら」
ピクッ!
その言葉に、シャルがピクリと反応する。
シャルはようやく理解した。駈が自分の寿命を全部賭けてまでデスサイズを求めたのは……
「お……」
「お?」
「お前のせいか?」
「へ、何?」
「お前のせいかー!」
シャルが突然ピュリアに殴りかかる。ピュリアは、思わず両手に持ったドーナツを落として、尻餅をついた。
「いったー。ちょっと、何すんのよ。落ちこぼれ」
「お前のせいだ」
「はあ、ちょっとアンタ、さっきから何言ってんの?」
「お前が全部壊したのだ。わっちの大切なものを全部。わっちが初めて手に入れた友達も、温もりも、大切な場所も。全部お前のせいで壊れたのだ。絶対許さないのだ」
そう言って、シャルは再度ピュリアに殴りかかる。
しかし、先ほどと違い、ピュリアはそれを容易く避けた。
「何言ってんのかさっぱりだけど、やるってんなら相手になるわよ。私も前々からあんたのことが気に食わなかったからね」
ピュリアがそう言って、自分のデスサイズである大きな手裏剣を取り出す。
シャルも力を集中させて、新たなデスサイズを生成した。しかし、それは以前にシャルが持っていた、シャルの身長ほどもあろうかという大きな鎌ではなく、せいぜいシャルの膝くらいまでしかない小さなものだった。
「プッ、何それ? そんなんで私とやりあおうっての。なめんじゃないわよ」
怒りの表情を浮かべたピュリアが、シャルに襲い掛かる。真正面から突撃を受けたシャルは、大きく吹き飛びコンクリートの壁に激突した。そのあまりの手応えの無さに、ピュリアが大きくため息を吐く。
「何、この手応えの無さ。いくらあんたがショボイ落ちこぼれだからって、ダメダメすぎでしょ。……あっ、分かった。さてはあんた、もう相当寿命が少ないわね」
「…………」
ピュリアの言葉にシャルの肩が僅かに震える。ピュリアは自分の指摘が正しかったことを確信し、笑みを浮かべた。
「そっか、そっか。だから、デスサイズもそんなに小さい訳ね。私達のデスサイズは己の分身。つまり、己の力を分け与えて創る物。残りの寿命が少ないから、デスサイズもそんなにちっちゃい訳か」
そこでピュリアが残忍な笑みを浮かべる。
「そうと分かればたっぷりと可愛がってあげる。ドーナツのお礼も含めて、ね」
そして、ピュリアが再度シャルに襲い掛かる。手裏剣を手に持っての斬撃から、距離が開けば即座に投擲。シャルも最初の内は何とか攻撃を凌いでいたものの、やがてピュリアの連撃にデスサイズは破壊され、ただ為す術なくやられるだけになってしまった。
「えう、あう、うく」
ピュリアの攻撃は止まらない。元々一般的な死神の身体能力は、人間のそれに比べ遥かに高
い。シャルのような不出来なものは人間とそれほど変わらないが、普通の死神ならばプロレスラーくらいなら、指先一つでダウンさー、である。その力が今、シャルを痛めつけるために振るわれていた。
「あんた、みたいな、落ちこぼれが、私に、たてつこう、なんて、千年、早いのよ」
倒れこんだシャルを、ピュリアは何度も踏みつける。シャルはどうすることもできず、ただ体を丸めて耐えていた。
「何が友達よ。大切な場所よ。どれだけ大事か知らないけど、あんたは結局なーんにも守れないんじゃない。だったら、最初から大人しくしてなさいよ。この落ちこぼ……!」
とどめに頭を踏み付けようとしたピュリアの足を、シャルは何とか転がって避けた。そして、そのまま体勢を立て直す。
「へえ、まだ動けたんだ」
「ま、まだ、参ったしてないのだ。お前は、お前だけは絶対に許さないのだ」
シャルの目の光はまだ消えてはいなかった。しかし、ピュリアは余裕の笑みを崩さない。
「まだ、減らず口が叩けたみたいね。いいわ、今度は本気で……っ!」
今度は本気で行く。そう言おうとしたピュリアの足から突然力が抜け、ピュリアは思わず膝をついた。
「え? 何? どうなってんの?」
突如として己の力が弱まったピュリアが、半狂乱になって騒ぎ出す。
しかし、シャルには分かっていた。あれは……
