12(9)ヘイヴンVSイアン 彼女の過去
二週間前
執務室には、アキノエが報告を続ける声だけが響いていた。一通りの報告を終えると、アキノエは手元の端末を閉じかけて、ふと思い出したように顔を上げた。
「そういえば、保安局の窓口に、こんなメールが届いていました」
「メール?」
イアンが顔を上げると、アキノエは端末を操作し、受信した文書を表示させた。
「匿名によるものです」
画面に表示された内容を目で追ったイアンは、しばらく黙っていた。そこには一人の人物の名前が記されていた。
「この人、確か……」
アキノエが確認するように読み上げる。
「理財局長を務めている、アリミ・ヘイヴン。その彼女に対する告発文書です」
イアンはモニターの光を反射する画面から目を離さない。
「私も政治にはそれなりに目を光らせていますが、彼女の悪い噂はあまり聞いたことがないですよ。本当でしょうか」
「うーん……」
イアンは眉間に皺を寄せ、文書を上から下へと読み返す。
「確かに、この告発文書は具体性に欠けているような気がするな」
指摘の通り、内容はどこか曖昧だった。
不審な行動がある、何かを隠している、政府内部で不自然な動きをしている、そうした抽象的な批判が並んでいるものの、具体的な日時や場所、裏付けとなる証拠の資料についてはほとんど触れられていない。ガセネタの可能性も高かった。
イアンがため息をつき、端末を返そうとした、その時、静寂を破るように、アキノエの所持する端末が鳴り響いた。
「失礼します」
一礼すると手際よく電話に出る。
「はい、アキノエです」
イアンは何気なく、美しい夜空が広がる窓の外に視線を戻した。
「……え?」
電話の向こうから何を言われているのか、イアンには聞こえないが、アキノエの表情がわずかに険しいものへと変わっていくのが分かった。
「分かりました。すぐ確認します」
通話を切ったアキノエは、端末を見つめた。
「どうした?」
「先ほどの匿名の送信者から、追加のファイルが送られてきたそうです」
「追加?」
アキノエの端末に新しいファイルが届き、それを開くと、一枚の写真が表示された。
「……写真?」
イアンも椅子から身を乗り出し、机を挟んで覗き込んだ。二人は並んで、冷たく光る画面を見つめる。
一見しただけでは、それが何を意味し、誰と誰の繋がりなのかは分からない。アキノエはしばらく目を凝らし、黙って写真を追っていた。
「…………」
やがて、アキノエが先にハッと何かに気づいたように細められた目をさらに見開いた。
「この人…!少し待ってください」
アキノエは端末を操作し始めた。いくつかの記録を検索し、画面を切り替える。そして、写真と別の資料を並べて表示した。
「……正体はこの方です」
イアンが画面を凝視する。その瞬間、彼女の瞳が大きく見開かれた。
「……そういうことか」
アキノエも画面を見たまま、冷たい空気を吐き出すように小さく息を吐いた。加えてもう一つ、新たな文書があり、目を通すと、二人は目を合わせる。
「どうされますか?」
静まり返った室内で、イアンは写真をもう一度、隅々まで確認した。
「この写真だけじゃ、まだ事の本筋が見えない」
「はい」
「詳細を調べる必要がある。それに、この情報を政府ではなく、我々に渡したことには理由があるはず」
「調べると言いましても、どこまで……?」
「それは調査を始めてからだな。ただ、結論にたどり着くまで極秘裏に行う」
「……本当ですか?この方に、そこまでしなくても」
「確かに、何も出てこないかもしれない」
しばらくの重い沈黙の後、イアンは静かに、しかし断固とした口調で言った。
「ただ、前々から見かけた時、思っていたんだ。この人には、何かがあると」
本来、理財局長と空域保安局長という立場では接点はあまりないが、有事の際には危機管理センターで対策など会議が行われ、そこで同席することはあった。特に最近まで戦時中だったので接点は多い。
