7(31)不吉な未来
反政府組織によって占拠されたプロミシア地区では、組織に乗っ取られアジトとなった。ビルを囲むように銃を抱えた組織の兵士達が絶えず周囲に目を光らせていた
経済特区とは思えないほど静まりかえった空気の中、そのアジトに一人の女が向かってくる。
元は食堂だった場所で銃を分解していたが、自分が今何をしていたのか分からなくなり、顔を上げて目の前の鏡に映る自分の顔をしばらく眺めていた。
頬にある傷を撫でていると、音もなく部下が忍び寄る。
「ボス、来てください」
「保安局か」
「いえ、それが…」
部下の顔色に焦りはないが、見た方が早いのか監視室へ足を運ぶ部下の後ろをついていく。
「これです」
部下が指を刺すモニターに視線向けると、一人の人間が瓦礫の道をまっすぐ歩いており、深くかぶったフードが顔を隠しているが、その足取りには迷いがない。このアジトに向かって来ていることはすぐに分かる。
「武装は確認できません」
「保安局の人間ではないな」
「ですが、顔を視認できない限り素性は不明なので油断はできません」
「一人か」
「はい」
銃を隠し持っている可能性はあるが、アジトを沈められるほどの武装はしておらず、一人なので攻撃を仕掛けてくることはないだろう、と考え、男はインカムを手に取る。
「南東の方向から何者かが接近中だ。相手は一人だが、数人前に出て銃を向けろ」
「撃ちますか」
「俺の指示があるまで撃つな」
やがて門番も視認できるほど寄ってきたその人間は、長髪でかなり小柄なので、誰もが女であると認識したが、その姿には焦りも恐れもなく、淡々とこちらへ向かってくる。
「何者だ」
入り口の部下達が銃口を向け、問いかけるが女の口は開かず数秒の沈黙が流れたが、ゆっくりとフードに手を掛け、自身の素顔を晒した。
男には見覚えのある顔だが、どこで見たのか思い出せない。画面を見つめるうちに、その立ち姿や視線、静かな佇まいが記憶の奥をかすめた。
「まさか……」
男はインカムを握ったまま監視室を飛び出し、階段を駆け下りて入口へ向かうと、重い扉を押し開けて女を目にした瞬間、確信に変わった
「お前ら、銃を下ろせ」
部下たちが戸惑う。
「聞こえなかったのか。この人を通せ」
銃口がゆっくりと下がり、左右へ道が開くと、何も言わずその間を歩く。目の前で足を止めた女の前に手を差し伸べ、男は告げる。
「俺はこの組織のリーダーをやっている、"オリバー"だ」
そう名乗ると、女は知っているよとでも言うように頷く。
「中へ入れ」
「ここでいいよ」
静まり返ったアジトの中へと女を促すが、女は一歩も動かず、靴に乗った小さな粒子をはらって、面倒くさそうな笑みを浮かべた。
「わざわざこんな場所まで足を踏み入れてきた。何か用があって来たんじゃないのか?」
「まぁね」
女は臆面もなくボスの目を真っ直ぐに見据える。
「あなた方に伝えたいことがあって」
「ほう」
「近々、おたくらが敵対視してる政府と、ドンパチを起こそうと思ってね」
静まり返ったアジトの中に、乾いた笑いが漏れることはなく部下たちがざわめき、再び警戒の色を濃くする。ただオリバーだけは微動だにせず、ただ低い声で問い質した。
「政府と、か?」
「うん」
女は不敵に笑い、言い放った。
「敵が同じなら、私達は仲間だ。だから、あんたらもそれに参加してほしい。それだけ」
それだけ言うとすぐに背を向けて、元きた道を辿るように帰ろうとする。あまりにも唐突で、抽象的な提案に、ボスは一歩前へ踏み出すと、戸惑いを露わにする。
「だいぶアバウトだな。戦力は、兵站は、決行のタイミングは……詳細を教えてくれないか」
しかし、女は肩をすくめて首を振った。
「それは言えないよ。ただ、合図なら私から出すから安心して」
「合図?」
「うん。その時になったら、全て分かるよ」
これ以上話す気はないと言い捨てるように、女はひらりと背を向けた。荒々しい道を歩く足音は軽快で、振り返る気配すらない。アジトの男たちが銃を構え直そうとしたが、ボスは静かにそれを制し、遠ざかる背中を見送った。