「お前の能力が削り取られたのだ。お前も知っているだろう。わっちの固有能力は他の死神の力を削り取ることなのだ」
シャルの言葉に、ピュリアは思わず叫んだ。
「ふざけるな。私はお前のデスサイズに斬られてなどいない」
「そうだな。確かにお前は斬られていない。わっちのデスサイズに斬られたのは、お前の契約した生贄の方なのだ」
「何?」
「お前は自分の能力を生贄に貸しただけなんだろう? 譲渡した訳じゃない。つまり、貸した能力はまだお前のものなのだ。そしてその生贄は、能力を通じてお前と繋がっている。だから、その生贄が斬られれば、お前自身にも影響があるのは当然なのだ。一つ教えてやる。わっちのデスサイズが削り取るのは死神の固有能力だけじゃない。身体能力も含めて、全ての能力を削り取るのだ」
ピュリアの顔から血の気が引いていく。
「馬鹿な。誰がそんな真似を……」
「教えてやろうか?」
シャルが最後の力を振り絞ってピュリアに突撃する。
「そいつの名前は西岡駈。この町一番の変態オタクで、そして……わっちのだんなさま(仮)なのだ」
シャルの強烈なダイビングヘッドが決まり、ピュリアは沈黙した。
そして、シャルもまた力を使い果たして倒れこむ。しかし、その顔には笑顔が浮かんでいた。
▲▲▲
「お仕置きだあ? お前が? 俺を?」
駈の言葉を、金谷は馬鹿にしたように笑い飛ばした。サッカー部のエースであるこの自分をこんなオタク野朗が? ありえない。
「ああ」
しかし、駈はさも当然のように言った。その言葉には何の感情も篭ってはいない。
「ひゃはは、おもしれえ、やってみろよ。このオタク野朗が。お前を半殺しにしてから、ゆっくりと妹を戴くとするぜ」
金谷が下碑た笑い声を上げる。チャームの解けた小恋愛は、恐怖のあまり少し身震いした。しかし、駈は動じない。静かに目の前の相手を見つめるだけ。
「おい、どうした。かかってこないのか? まさか、もうブルッちまった訳じゃないよなあ?もしそうなら、今すぐ土下座して妹差し出せや。そうすりゃ、俺と妹ちゃんの濃厚なラブシーンをたっぷりと見せてやるぜ。ぎゃはははは」
金谷は笑い続ける。しかし、その笑い声は次の瞬間、戦慄に変わった。
ゴス! 一瞬で間合いを詰めた駈の拳が、金谷の顔面にめり込む。金谷は何の抵抗もできずに近くの壁に激突した。駈が瞬時に金谷との距離を詰める。
「どーも勘違いしているみたいだな? 先輩」
先制の一撃を決めた駈は、それでも表情を変えず金谷に言った。
「オタクってのは、こう見えても結構鍛えてんだぜ。アキバを隅から隅まで見て回ったり、コミケじゃ気に入ったアイテム手に入れるまで歩き回ったり、ライブじゃ疲れて動けなくなるまで叫び続けたりってな具合にな」
起き上がった金谷の足にローキックを叩き込み、崩れ落ちたところに膝蹴りを叩き込む。
「……ゴハ!」
強烈な連撃。またも金谷は何の反応もできずに、その場に這いつくばった。
馬鹿な、と金谷は思った。この自分が何の反応もできないなんて。一撃一撃がとてつもなく鋭く、そして重い。いくら鍛えていると言ったって、こんな動きできる訳が……
「ってのは冗談だ、先輩。面白かったか?」
這いつくばる金谷の髪を掴み、そのまま何度も何度も頭を地面へと叩きつける。
前歯が折れ、鼻が粉々に砕けたところで手を放し、そのまま思い切り金谷を蹴り飛ばした。
「俺はこう見えても、ガキの頃からある飲んだくれの傭兵に鍛えられててね。結構才能ってのがあったらしいぜ。おかげで高校に入った時には、その人の持ってる技術を全てマスターしていたよ」
そこでようやく駈が笑みを浮かべる。見る者が恐怖を覚えるほどの戦慄の笑みを。
「ほら、あんたと同じ学校に豪炎寺牙ってのがいるだろ? ピンク色の特攻服着た『ぶったぎり』ってチームのリーダーの。リーダーがあんな格好してるから分かりづらいけど、ああ見えてあのチームは、この辺じゃ結構な武闘派チームだ。にも関わらず、何でそこのリーダーである牙が俺をさん付けで呼ぶと思う? 何で俺にだけ敬語で喋ると思う?」