写真を睨みつけ、その瞳に宿った覚悟を察し、これ以上引き下がるべきではないとアキノエは理解した。
「責任は私が取る」
これから始まる泥沼の深淵に踏み込むことになるが、いずれ星全体を巻き込む大事件に発展するとは、誰も予想していなかった。
「お食事でもご一緒するのかと思いましたが、どうやらそうではないようだ」
ヘイブンは室内にいる錚々たる顔触れの役人や防衛省幹部たちをゆっくりと見渡し、楽しげな、それでいて値踏みするような笑みを浮かべた。
「ええ。この場であれば、あなたも逃げられないだろうと思いましてね」
一国の中枢を担う官僚や政治家たちがこれだけ一堂に会している空間であれば、どれほど裏で糸を引く黒幕であっても、表立ってこの場から逃亡することはできない。
「この方は、理財局長を務めているヘイブンさんです」
この場にいる全員が彼女を知っているが、イアンは室内の幹部たちに向かって全員に紹介する。
「三十ニ歳ながらこれだけの権限をお持ちだ。優秀で、省内からの信頼も厚い」
そう言ってイアンが合図を送ると、アキノエの操作によって再び大型モニターの画面が切り替わった。そこには、先ほどのギヨームと同様に、ヘイブンの詳細な経歴が映し出される。当の本人は、面倒くさそうに小さくため息をついた。
「もとはフロンティアパートナーズの社員で、企業側として防衛システムの開発にも携わった。その後官僚に転身し、卓越したエンジニアとしての実力が買われて『M of CSIRT』に2年間加わる。そして、その後は出世街道を謳歌し、今では財務省の理財局長だ」
輝かしい経歴を並べてると、イアンはそこで表情が変わる。
「しかしながら、この経歴について気になることが二つあります。一つは、もう皆さんお気付きだと思いますが」
会議室にいる役人たちが、ゴクリと唾を呑む音が聞こえそうなほどの静寂の中、イアンは両者を見据えて言った。
「このキャリア、ギヨームさんと瓜二つだ」
モニターに映し出された二人の経歴の年表が、まるでコピーされたかのように綺麗に重なり合う。
「お二人とも、防衛システムに携わり、M of CSIRTに入る。そして、今では同じ財務省で職務を全うしてらっしゃる。入省のタイミングなど何もかもぴったりです」
「それに何か問題が? 」
「ええ、偶然似たような道を歩むこともあるかもしれない。一見、何の問題もありませんね」
ヘイブンは不敵な笑みを崩さず、むしろ余裕ですらある態度でイアンを見返した。
「確かに、防衛システムの開発に携わっていた当時の方数名に話を聞いたところ」
その瞬間、ヘイブンの口元に張り付いていた余裕の笑みが、わずかに、凍りついた。
「皆さん、口を揃えてこう言っていました。『彼女はきわめて優秀な技術者だった』と。そしてもう一つ、その場にいた誰もが往々にして口にしていたことがあります」
イアンは視線をヘイブンから外し、会議室にいる全ての幹部たちへと向けた。
「『あのシステムの本当の立役者は、ギヨームではなく、ヘイブンのおかげだった』と」
会議室に、再び重苦しい静寂が落ち、同時にギヨームに懐疑の目が向けられる。当のギヨームは、本当に泣きそうな目で、それ以上は辞めろ、と目で訴えるように震えていた。
「一体どこからそんな作り話を仕入れたのやら。そうだ。この場には、フロンティアパートナーズの代表取締役であるステファンさんも同席している。ステファンさん、あなたはどう思います?」
ヘイブンに指名されたステファンは、微動だにせず、落ち着いた表情で口を開いた。
「当時の開発に密接に関わったわけではありませんが、ギヨームさんの働きがなければ、完成は8年も遅れていたと聞いています」
「この上ない代表がこう言ってるんです。そんなものは噂を勝手に飛躍させただけでは?」
ヘイブンの余裕の反論にわずかに納得の空気が広がるが、イアンは焦るどころか、冷徹な笑みを浮かべたままアキノエに目配せをした。
アキノエが手元の端末を素早く叩くと、大型モニターがデータ画面から「音声波形」へと切り替わる。直後、会議室のスピーカーから鮮明な音声が再生された。
