20 (17) 見覚えの正体
四名の遺体が発見されたのは、遡ること数週間、長らく所在不明となっていた現場監視官たちの行方を追っていた捜査班が、郊外の廃棄施設から複数の遺体を発見したことが発端だった。
身元の確認が進むにつれ、事件は単なる連続殺人では片づけられなくなっていく。四名はいずれも政府管理下にある四つの保管庫で現場監視官を務めていた人物であり、失踪した時期も近接していた。そして、彼らにはもう一つ、共通点があった。
四名全員が、直近の棚卸しで同じ担当官と接触していたのである。
それが、新しい監視体制に変わってから担当を任されていたアキノエだった。
彼が殺害に関与したことを示す決定的な証拠はなかったものの、事件との接点を持つ人物として事情聴取の対象に挙げられ、内部では彼の関与を疑う声も上がり始めていた。
「私を疑うのは当然だな」
取調室で、アキノエは正面に座る部下へ答えた。棚卸しを担当した自分が、被害者全員と接点を持っていた、それだけで捜査の対象になるのは当然であり、立場を考えれば、疑われること自体に不満はなかった。
もっとも、殺人など身に覚えのない話だが、アキノエは質問に対して一つずつ回答し、関与をきっぱりと否定していた。
「分かっていますよ。アキノエさんがそんなことをするはずがないって」
部下は落ち着いた様子で答えた。治安維持部門の統括を任されているアキノエは、局内でも広く知られた存在だ。長年の職務を通して築かれた信頼もあり、彼が四人もの人間を殺害するなど、にわかには考えられなかった。
「こういう事案はめったに起きませんからね。捜査する側も慣れていない。だからこそ、調査が甘くなったり、あらぬ人に疑いをかけてしまったりするものです」
冷静な分析に、アキノエは感心したように小さく頷いた。
もっとも、その言葉は少なからず胸に刺さる。つい最近まで、自分もまた、確たる証拠がないまま一人の女性を疑い続けていたのだ。ヘイヴンの経歴を調べ、証言を集め、あらゆる記録を照合し、それでも何も見つからないとなれば、今度は自分の判断を疑うべきなのかもしれない。
他人の言葉として聞けば正論だったが、いざ自分に当てはめてみると、どうにも居心地が悪かった。
「今、保安局が総動員で調べています。そろそろ、別の趣旨の報告が来てもおかしくないかと」
部下がそう言った、まさにそのときだった。
「これ、見てください!」
取調室の扉が勢いよく開き、別の捜査員が端末を手に駆け込んできた。
「どうした?」
「被害者四名の行動記録を洗い直していたところ、気になる映像が見つかりました」
差し出された端末を受け取り、アキノエは再生された映像を確認した。
「これって……!」
そこに映っていた光景を目にし、アキノエの目が細くなる。
今度は別の場所、別の日付の映像だった。それでも、画面に映る人物には見覚えがあった。さらに三つ目、四つ目と映像が切り替わるたび、同じ女が姿を現す。
「……おそらく、この"女"で間違いないかと」
捜査員が緊張した面持ちで答えた。決定的な証拠と呼ぶには、まだ足りない。しかし、四名全員の行動を調べた結果、この二十五日間にわたって彼らと接点を持っていた人物が、アキノエ以外にも存在したのである。
その女が何者なのか、そして四名の殺害にどこまで関与しているのか。捜査班は、ようやく別の糸口を掴んだのだった
局長室では、イアンが通常業務をこなしながら、今回の事件について考えを巡らせていた。
補佐であるアキノエが容疑にかけられたことで、局内では様々な憶測が飛び交っている。だが、イアンの頭を占めていたのは、彼の身の潔白をどう証明するかという問題だけではなかった。
保管庫が関わっている。
その事実が、どうしても引っかかっていた。ここ最近、財務省関連の調査を通してアキノエと何度も話し合ってきた。理財局長ヘイヴンをめぐる疑惑は、結局のところ決定的な証拠を掴めないまま、打ち切りを検討する段階にまで来ていた。
それなのに、今度は保管庫の現場監視官四名が殺害され、その事件にアキノエが関係している可能性が浮上した。
もし、これが単なる偶然でなかったら、と考えてしまい、イアンの脳裏に、あの女の顔がよぎった。
関与しているのか、あるいは、彼女がこれまで隠してきた何かが、今回の事件とつながっているのではないか。
保管庫が絡む以上、最悪の事態も考えておかなければならなかった。