駈が再びゆっくりと金谷に近づいていく。金谷は恐怖のあまり後ずさったが、退路が壁のため、それ以上下がれない。金谷は恐怖で震えていた。ブルブルと。蛇に睨まれた蛙のように。
「それはな……」
そして、駈は静かに唇の端を吊り上げた。
「俺があいつらより遥かに強いからだよ」
▲▲▲
「弟子にしてください」
駈は相手の顔を見るなり頭を下げた。相手の女は僅かに眉を上げる。女は日向地雷矢という名だった。駈は知らなかったが、地雷矢は若かりし頃、傭兵として世界各地を転々としており、その世界では知る人ぞ知る屈強な戦士であった。やがて、引退してからはこの地でひっそりと暮らしていた。
「断る。帰れ」
駈の頼みを地雷矢は即座に切って捨てた。そして、読んでいた本のページをめくる。まるで、話は終わりだとでも言う様に。
「お願いします」
駈は額を地面にこすり付けて土下座した。それでも地雷矢は本から目を離さない。
「くどい」
「強くなりたいんです」
駈は地に頭をつけたまま叫んだ。
「何故?」
「強くなって守りたいんです」
「何をだ?」
駈は頭を上げて即答した。
「妹です」
「ならばその辺にある空手の道場か、柔道の道場にでも行けばよかろう。わざわざ私の所に来る必要など無い」
地雷矢は本のページをめくりながら答えた。
「あなたは俺が見てきた誰よりも強いんです。だからお願いします」
駈が再び頭を下げる。それでも地雷矢は目を向けない。
「断る。お前になど興味は無い」
「約束なんです」
頭をこすりつけたまま駈は絶叫した。
「何のだ?」
「好きな女との約束なんです」
「はっ」
地雷矢は鼻で嗤った。そして、告げる。
「つまり、惚れた女の気を引きたいからお前を弟子にしろと。ふざけるな。もう少しマシな理由かと思ったわ。さっさと帰って、その好きな女と仲良く……」
「死にました!」
地雷矢が言い終えるより早く、駈が叫んだ。
「その女はもういないんです」
駈は歯を食いしばりながら言った。握った拳からは血が滲んでいる。そこで初めて、地雷矢のページをめくる指が止まった。
「……病気か?」
「……はい」
駈はさらに強く拳を握り締めて言った。
「医者はそう言ってました。でも、俺は最初冗談だと思ってたんです。見た目の変化もなかったし、怪我をした訳でもない。ずっと元気でした。でも、ある時そいつが言ったんです。自分はもうすぐ死ぬ。だから、妹を守ってくれと。俺は笑い飛ばしました。つまらない冗談を言うなって。でも、ほんとだったんです。ほんとにある時突然倒れて、そのまま……」
最後の言葉はかすれて聞き取ることができなかった。地雷矢が静かに本を閉じる。
「そうか。話は分かった。一つだけ答えろ」
「はい」
「好きな女との約束だからその妹を守る。それは分かった。だが、守ってどうする? お前の惚れた女はもういない。その約束を守ったところで、女が帰ってくる訳でもない。つまり、無駄ではないのか?」
地雷矢が初めて駈に目を向ける。その視線は駈を試すかのようだった。僅かな静寂の後、駈が答える。
「分かりません」
「何?」
「でも、それしかないんです」
駈が頭を下げたまま答える。
「あいつは俺にいろんなものをくれました。いろんなことを教えてくれました。でも、俺はいつもあいつを邪険にしていた。ガキだったんです。ほんとは好きなのに素直になれず、ただ反抗するだけ。いなくなって初めて分かった。どれほどあいつが好きだったか。どれだけあいつが大事だったか」
「…………」
「俺は何もあいつにしてやれなかった。もっとできることがあったかもしれないのに。妹を守ることが無駄かどうかなんて今の俺には分かりません。でも、これしかないんです」
「…………」
「もうこれしかあいつにしてやれることがないんです」
地雷矢は静かに目を閉じ、そして開いた。その目は真っ直ぐに駈を見つめている。
「お前、名は?」
駈は頭を上げ、真っ直ぐに地雷矢を見つめ返す。
「西岡駈です」
地雷矢は駈の視線を静かに受け止めて言った。
「明日の夕暮れから始める。遅れるなよ」