『あの手柄はギヨームのモノなんかじゃない。本当の設計者はヘイブンだよ』
その声が響いた瞬間、会議室の空気が一気に凍りついた。先ほどまでギヨームに向けられていた冷ややかな疑惑の目が、今度は一斉にステファンと、青ざめるギヨームへと向けられる。
「これは、現在のフロンティアパートナーズのシステム部長であり、当時から開発の最前線に携わっていた、ミシェル・マディオという人物の肉声データです。ステファン社長、この声はマディオさんで間違いありませんか?」
「え、い、いや…」
返答を渋る彼を放置し、イアンはさらにギヨームへと向き直った。
「では、ギヨームさん、この声の聞き覚えは?」
追い詰められたギヨームがぱっと顔を上げたその視線の先にあったのは、不敵に微笑むヘイブンの顔だった。不機嫌にさせないよう彼女の顔色を窺っているようだった。それに気づいたヘイブンが、こちらも様子を窺うように目を合わせる。
「副大臣、正直に答えてください。あなたがあのプロジェクトを率いたのは事実なんですから、堂々と誇っていい」
「あなたには聞いていません」
イアンは被せるようにアキノエの言葉を遮り、彼女の言葉を遮る。
「ギヨームさん、どうなんですか?」
イアンの逃げ場のない低音が、会議室に響き渡る。その圧倒的な圧に屈したギヨームは、冷や汗を拭うことも忘れ、かすれた声で呟いた。
「……ミシェルの声で……間違いない……」
その瞬間、ヘイブンの眉間にわずかに険しいしわが寄る。そのやり取りを見ていたアキノエは、思わず小さくガッツポーズを作った。だが、イアンは表情を一切崩さない。
「彼らが共に仕事をしたのはずいぶん昔の話ですよ。信憑性などありはしない。だって私は聞き覚えがないん」
「ありがとうございます。ギヨームさん」
言い訳をまくし立てようとするヘイブンを、イアンは遮り、一切の発言を許さない。ヘイブンは呆れた様子で首を振る。
「しかしあなたでもこの事実はご存知なかったのではありませんか」
アキノエが手元の端末を操作すると、大型モニターの表示がさらに切り替わった。
「これは当時のシステムログと、そこに隠された巧妙な改竄の痕跡です。組織に向けられたサイバー攻撃が、実は初めから仕向けられたものだったことを証明する当時のデータです。報告をしなかったのは問題ですが、その本当の責任はあなたではない。情報漏洩の危機を承知の上でサイバー攻撃を受け、システムの防御力を下げたその人物こそが、真犯人というわけです。ギヨームさん、あなたは騙されていたんだ」
モニターを見て驚いた表情のギヨームの様子を見る限り、ギヨーム自身もこの裏で仕組まれたサイバー攻撃の真相については何も知らなかった様子だった。一方でまだ表情を変えないヘイブンへと視線を向ける。
「このような改竄は普通はできません。ですが開発者のあなたなら可能なのでは?数日で改竄の証拠を掴むのは骨が折れましたが、こちらにも優秀な人材がいる。一人では難しくとも力を合わせれば、あなたにも手が届く」
イアンの睨みにも屈せず、ヘイブンは腕を組み、不敵な笑みを浮かべたまま、首を傾げた。
「なぜヘイブンさんが、当時の自分の莫大な手柄をあえて誇示しなかったのか、その理由も、このデータには示されている」
イアンは一歩、ヘイブンへと詰め寄り、さらに声を落として告げた。
「ギヨームさんがM of CSIRTの情報政策課長に就任することを知ったあなたは、彼の弱みを握るため、このような計画を裏で仕立て上げた」
「それはあなたの、勝手な妄想と推測にでしょう」
「ギヨームさん、正直に答えてください。あなたが政治家に転身されたのは、あなたの意思ではないのではありませんか?政治家とのコネをたくさん持っているあなたならすぐに大きな権力を保持できる。それを予見され、スピード出世に利用された」
「自分が何を言っているのか、お分かりですか?名誉毀損もいいところですよ」
