11(8)隠蔽工作
「お言葉ですが、あなたが仰っていることは、リーズ大臣の意向に沿ったものなのでしょうか」
イアンのその言葉に、ギヨームはすこし顔を顰めたのも束の間、すぐに馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「ふっ、当然でしょう」
ギヨームは勝ち誇ったように鼻を鳴らし、ふん反り返る。だが、イアンはその侮蔑の色を帯びた視線を微動だにせず受け止めた。
「確かに、たくさんの犠牲を払い、悲しみを生んだ忌々しき戦争の先頭に立って戦ってきたのは我々です」
イアンの言葉に、ギヨームが不審げに眉をひそめる。
「勝つことよりも、負けないことを念頭に置き、戦争のための戦争となっていることに気づいておきながら、現状を打破しようと動かない。失礼ながら、長く続いた膠着状態の原因はこれまで自国を引っ張ってきたこの星の全てのリーダーや指導者の怠慢だと思っている」
「なんだと?あなたはこの国のみならず他国の歴史も侮辱するんですか?これは不適切な発言だ!」
「どう受け取っていただいても私は構いません。ですが、その被害を被ったのは、この場にいる全員もでしょう」
その言葉に誰もが目をも開く。
「子供の頃からセメクトとの戦争が当たり前で、切っても切り離せない呪縛だと大人に教えられた。そういうものだと誰もが見ないふりをしてきた。ですが、その大人の教えに刃向かい、目を背けなかったから、みなさんはこの場にいるのではありませんか。戦争を終わらせるため、この呪縛から解き放つために政府の中枢へと入ったはずだ」
イアンはさらに視線を鋭くし、議長席で顔を引きつらせるギヨームへと向けた。
「ギヨーム副大臣、あなたは先ほど、戦争に現を抜かしている我々のせいで迷惑をしていると言いました。あなたの仰る通りだ。何百年も国民の不安を煽り、苦しめてきたのは戦略的な打破を怠ってきた防衛省並びに我々保安局の責任です。ですが、セメクトを黙らせる、唯一無二の破壊兵器『アグニ』を開発し、戦争に終止符を打った。終戦を見据え尽力してきたのも、今の防衛省の皆さんだ。彼らは我々を苛んできた呪縛から解き放ってくれた。元防衛技官のあなたも、それくらいご存知でしょう?」
その真摯な称賛に、苦渋に満ちていた防衛省官僚たちの表情が驚きに変わり、やがて深い感慨の色を帯びていった。
「そして、苦境に立たされながらも、この国、ひいてはこの星を守ろうと必死で戦ってきたのは、何十億人もの兵士たちだ。我々が切り捨ててきた兵士たちのためにも、この戦争を教訓とし、これ以上の犠牲を出さないよう、我々も最大限努力をするべきだ」
イアンの深い言葉に、首相の代理官僚が深く頷く。ギヨームもそれに気づき、顔を顰めた。
「それに、この軍事改革は前例がない。つまりは他国に対しても、この国の技術が最前線にあることを知らしめ、強固な防衛体制を誇示して牽制できる」
議長席では、ギヨームが形勢逆転の焦りから立ったまま必死にパソコンの画面や手元の資料を捲り漁っていた。
「今の情勢を鑑みれば、決して悪い話ではないと思いますが」
その言葉にギヨームは、何か重箱の隅をつつくような反論の材料を、血眼になって探し求めているのだ。
「以上です」
それを横目にイアンが着席した瞬間、隣に控えていたアキノエがわずかに口元を緩め、ふっと息を吐き出すように耳元で囁いた。
「……さすがです、局長」
その言葉にイアンも一息つく。堂々と発言をしていたが、ギヨームの出方をうかがいながら、アドリブでどうにか場を収めることができた。
防衛省の代表はマイクを握り、締めようとする。
「では、これにて本日の会議は」
「まて、そもそもこんなものに国を預けて、勝手に暴走でもしたらどうするんだ!」
その議長としての宣言を遮るように、ギヨームが再び机を叩いて怒鳴り声を上げた。
まだ往生際悪く意義を唱え続けるギヨームを一瞥し、イアンは小さくため息をついた。そして、壇上で立ち往生している防衛省の代表へと、静かに目配せを送る。
イアンの視線に気づいた防衛省代表は、小さくうなずくと下がって傍聴側の席へと身を移した。それに代わるように、イアンがゆっくりと歩み出た。