それが、二人の出会いだった。
▲▲▲
金谷の体を無理やり起こし、ボディーブローを叩き込む。鮮血が駈の頬を赤く染めるが、駈は拭おうともしない。
「グハ!」
そして、崩れ落ちる金谷の体を掌底で強引に叩きあげ、倒れるのを許さない。
「ウオ!」
そして、再度攻撃を叩き込む。拳、膝、肘、あらゆる箇所を的確に、そう的確に相手を壊すために。
「ゴホ!」
金谷も必死に抵抗しようとするが、四方八方から繰り出される攻撃を前に全く為す術がない。
金谷には信じられなかった。いかに、死神から与えられた力が無くなったとは言っても、自分はサッカー部のエースだ。当然のことながら運動神経にも反射神経にも自信がある。
それなのに、目の前にいる万年帰宅部のオタク野朗に、全く歯が立たない。
早く逃れないと自分は本当に殺される。殺意むき出しの駈の攻撃を受けながら、金谷は本能的にそれだけを感じ取った。
小恋愛は目の前の光景を見て、唖然としていた。信じられなかった。
あの馬鹿でスケベで脳の九五パーセントがアニメと漫画とフィギュアとアイドルで占められている典型的なオタクの兄が、学年一のイケメンで頭脳明晰でおまけにサッカー部のエースでもある金谷先輩を喧嘩でボコボコにしているなんて。正直、信じられなかった。
「驚きました?」
突然の背後からの声に思わず叫びそうになったが、小恋愛は何とか我慢する。声の主は牙だった。
「お、驚いたって何がよ?」
「お兄さんのことですよ」
牙は小恋愛の隣にゆっくりと腰を下ろした。
「あいつってあんなに強かったの?」
小恋愛がスカートを押さえながら言った。立っている小恋愛と腰を下ろした牙。この位置だとスカートの中が見えてしまう。
「そおっすよ。ほんとはめちゃくちゃ強いんです。うちのチーム、駈さん一人に一回潰されましたから」
「えっ?」
小恋愛は耳を伺った。牙のチームと言えば、リーダーである牙の服装にはやや問題があるものの、この辺では武闘派で知られている有名なチームなのだ。それを一人で潰すなんて。
「ふ、ふーん。それであの愚兄が、あんたらの親玉になったって訳?」
「違いますよ」
小恋愛の問いを牙は即座に否定した。その顔はいつも駈とつるんで馬鹿をやっている時には、到底信じられないほど真面目な顔だった。
「もちろん、あんな強い人が入ってくれりゃ百人力だ。チームには誘ったんですけどね。断られました。そんなもんに興味ないって」
牙は指先で頬をポリポリと掻いた。
「じゃ、じゃあ、なんであの愚兄とあんた達は喧嘩したのよ?」
「あなたのためですよ」
小恋愛は声を出せなかった。自分のため? 何故? どこに自分の絡む余地があるのか。
「小恋愛さんは中学の時からすでに可愛いって有名でしたからねー。うちのチームの奴が、声を掛けてみようってことになったんです。俺は知りませんでしたけどね。ほら、昔の俺達って結構怖いイメージがあったじゃないですか。女の子を無理やり犯しただの、言うこと聞かない女の顔殴ってボコボコにしただの、まあ、あれは全部デマなんですけど。それでですね。うちの奴が小恋愛さんナンパしようとしたのを駈さんが知ったらしくて」
「潰されたと」
「はい」
牙は肩を落としながら言った。
「もう、ほんと怖かったですよ。いきなりうちに殴りこんできたかと思ったら、いきなり当時のリーダー殴り飛ばしちゃって、そのあと大乱闘ですよ。その当時から、うちは武闘派で通ってたんですけどね。全員やられちゃいました。そんで全員殴り飛ばした後、駈さんがリーダーの首根っこ掴んで言ったんです。妹の半径一〇メートル以内に近づいたら殺すって。リーダー、ビビッちゃってもう。それから、うちでは小恋愛さんに声を掛けるのはやめようってことになったんです。そんでもって、その話がこの街の不良どもにも伝わったみたいで。それでこの辺の不良どもは皆、小恋愛さんには声を掛けなかったんです」
牙の言葉を小恋愛は黙って聞いていた。小恋愛がモデルを始めたのが中二の時。まさか、あれから今までずっと?