「ヘイブンさんが最年少で理財局長に就任したのも、その裏にいたのはあなただったのではありませんか」
ギヨームは完全にうなだれ、あと一押しでその口からすべての真実が零れ落ちるその時、イアンの視界の端で、異変を捉えた。
俯くギヨームの首元、開いた襟の下。そのうなじのあたりに、不自然な黒い隆起が見えた。それは機械的な端子のようでもあり、生体組織に無理やり埋め込まれた何かであるかのように、痛々しく皮膚を押し上げていた。
「わ、私は……っ」
その瞬間「バンッ!」と、ひときわ重い音が会議室の静寂を引き裂いた。机を力任せに叩いたのは、ヘイブンだった
「流石に看過できませんよ、保安局長」
全員の視線の先にいるヘイブンは今だに余裕のある表情で立ち上がった。
「そもそも、このような高度な改竄を私が行ったという決定的な証拠はどこにあるんです? 私だけがこの改竄を行えるというなら、それを論理的に証明していただきたい。それに、あなたが先ほどギヨームさんに言ったことは明確な誘導尋問、さらには私の社会的信用を著しく傷つける名誉毀損に他ならない」
ヘイブンはどこまでも涼しい顔を崩さず、逆にイアンを弾劾する。
「というか、なぜ唐突に私に懐疑の目を向け始めたのか」
「出所は言えませんが…告発がありましてね」
ヘイブンの眉間がわずかにピクリと動いた。
「ほう……どんな?」
「"いずれ全てを手にする、人類が危険視すべき人間"……とだけ」
イアンは臆することなく答える。彼女は怪訝な目を細めるが、その動揺は一瞬のことで、彼女はすぐさま冷ややかな笑みを貼り付け、鼻でせせら笑う。
「人類? ずいぶんと大きく出ましたね。……それで、私が本当に人類の敵だったとでも言うんですか? そんなわけないでしょうに」
「確かに、あなたが人類の敵かどうかまでは分からない」
ヘイブンの余裕をまとった反論に、イアンは一歩も引かずに返す。
「ですが、この国の敵である可能性は、極めて高い」
イアンの合図を受け、アキノエは操作していた画面を再び切り替えた。大型モニターに映し出されたのは、再びヘイブンの緻密な経歴データだ。
「あなたの経歴の違和感はもう一つあります。大学卒業後、1年の空白がある。その期間何があったのかこちらでも調べました」
アキノエが次の資料を映し出す。そこには病院名や、受診日、担当医、診断書番号などが書かれた、どれも正式な行政様式で発行されたデジタル診断書だった。
「当時、あなたは精神疾患を患っていた。約八か月にわたり通院と療養を続け、就労制限の診断まで受けている。もちろんこの診断書は偽造ではないと考えられます」
「はぁ、人の過去を大衆の面前で掘り返して、何がしたいんです?偽造ではないならその期間を疑う必要はないでしょう」
「ですが、これだけではあなたがこの一年もの間、どこで何をしていたのかその詳細を証明できるわけではありません」
「私が身を削る思いで耐え忍んできた一年を否定したいでいただきたい。あの時期は、人と話すことさえ困難だった」
「ほう、では人と会うことは?」
ヘイヴンは、その質問でいよいよ確信にせまり、何を言わせようとしているのか分かった。
「ほとんど会っていませんよ」
欲しかったであろう言葉をそのまま言ってやれば、ヘイヴンの予想通り、アキノエはニヤリと口角を上げる。しかし、イアンの表情は何一つ変わらなかった。
「では、最近誰と会われましたか?例えば……」
ヘイヴンは内心舌打ちをした。
「モードラルの銀行員とか」
イアンの言葉に、ヘイヴンの指先が、組んでいた腕をほんのわずかに強く握り直した。その微細な筋肉の硬直を、イアンの瞳は一瞬たりとも見逃さなかった。
アキノエが端末を叩くと、モニターに映し出された監視カメラの静止画がさらに鮮明に拡大された。
そこには、建物の路地裏でベルナールと向き合うのヘイブンの姿が、紛れもない証拠として映し出されていた。
「この男の名前は、最近行われたフロンティアパートナーズによるヴァルク重工の買収において、売り手側のアドバイザーを務めていた人物です」