そんなことを考えていると、扉を叩く音が響いた。
「どうぞ」
入ってきたのは、アキノエだった。
「アキノエ……!」
イアンは思わず声を上げた。つい先ほど、彼が事情聴取を受けていると聞かされたばかりだった。それなのに、どうしてもうここにいるのか。
驚いた様子のイアンを見て、アキノエはわずかに口角を上げ、頭を下げた。
「お騒がせして申し訳ありません」
「ここに来るってことは、もう疑いは晴れたってことか」
「はい」
「にしても、どうして……」
「それに関してなんですが、ご覧いただきたい映像があります」
アキノエはそう言うと、携帯していたタブレットを取り出した。
「今回の被害者である四名が、同じ人物によって殺害された可能性が高いことから、特別捜査部は彼らの共通点を洗い直したそうです」
「それで、最初に疑われたのが君ってわけだね」
「はい。ただ、調査を進めるうちに、私以外にも四名全員と接点を持っていた人物が見つかりました」
「人物?」
「女です」
その一言に、イアンの意識が過敏に反応した。ちょうど今、頭の中で思い浮かべていた女の顔が、さらに鮮明になる。
「……まさか」
「この四名全員揃って、とあるバーに通っていたそうです」
「バー?」
「はい。南西地区の郊外商業ビル五階にある、ナイトルアーという店です。最初の被害者が二十六日前、次が十九日前、三人目が十三日前、そして最後の被害者が一週間前に訪れています」
アキノエはタブレットを操作し、四つの映像を順番に表示させた。
「店内の監視カメラを確認したところ、四名全員が同じ女と親しげに話していました。来店した日も、会話していた時間帯も異なりますが、いずれの映像にも彼女が映っています」
そして、イアンの方へタブレットを差し出した。画面には、カウンター席に腰掛けた女の姿が映っており、被害者の一人と向かい合い、何かを話している。距離が離れているため目を凝らさないとよく見えないが、顔を確認するには問題なかった。
思わず、イアンは画面を凝視した。
「この女の名前は……」
アキノエは一拍置いて、その正体を明かした。
「エリー・マーフィー」
その名前を聞いた瞬間、イアンの表情が変わった。
保管庫の監視官四名と接点を持ち、彼らが失踪する直前まで同じ場所に姿を現していた女。そして今、アキノエへの疑いを覆し、捜査の矛先を別の方向へ向けることになった人物。
イアンが当初思い浮かべていた犯人像の女は完全な無関係であり、実際に事件の裏にいたのは全く別の女だった。
「調べたところ、被害者四名の保険金受取人の名義は、ことごとくこの女でした」
「なるほど……保険金狙いってことか」
「ただ、一つ気になる点がありまして、エリーは普段、週四日・九時から十六時のシフトで働いていたのだが、四週間前を境に突如として週六日勤務へと増えていました」
そのタイミングの合致は、確かに事件と無関係とは言い切れない。
「この四名との接触の確率を増やすためか。そこまで急ぐ理由があったってことか…?」
しかし、イアンにはそれ以上に強い違和感として引っかかることがあった。
「普通なら計画を練る段階で、保安局が介入できる隙が無数にあることくらい気づけそうだけどね」
手口があまりにも杜撰だった。これではたとえ遺体が見つからなかったとしても、いずれ容易に容疑がかかっていただろう。
高度な監視網が敷かれたこの時代において、これほど雑な仕掛けの犯罪などまず存在しない。もはや「自分を捕まえてくれ」とアピールしているようなものだった。
「ですが、先ほど家宅捜索を行ったところ、自室から致死量の毒物も発見されましたので、エリー容疑者が四名を殺害したと見て間違いないかと」
「そうか……」
重大事件ではあるものの、局長であるイアンが直接現場に乗り出すような案件ではない。このままトントン拍子で実刑まで進むだろう、そう考えていた矢先、こちらに向けられたままになっていたタブレットに映像に、イアンはわずかな異変を感じ取った。
スッと目を細め、スタッフとして働くエリー……ではなく、その奥にある扉から出てきた一人の女に視線を集中させる。。心なしか、意図的に監視カメラを避けるような素早い身構えにも強い違和感を抱く。
「アキノエ、三秒前に戻して」
「はい?」
「この映像を少し巻き戻してくれ」
「は、はい」