「そ、そんな……」
牙の話を聞いて、小恋愛は愕然となった。知らなかった。今まで自分があの馬鹿な兄の面倒をずっと見てきたと思っていたのに。本当は自分がずっと守られていたなんて。
そうこうしている間にも、駈は容赦なく金谷を殴り続けている。もはや、金谷に意識がないのは明らかだった。
「ちょっと、あんた!」
「はい?」
小恋愛が牙に向かって叫ぶ。
「お兄ちゃんを止めてよ。武道派なんでしょ」
小恋愛の言葉に、牙は慌てて頭を振った。
「む、ムリっすよ。今の駈さんの間に割って入るなんて。自分の方が死んじゃいますって」
「大丈夫よ。ゴキブリの生命力は尋常じゃないんだから。ちょっとぐらいやられても」
「きついっすね。小恋愛さん」
牙の頬から一筋の汗が流れ落ちる。
「ど、どうしよう。このままじゃ、お兄ちゃんが人殺しになっちゃう」
「あの……自分が死んでも人殺しなんですが……」
「何か言った?」
「……いえ、何も」
小恋愛の強烈な視線を受けた牙が、慌てて言いかけた言葉を飲み込む。
「落ち着いて。方法ならありますよ」
「何よ、突っ込む気になったの?」
「いや、それはもういいですから」
牙がこほんと咳払いして言った。
「ある方法を使えば、確実に駈さんを止めることができます」
「そんな方法があんの?」
「はい、俺達の間に伝わる伝説の技です。奥義と言っても過言ではありません。これを使うことによって一部の人間は確実に……」
ビシィ! どこから取り出したのか、小恋愛のハリセンが牙の後頭部に直撃する。
「イタ! 何するんすか!」
「だああ! もういいからさっさとやっちゃってよ! 間に合わなくなるでしょうが!」
小恋愛の形相に押されて、牙はぶつぶつ言いながらも準備に入る。準備とは言っても、軽く深呼吸するだけであった。
「分かりましたよ。じゃあ、ちょっと離れていてください。巻き込まれると危険ですので」
「いいから、さっさとやんなさいよ。ゴキブリ」
「ほんときついっすね。小恋愛さん」
牙の頬から、再び汗が一筋流れ落ちる。
「じゃあ、行きますよ。……すう」
牙がそう言って大きく息を吸った。そして……
「駈さーん! SGYプレミアムシークレットライブのチケット、手に入りましたーーー!」
…………。
その時、場の空気が一瞬にして完全に凍りついた。その場にいる誰もが動くことができない。
ただ、一人を除いては。
「マジでーーー!」
駈であった。瀕死の金谷を遠くにほっぽりだして、一目散に牙の元へと駆け寄ってくる。そこには先ほどまでの鬼のような表情は欠片も見られなかった。
説明しよう、SGYのプレミアムシークレットライブ。今や国民的アイドルへと成長したSGYのメンバーが、古くからのファンのみを招待して行う、日にち、場所、時間全てがその直前まで分からないファン垂涎のイベントである。詳細を知ることができるのは、チケットに当選したファンサイトに登録している会員番号初期の会員のみ。SGYファンなら死ぬ前に一度は行ってみたいイベントであった。
そして案の定、その話に一人の男が食いついた。
「いつ? 何時? 場所は? 俺の分のチケットもあるんだよね? まあ、なくても君の分をもらうけど。やべ、美容院行ってこなくちゃ。何着て行こうかなー」
もはや、先ほどまでのやりとりなど微塵も頭にはない駈。そんな男の背後に一人の怪物が近づいてきた。駈からは見えていないが、危険を察知した牙はそそくさと駈から距離を取る。
「この……愚兄がーーー!」
気合一閃。ちゃらら、ちゃっちゃっちゃーー。
某有名ゲームのレベルアップ音と共に、一連の騒動は終結した。
▲▲▲
シャルが目を覚ますと、そこにあったのは板張りの天井だった。老朽化が進みところどころに穴が空いており、かなり贔屓目で見て良く言えば趣きがあり、悪く言えばオンボロであった。
