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エピローグ

騒動から一夜が明け、西岡駈は自室のベッドの上であしたの○ョーの如く、真っ白になっていた。

別に前日の騒動で燃え尽きたという訳ではない。SGYプレミアムシークレットライブのチケットが手に入ったという話が嘘だと聴かされたからであった。

「はあー」

駈は盛大にため息を吐いた。一生に一度行けるかどうかのイベントである。少人数の招待制でメンバーと直接会話もできる。流れ次第では、お近づきになれる可能性もあったかもしれないだけに、駈の落胆も一際大きかった。駈は重く感じる体を何とか起こし、恒例の儀式へと向かった。

駈が魅惑の黒パンツ(今日は『ポートゼウス』に出てくるヒロインのB2)に向かって、神聖な儀式を行う。

「やあ、ハニー。今日も黒い下着が素晴らしいね。でも、僕はちょっとブルーさ。実はね、きの……バキ!」

パンツに向かって延々と何かを言おうとしていた駈の頭に、固い何かが直撃する。

「おはよう。愚兄」

そこにはおたまを携えた小恋愛が立っていた。小恋愛が起こしにくるのは、喧嘩して以来久しぶりだった。

「何度も言ってるでしょ。パンツに話しかけるのはやめなさい」

小恋愛はおたまで肩をぽんぽん叩きながら、駈に近づいてきた。その顔は何か言いたげな、それでいて言い出しづらそうなそんな顔であった。

「えーっと、昨日は……その、なんていうか、えと、ありが……」

「どうしたんだ小恋愛。生理か? お前は重たい方なんだから、無理せず今日は学校をやす……ホゲ!」

またも頭におたまが直撃。駈は完全に沈黙した。

「違うわよ、バカ! 空気を読め!」

小恋愛が荒く息をしながら絶叫する。

「もういいわよ。あんた、ほんとにどうしようもないわね」

小恋愛は一通り罵詈雑言を浴びせたあと、駈に向かって小さく呟いた。

「あ、朝ごはんできてるから早く降りてきなさいよ。……バカ兄貴」


駈がリビングに降りてくると、そこでは小恋愛が朝食の皿を並べていた。西岡家の見慣れた日常の風景。しかし、自分がこの日常を感じることができるのは、あと一週間しかないのだ。

いや、もう一週間もない。シャルのことは、家の都合で一時的に戻っていると伝えてある。

「なあ、ここあ……」

「何よ? さっさと座ったら?」

小恋愛は、駈の雰囲気がいつもより暗いことに気付いていないようだ。

「その……さ、なんと言うか……」

「何よ? まさか、またお小遣いの前借りじゃないでしょうね?」

小恋愛の口調はいつもと変わらなかった。そのあまりにいつもどおりの雰囲気に、駈は何と言ったらいいのか分からなくなってしまう。しかし、駈は伝えておかねばならなかった。自分がもうすぐ死ぬことを。今までの自分の行動からすれば、小恋愛が悲しむようなことはないと思うが、それでも伝えておきたかった。

だが、何と言う? 「俺、もうすぐ死ぬんだ。てへ♡」と今風にてへペロで言ってみるか。それとも、「俺の命はあとわずか。情けと思って一発やらせてくれ」と男らしく言ってみるか。