会議室の空気が一気に張り詰め、ざわめきが起きる。
「モードラルの人間じゃないか」
「なぜ理財局長が……」
イアンはざわめく室内に視線を巡らせる。
「表向きは銀行員。そして企業の大型買収案件を担当する立場でもある。国の中枢を担う人間が、緊張関係にあるモードラルの関係者と接触していた事自体問題ですが、その背後には国家を揺るがす巨大な何かが潜んでいると考え、我々は調査の手をモードラルまで広げました」
すかさず首相代理は、イアンに鋭い目を向ける。外国にまで捜査が及んでいるとなると、政府の許可が必要だが、首相代理は保安局からそんな打診があった記憶が無い。
「それは独断か」
「はい、処分は甘んじて受け入れます」
イアンは一呼吸置き、ヘイブンへと冷徹な視線を戻す。
「調査範囲をモードラル側へ広げた結果、問題はこれだけではなかった。あなたはこの空白期間、誰にも会っていないとおっしゃいましたよね。……では、これはどういうことでしょうか」
イアンは懐から一枚の古い紙を取り出し、アキノエへと目配せした。すぐさま、大型モニターにその書類をスキャンした画像が映し出される。
「これは、モードラル銀行の人事台帳のコピーです」
その瞬間、ヘイヴンの顔が今日一番の、険しい表情へと歪んだ。
「ネヴェスターでは重要記録の大半がデジタル管理へ移行しています。しかしモードラルは違う。重要な書類の原本は、今も紙で永久保管されている」
スライドに映された台帳を拡大すると、そこには鮮明にアリミ・ヘイヴンと記されていた。
生年月日、最終学歴、これまでの経歴、そのすべてが、彼女のプロフィールと完璧に一致している。そして、そこに記された在籍期間は「八ヶ月」。彼女の経歴にぽっかりと空いていた空白期間と、ピタリと符合していた。
「それだけではありません。行員にあなたの写真を見せた結果、知っていた方が数名いました」
その行員であろう録音を再び室内に流す。
『あぁ、この人の滞在期間は随分短かったけど、何度か顔を合わせたな。なにせ美人だったから、印象に残ってるよ』
男の気さくな声が会議室の壁にこだまし、さらにざわめきが広がる。
「しかしデジタル上の人事記録には、あなたの痕跡は一切存在しませんでした。しかしあなたならそれぐらい消去することなど容易いはずでしょう。ですが皮肉なことに、その不自然さであなたは怪しくなる一方だ。あなたは確かにモードラル銀行にいた。それを隠し通すことは、もう不可能ですよ」
逃げ場を塞ぐように、こちらを睨みつけるヘイヴンを真正面から対抗するように睨み返す。すると、首相代理が口を開く。
「だが、なぜこんなことを?」
当然の疑問だろう。情報が錯綜するなかで考えられるのは、祖国への復讐なのか。だが、それよりも納得できる理由があることをイアンは気づいていた。
「ヘイヴンさん、あなたはモードラルの工作員なのではありませんか?」
その場にいる皆が耳を疑った。ヘイヴンが他国のスパイだとすれば、国の根幹を揺るがすとんでもない事実である。会議室中の視線を一身に浴びながら、ヘイヴンは涼しい顔のまま端末を取り出すと、指先で数回画面を叩き、そのまま耳へ当てる。
なんとこのタイミングで誰かに電話をかけ始めた。
「ちょっと、あなた何を」
アキノエが警戒して声を上げたが、ヘイヴンはそれを完全に無視した。
「もしもし」
端末を耳から離すとスピーカーにする。軽妙な、まったく緊張感のない声が室内に響き渡る。
『平日にかけてくるなんて珍しいね。どうしたの?』
イアンは鋭く目を細め、彼女が一体何を企んでいるのかと睨みつけた。しかしヘイヴンは悠然と構えたまま、端末を軽く振ってみせる。
「ねえ。君の名前は?」
『え? 名前? ふっ、何で急に』
「いいから、答えて。名前は?」
電話の向こうの人物は、こちらの緊迫した空気など露ほども知らない様子で、楽しげに笑い声を返した。だが、次の言葉にイアンは言葉を失った。
『アリミ・ヘイヴンだよ』