自分はもう死んだのか? シャルの頭に一瞬そんな考えがよぎったが、巻いてある包帯と痛みによる体中の悲鳴がその考えを却下した。
シャルは痛みを堪えつつも体を起こす。どうやら自分は布団の上に寝かされていたようだ。
畳みに敷いてあった煎餅布団は、こちらも建物同様に相当年季の入った物だった。
「ん? 起きたのか?」
どこかから声が聞こえる。シャルが声の方を振り向くと、そこには縁側で酒を飲んでいる一人の女がいた。
「ここ、どこなのだ?」
シャルは何とか立ち上がって、自分も縁側に腰掛ける。
「近所の寺さ」
縁側に座った女は簡潔に答えた。ふと、シャルがその女を見る。
長い髪を後ろで一つに縛り、上下緑のジャージ。体育教師を思わせる風貌だったが、月明かりで照らされた横顔は、シャルが思わず息を呑むほど美しかった。
「ん? どうした。飲みたいのか?」
そう言って、女はシャルに一升瓶を差し出す。
「ふえ? い、いらないのだ。わっちはまだ未成年なのだ」
どうやら死神界でも未成年の飲酒は禁止らしい。シャルは痛む首をブンブン振った。
「そうか。私がお前くらいの時には、もう酒の味を知っていたぞ」
女はそう言って一升瓶を傾ける。
「……一緒にしないでほしいのだ」
シャルは困ったように自分の膝に顔を埋めた。シャルが周りを見渡すと、そこには大きな酒樽の他に、無数の一升瓶が転がっている。シャルの頬に一筋の汗が伝い落ちた。
「これ、全部一人で飲んだのか?」
「いや、半分はこの寺の住職が飲んだ。今は酔いつぶれて眠っている」
半分でも十分多いとシャルは思ったが、口には出さなかった。
「しかし、どうしたんだ? 陸橋の下で倒れているのを見つけた時は驚いたぞ」
「ふえ? お前が助けてくれたのか?」
女がシャルの頭をコツンと優しく叩いた。
「こら、目上の者をお前呼ばわりしてはいかんぞ。私には日向地雷矢という立派な名前がある」
「えう、ごめんなさいなのだ」
素直に謝るシャルに、地雷矢は笑顔を浮かべた。
「うむ、素直でよろしい。どこかのバカ弟子にも見習わせたいくらいだ。お前の名は?」
「シャルなのだ」
「よし、ではシャル、さっきの質問に答えよう。確かにお前を助けたのは私だ。ちょうど酒を買って帰る途中、陸橋の下を通ったら傷だらけで一人倒れているお前を見つけてな。ここに運んだって訳さ」
地雷矢が一升瓶を一気に空ける。
「わっち一人? もう一人いなかったか?」
「ん? いや、お前一人だったぞ」
「それは変なのだ。もう一人、女王様の服を着た○ロンジョみたいな色情狂女がいたはずなんだけど……」
「いや、変なのはその女の格好の方だと思うが。とにかく倒れていたのはお前一人だったぞ」
「そっか」
そう言ってシャルは俯いた。
「何があったか聞いてもいいか?」
地雷矢は優しい瞳でそう問いかける。
「えう、上手く言えないけど、わっちの友達にひどいことしようとした奴がいたからやっつけたのだ。……ほんとにやっつけたかどうかは分からないけど」
「そうか」
シャルの言葉を聞いた地雷矢は、突然シャルの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「わぷ。何するのだ」
「ん? 偉い子は褒めてやらんとな。偉い、偉い」
地雷矢はシャルの文句を黙殺して撫で続ける。シャルは、諦めたのか大人しくされるがままになっていた。
「わっちは偉くなんてないのだ」
「ん?」
神妙な面持ちを浮かべるシャルに、地雷矢の手が止まった。
「わっち、落ちこぼれなのだ。学校の成績だってあんまり良くないし。周りからはいつだってお荷物扱いされてたのだ。だから、わっちは全然偉くなんてないのだ」