なんですか今の…と、こちらに部下が寄ってくる。
「あの人、ボスの知り合いですか…?」
「…私の、命の恩人だ」
部下は息を呑んだ。あの冷徹で警戒心の強いオリバーが、名乗ることもせず去っていった不審な女をそこまで信頼するのか。部下の若い男は戸惑いを隠せない面持ちで、恐る恐る問いかけた。
「ですが…今の提案、本当に乗るべきなんでしょうか? 詳細も分からないのに、政府を相手にいきなり動くなんて……」
オリバーは鋭い視線を部下に向け、低く命じた。
「とりあえず、戦闘に備えるよう皆に伝えろ」
「……っ、分かりました」
部下が走って仲間たちの元へ散っていく。オリバーは再び瓦礫が積まれた路地へと視線を戻し、女が立っていた場所を無言で見つめた。
静まり返ったアジトの隅で、部下の一人が仲間につぶやいた。
「にしても初めて見た……あんなに真っ赤な瞳」
「仕事を増やすようで本当に申し訳ないのですが……。また新たな事案が発生しました」
「ほう、なに?」
アキノエは両手で抱えたタブレット端末を胸に抱え、言いづらそうに眉を寄せた。イアンはペンを止めず、続けるよう促す。
「最近、各地で爆発物が発見されています」
その言葉に、イアンのペンがピタリと止まった。彼女はゆっくりと顔を上げ、冷ややかな灰色の瞳でアキノエを射抜く。
「爆発物?」
「はい。今現在で確認されているだけで計4つ」
アキノエは端末を操作し、ホログラムの広域マップをデスクの上に投影した。そこには赤いピンが点々と、不気味な広がりを持って表示されている。
「ただ、問題は発見された場所です。繁華街から周縁の工業区画まで、あまりにも範囲が広い。まだ回収されていないものがどこかに散りばめられているとすれば、危険度は跳ね上がります。本格的な全庁体制での対処を講じる段階かもしれません」
マップを見つめながら、イアンのコメカミがわずかにピクリと動いた。アキノエは息を呑み、わずかに身構えたが、逃げずにその視線を受け止めた。冷徹な視線をアキノエに戻し、低い声で問い詰める。
「これだけの規模と危険性がある事案なのに、なぜ初期段階の報告ではなくこのタイミングで持ってきた」
イアンはしばらくの間、じっと部下の顔を見つめていた。やがて、その尖っていた気負いがふっと緩み、イアンは小さく息をついて書類の山から背もたれにもたれかかる。
自分の過密なスケジュールと心身の限界を案じて、あえて報告のタイミングを見計らってくれたことなのだろう。イアンは険しかった表情を和らげ、静かに言った。
「気遣いはありがたいけど、国民の命が関わるんだ。早めに頼むよ」
「……はい。申し訳ありません」
アキノエが頭を下げると、イアンはすでに頭の中で対策のシミュレーションを切り替えていた。しかし、それを遮るようにアキノエが端末を差し出す。
「ただ、色々問題がありまして」
「問題?」
それは爆発物の分析報告書だった。手元のタブレットを操作し、解析データをさらに拡大する。そこには、爆薬の成分や金属片の刻印といった詳細なデータが映し出された。
「私は最初、反政府組織によるテロの画策なのではないか、と疑いました。しかしそれは間違いでした」
「ロクソーゲン…?」
報告書に書かれている爆発物の名前を読み上げる。
「はい。使用されていたのは、紛れもなく軍事用の高精度爆薬『ロクソーゲン』でした。今、反政府組織が占拠しているプロミシアは工業都市ですが、主産業はアンドロイド。爆発物の製造ラインはほとんどありません」
つまり、反政府組織がロクソーゲンを所持している可能性はないに等しい。では一体誰がそんなものを…そう考えているとアキノエはさらに重々しい表情で告げる。
「さらに調べた結果、この爆発物の製造元は"ヴァルグ重工"であることが分かりました」
その企業名を聞いた瞬間、イアンの眉が思わずピクリと顰められた。
ヴァルグ重工
なぜここで名前が出てくるのかまだ分からないが、不吉な予感がしてならない。なぜなら二人の脳裏によぎる人間の顔は全く同じ"女"だから。