どちらにしても、まともに取り合ってもらえるとは思えない。アホかか、もしくは、ならさっさと死ねとか言われそうである。

しかし、駈は小恋愛とシャルが憎み合うようなことがあってほしくなかった。小恋愛はシャルが死神だということを知っている。

つまり、本当に自分が死ねば、小恋愛は間違いなくシャルを疑うだろう。あれだけ仲の良い二人が憎しみ合うのは見たくなかった。

なら、どうする? やはり言うのをやめるか?留学とか武者修行に行くと理由を付けて、どこかでひっそりと死ぬか? どうせ自分が死んだって悲しむ奴なんていやしない。

悪くない案に思えてきた。さて、どうするか……

ずっと何かを考え込んでいる駈を不審に思ったのか、小恋愛が声を掛ける。

「何やってんのよ?」

駈は一瞬言おうとしたが、

「その、元気か?」

結局言い出すことができなかった。

「はあ? 珍しく何か考え込んでると思ったら、何それ? 見て分かんないの?」

「いや、そうだな。よかった」

「まったく、何言ってんだか」

小恋愛は半ば呆れながらも、ご飯の入った茶碗を駈に渡す。こうして小恋愛と食事ができるのもあとわずか。駈はしばらくの間、もくもくと朝食を食べていた。

やがて食事が終わり、駈が小恋愛に声を掛ける。

「小恋愛」

「今度は何よ?」

「その、元気でやれよ」

その言葉に小恋愛が呆れたように言った。

「はあ? 今のあんたに言われたくないわよ」

駈がかすかに笑う。

「……そうだな。そのとおりだ」

そして、最後に小恋愛に言った。

「小恋愛、シャルと仲良くな」

リビングのドアが静かに閉まる。小恋愛は黙ったまま何も言うことができなかった。


▲▲▲

小恋愛は駈の異変に最初から気付いていた。

何年も一緒に暮らしているのだ。リビングを降りてきた時から、駈の様子がおかしいことに気付いていた。

あの顔には見覚えがある。

そう、自分の姉である優愛が死んだ時と同じなのだ。今でも覚えている。

姉の寂しそうな、申し訳なさそうな笑顔。優愛は突然自分の前からいなくなった。

その直前の姉の顔と同じなのだ。幼い頃から姉にべったりだった小恋愛は、優愛が亡くなった直後、その死を受け入れることができず、抜け殻のようになってしまった。

今、こうして元気なのは、ずっと傍にいてくれた兄がいたから。

その時の姉と今日の兄が重なる。小恋愛の胸がざわめいた。

(もしかしたらお兄ちゃんまで……。やだよ、お兄ちゃん。私を一人にしないで。私、ほんとはお兄ちゃんのことが……)

小恋愛は駈を追いかけようとした。

しかし、ちょうどその時、リビングに電話の音が鳴り響いた。

▲▲▲


駈は陸橋の下を訪れていた。シャルに会うためだ。確証はなかったが、ここに来れば会えるような気がしていた。そして、その予想は的中する。

「よう」

「……何の用だ? 私には話などないぞ」

そうは言いながらも、シャルはかなり緊張していた。

「そう邪険にすんなよ」

「邪険にしていたのはお前の方だ」

「くく、確かに。そうだったな」

駈は笑った。

「別に大した用じゃないんだが、一応くたばる前に礼を言っておこうと思ってな」

駈はゆっくりと頭を下げた。

「ありがとな。小恋愛を助けられたのはお前のおかげだ」

ありがとな、その言葉を聞いて、シャルの頬がほんのりと赤くなる。

シャルが慌てて顔を背けた。

「べ、別にお前のためじゃないのだ。小恋愛は恩人なのだ。助けるのは当然なのだ」

シャルが早口にまくしたてる。しかしその後、悲しそうに顔を伏せた。

「それに死ぬのはお前じゃない。わっちの方なのだ」

シャルは泣きそうな顔で言った。

「何? 何でだ?」

「わっちとお前は契約を結んではいない。だから、お前の寿命は減ってはいないのだ。だから、先に死ぬのはわっちの方なのだ」

シャルが悲しそうに笑う。

「馬鹿な、あの時契約は完了したはずじゃ……」

「お前は人の話を最後まで聞かないのだ。確かにわっちはキスしろとは言ったが、それはわっちが契約に必要な魔法陣を描き終わってからなのだ。契約の正式な手順はその魔法陣の上で、互いの体の一部を接触させること。でも、お前は魔法陣を完成させる前にキスをした。だから契約は成立していないのだ」