アキノエはタブレットを両手でしっかりと持ち直すと、すぐに動画を三秒前まで巻き戻し、再びイアンへ向けて再生させた。ドアから出てきた女の顔が画面に映し出される。
「そこで止めて。ここ、アップにできるか?」
「はい」
元の画質が荒いため、端末の画像クリア機能をフルに駆使しながら慎重にズームしていく。ノイズが消え、徐々にその人物の輪郭が鮮明になっていき――ついに、その顔の全貌が露わになった。
「「っ……!?」」
二人の間に息を呑む音が重なった。
即座にアキノエは自身の端末を取り出し、閲覧した人物写真と画面の女を照合する。
「間違いないです……! この女は、アリミ・ヘイヴン……!」
画面の中にいたのは、理財局長ではなく、アキノエが昨日別れたばかりの休職中のアリミ・ヘイヴンだった。
まさかの人物の登場に、二人は言葉を失い、開いた口が塞がらない。なぜこんな場所に休職中の彼女がいるのか。それどころか、彼女がこの猟奇的な連続殺人事件に深く関与している可能性まで浮上してきたのだ。
「どういうことでしょうか……?」
「分からない……。だがこれは、我々が想像しているよりも遥かに深い闇かもしれない」
一旦冷静を取り戻し、これまで明らかになった事実を頭の中で繋ぎ合わせようとするイアン。しかしその時、モニターの顔を注視していたアキノエが、さらなる異常性に気づいて声をあげた。
「この人……カラコンでもつけているんでしょうか。昨日お会いした時は、これほど目立つ真っ赤な瞳ではなかったはずですが……」
鮮明化された映像の中の女。右目は光源の影響で何色か判別しづらいものの、左目は遠くからでもはっきりと認識できるほど、禍々しく真っ赤に染まっていた。
「ん? まてよ……」
その言葉を聞いた瞬間、イアンの頭の隅にずっと引っかかっていた謎の欠片が繋がっていく。
この顔立ち。そして、印象的な真っ赤な左目。
そのふたつのヒントが結びついた瞬間、イアンは弾かれたように顔を上げた。
「そうだ……思い出した!」
イアンはすぐにデスクの椅子へ深く座り直すと、猛烈な勢いでキーボードを叩き叩き、モニターを鋭く睨みつける。そのただならぬ切羽詰まった様子にアキノエも目を見張り、即座に椅子の背後に回り込んだ。
「どうされました?」
「確か……アラン・スカーレットだったか」
「アラン……スカーレット?」
「一ヶ月前、輸送機構で発生した銃撃事件に巻き込まれた一人の兵士だよ」
オリバーによる反逆事件に加担し、その場で警備部隊により銃殺されたアラン・スカーレット。イアンは迅速に彼の軍用登録データベースを検索し、画面上に該当の住所を表示させた。
「この住所、メモして」
「はい」
アキノエは端末を操作し、表示された住所を迅速に記録する。
「私も当時、遺族への報告のためにここへ出向いた。あの家に、この人はいた」
アキノエはその衝撃的な事実を聞き、驚愕で目を見開いた。
「!……よく覚えていらっしゃいましたね」
「この目は、あの時見た目と同じだ」
一ヶ月が経過した今でも、あの暗闇で鋭く光っていた赤黒い瞳の異様さは鮮明に記憶に残っていた。画面に映るこの女性の瞳と、完全に一致していると断言できた。
「すぐにこの住所へ向かうよう伝えてくれ」
「私がいきます」
アキノエが強い眼差しで志願する。
「分かった、よろしく頼む。それと、エリーさんからも直接話を聞こう」
「了解しました。すぐに段取ります。失礼します」
アキノエは颯爽と一礼すると、風のように局長室を飛び出していった。
衝撃的な事実が立て続けになだれ込んだせいで、頭の中の整理はまだ追いついていない。イアンは腕を組み、深く息を吐きながら思考を必死に切り替えようと努める。
「一体どういうことなんだよ……」
目の前の不可解な殺人事件もさることながら、先ほどまで危惧していた保管庫を巡る最悪の事態が、刻一刻と現実のものとして近づいている予感が拭えない。
イアンが重いため息をついた、その瞬間。
バンッ!
激しい衝撃音とともに局長室の扉が突き破るように開き、飛び出していったはずのアキノエが凄まじい形相で戻ってきた。
イアンの顔を見つめ、アキノエは完全に切羽詰まった声で告げた。
「エリー容疑者が……逃走しました!」
「……なんだって!?」
焦燥感に駆られたアキノエの口から告げられた決定的な緊急事態に、イアンは思わずデスクを力いっぱい叩き、激しく立ち上がった。