「それは違うぞ」
「え?」
「お前が落ちこぼれかどうか私には分からんが、お前が落ちこぼれなのと、今回お前の取った行動を私が褒めるのは別問題だ」
「え? え?」
シャルは何と言っていいか分からず、困った表情を浮かべている。
「では逆に聞くが、お前は何故その友達に危害を加えようとした奴と闘ったんだ?」
「ふえ、それは友達にひどいことしようとしたそいつが許せなくて……」
「そうだろう。落ちこぼれだろうがなんだろうが、お前はお前の大事なものを守るために必死になって闘ったんだ。それは誰でもできることじゃない。お前は十分、人から褒められることをやったんだ」
その言葉を聞いたシャルの目から大粒の涙が溢れ出す。
「おいおい、どうしたんだ? 何も泣くことないだろ」
急に泣き出したシャルを見て、地雷矢は彼女にしては珍しく慌てだした。
「いや、これ、何でだろ? 何でか分かんないけど涙が出るのだ。わっち、今まで褒められたことなんてなかったから。それで……」
シャルが必死になって涙を拭う。そんなシャルの頭の上に、地雷矢は優しく手を置いた。
「がんばったな、シャル。偉いぞ」
「ふぐ、ひぐ、えく」
「お前は私の弟子によく似ている。私の弟子も、お前のように自分の守ると決めたもののために命を懸ける男だった」
「……えっ?」
「先ほども言ったが、私には一人弟子がいてな。どうしようもないバカモノだったが、私はそいつを弟子にした。何故だか分かるか?」
シャルは無言で首を振った。
「そいつは、ある日突然私の元にやって来て弟子にしてほしいと言ったんだ。私は弟子など取るつもりはなかったが、そいつの事情を聞いて気が変わった」
シャルは大人しく地雷矢の話を聞いている。
「そいつは死んでしまった想い人との約束を守るために強くなりたいと言っていた。強くなって、約束である自分と想い人の妹を守りたいと。自分はもうその想い人に何もしてやれないからと。私はそれを聞いて、そいつを弟子にすることを決めた。大事なものを守れるだけの力が欲しいと言ったそいつをな」
地雷矢がどこか遠い目をして空を見上げている。
シャルには地雷矢の言うその弟子が、自分の知っているあるオタクと重なった。
「で、そのお弟子さんは今どうしてるのだ?」
「ん? 元気にやってるよ。今も元気に女の尻を追いかけている」
「は?」
先ほどまでのいい感じの空気がピューッと跡形も無く吹き飛び、その場にそれはそれは冷たい空気が流れた。
「ごめん、よく聞こえなかったのだ」
「驚くのも無理はない。しかし、どういう訳かそのバカ弟子は、歳を重ねる毎にアイドルとかいう女共の集団にのめり込んでしまってな。おまけに、オタクという世間様からそれはそれは冷たい目で見られる人種へと成長してしまったんだ。いや、ほんとに不思議。育て方を間違えたかもしれん」
そう言って、うんうんと頷く地雷矢に、シャルが震えた声で尋ねる。
「そ、そんな奴がわっちに似ているのか?」
青ざめるシャルに、地雷矢は大きく頷いた。
「ああ、似ている。確かにそいつは、普段はそのアイドルとかいう女共の尻ばかり追いかけているどうしようもないバカモノだが、肝心なところは何も変わっていない。つまり、もしそいつの大事なものが危険に遭った時、そいつはどんなことをしてでもそれを守る。要は、やる時はやるってことさ」
地雷矢は豪快に笑った。
「だからシャル、お前ももっと自信を持て。お前だって今回みたいにやる時はやるんだ。そういう奴は決して落ちこぼれなんかじゃない」
「……うん」
シャルの目に再び涙が浮かぶ。
地雷矢は、そんなシャルの頭を優しく撫で続けた。
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