「じゃ、じゃあ何でデスサイズを……」

「自分でも分からないのだ。だから、小恋愛のためということにしておくのだ」

そう言ってまたシャルは笑った。しかし、駈にはその顔が泣いているように見えた。

「じゃあ、俺は元のままなのか? ちゃんと本来の寿命のままなのか?」

「そうだ」

「よっしゃーーー!」

駈が天高く拳を振り上げて叫んだ。雰囲気ぶち壊しである。

「よしよし、小恋愛も助けられたことだし、寿命も減らずに済んだ。これも俺の日頃の行いの賜物だな」

駈はうんうんと一人で頷いた。どこまでも空気を読まない男である。

一方のシャルは笑ったままだ。

「まったく、本当に全部寿命を削り取ってやればよかったのだ」

そんなシャルの顔を見て、駈が真顔に戻った。

「冗談だよ。本気にすんな」

「冗談? お前の冗談はいつも笑えないのだ」

その言葉に駈も笑う。

「確かに。でも、そうだな。だったらもう一度契約するか?」

「え?」

思いがけない言葉に、シャルは一瞬呆然となった。

「契約だよ。契約。三ヶ月でどうだ?」

シャルにとっては願ってもない話だった。

「で、でも、わっちにはあんまりできることが……」

「嫁になれよ」

「ふぇ?」

「俺の嫁になれ」

「え? え?」

「毎日メシを作ったり、身の回りの世話をしたり、それから夜の相手もする嫁になれ」

「え、でも……」

「嫌か?」

シャルは首を千切れんばかりに横に振った。

そして笑う。人間界に来てから一番の笑顔だった。

「分かったのだ。わっちは駈の嫁になるのだ」

そして、二人は魔法陣の上で二度目のキスを交わした。


しかし、ここで終わってはただのラブコメである。そして、残念ながらこの物語はただのラブコメではなかった。

手を繋いだ駈とシャルが西岡家のドアを開けると、そこには般若のような顔をした小恋愛が立っていた。

「ぐ~け~い~!」

その顔は、子供が見たらトラウマ確定の凄まじい顔であった。

「あんた、私のモデル仲間の小春ちゃんに電話したでしょ。ご丁寧に私のスマホから番号調べて。さっき、小春ちゃんから連絡があったのよ。あんたがしつこく遊びに誘ってくるからなんとかしてくれってね」

いつの間にか、シャルの手は駈から離れていた。そして、その目に絶対零度の冷たさを孕んでいる。

しかし、当面の問題はそちらではなかった。

「知らなかったわー。そーんなに早死にしたかったのね。あんた」

口から瘴気を放ちながら(駈視点)、般若と化した小恋愛が駈に迫る。

今日も西岡家は平和であった。




おまけ


ピュリア・クロスが目を覚ますと、そこは牢屋の中だった。カビの臭いが立ち込める室内に、ピュリアは思わず顔をしかめる。

ここはどこだと思い体を起こそうとしたが、体が動かない。ピュリアが下に目を向けると、体は椅子にガチガチに縛り付けられている。かろうじて動くのは頭だけ。その頭も、シャルのダイビングヘッドを喰らって、まだ少しクラクラしていた。

ピュリアはどうにか回る頭を使って、状況を分析しようとした。どうやらここは牢屋。それは間違いない。正面に頑丈そうな鉄格子がはまっている。

周りを見回すと、ロープや蝋燭、おまけに三角木馬や何に使うのかカミソリまで置いてある。

ピュリアの背筋に冷たい汗が流れ落ちた。ここは一体何をする場所何だろう? 本能的には分かっているが、そうではないと思いたいピュリアであった。

「あーら、お目覚めかしら?」

牢屋の中に一人の女が入ってきた。

美しく流れるような金髪に、美人のお手本のような美しい顔立ち。ピュリア自慢の悩殺ボディが霞んでしまうほどの、ボーン、キュ、ボーン、の美しい肢体を持ったその女は、ピュリアと同じようなSMの女王様スタイルに身を包んでいた。当然、手には鞭を装備している。

「はじめまして、かしら。シャルの姉のクローディア・クロニクルよ。ああ、あなたは名乗らなくていいわ。どうせ覚える気なんてないし」

クローディアの目が妖しく光る。

「あなた、ほーんとにいい度胸してるわ。私の可愛い可愛いシャルに手を出すなんて……」

「いや、先に手を出してきたのはむこビシッ!」

「お黙り」

撓る鞭を床に叩きつけ、クローディアはピュリアを睨みつける。

「あの子をいじめていいのは私だけなの。分かる? ああ、分からなくてもいいわ。どうせ、もうあなたがあの子に手を出すことは未来永劫無いんだし」

ピュリアの顔から血の気が引いていく。今の彼女の顔は雪よりも白かった。

クローディアが鞭を片手にピュリアに迫る。

「さーて、それじゃあお仕置きを始めましょうか。ああ、心配しなくても大丈夫よ。痛みはすぐに快楽へと変わるから」

ここから先、何が行われたのかは皆様のご想像にお任せします。

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