「こんなもの私なら簡単にシステム解析して乗っ取れるぞ。もし他国に乗っ取られたら……おい、聞いてるのか!」
必死の形相でわめき散らすギヨームに対し、イアンは冷ややかな一瞥をくれると、隣に控えるアキノエに視線を送った。
「ギヨームさん、少しは落ち着いたらどうです?アキノエ、お願いね」
「はい」
アキノエは淀みのない動作で自身の端末を操作し、正面の大型モニターへと接続するための準備を淡々と進めていく。
「おい、何を勝手なことをしている!」
ギヨームが慌てて席から身を乗り出し、イアンたちの行動に対して金切り声をあげる。その異様な光景に、何も知らない他の出席者たちも何が起きているのかと顔を見合わせ、ざわざわと不穏なざわめきが広がり始めた。そのざわめきを切り裂くように、イアンは一歩前へ出ると、毅然とした声で言い放った。
「誠に勝手ながら、ここからは私が進行させていただきます」
その言葉に、最前列で険しい顔をしていた首相の代理官僚が声をあげる。
「待て。会議はこれで終わりではないのか? 」
「軍事改革に関する会議は終了となります。我々からは、これよりまったく別の重要な報告をさせていただきます」
「ふざけるな!」
ギヨームがテーブルを叩き、怒鳴り声を上げる。
「私は軍事改革の話し合いのためにこの場に来たんだぞ。ここにいる全員が忙しいんだ、これ以上の茶番に付き合ってられない」
「もちろん皆様が多忙なのは承知の上です。しかし会議の予定枠は1時間半。あと25分もあります」
確かに時計はまだ会議終了時刻の反対を指していた。
「代表には質疑応答を含めて最初の1時間で終えていただき、残りの30分は私に発言の時間を割いていただくよう、あらかじめ私の方からお願いしておりました」
5分過ぎてしまったが、致し方ない。これからの報告には十分な時間だ。
「私どもの勝手な段取りにより、皆様の貴重な時間を変則的な形で占有しますこと、この場を借りて深くお詫び申し上げます」
イアンは一同に深く頭を下げる。その様子を見ながらギヨーム派怪訝な目で口を開く。
「一体、何の報告だ……」
「まず…ギヨーム副大臣、あなたについてです」
ざわざわと騒ぎ立てる中、名指しされた等の本人はさらに顔で、苦虫を噛み潰したような顔でイアンを睨んでいた。
「先ほどあなたは、私なら簡単にシステム解析ができる、と言い放ちました。確かにあなたは、かつて防衛省の官僚でありながら、財政管理や国家準備資産の防衛システムの開発を率いる主席開発リーダーとして、莫大な功績を挙げたことでも有名だ」
イアンの合図とともに、アキノエが操作する大型モニターの画面が切り替わった。そこには、ギヨームのこれまでの経歴と、詳細なキャリアの軌跡が映し出される。
「技術的実績が評価されたあなたは、防衛装備庁から財務省へと引き抜かれ、国家のサイバーインフラとインシデント対応の最高峰である『M of CSIRT』の実務責任者である情報政策課長に就任した。だが、あなたは突然政治家に転身。現在の財務副大臣の座まで上り詰めた」
「それがどうした。私は副大臣として日々職務を全うしている。何か問題でも?」
「いいえ。確かに異例のスピードで副大臣にまで駆け上がった点について気になるところはありますが、言及したいのはその点ではありません」
鋭く睨みつけるギヨームに、正面から目を合わせイアンは続けた。
「私が言及したいのは、M of CSIRTの情報政策課長だった時のあなたです」
その言葉を聞いた瞬間、ギヨームの余裕に満ちていた顔がわずかに強張り、鋭く眉を寄せた。心のどこかで隠し通していたはずの秘密に触れられたことで、微かな動揺と焦りがその瞳に走る。
「……だから、それに何か問題があるのか!」
声を荒らげ、強気に言い返すギヨームに対し、イアンは冷徹な眼光を崩さぬまま、淡々と切り捨てた。
「ええ、問題だらけです」
「はあっ!? 一体何が問題だというんだ、ふざけるな……!」
「サイバー攻撃の隠蔽工作」
その名前が出た瞬間、ギヨームの顔から血の気が完全に引いた。先ほどまでの威勢はどこへやら、声は掠れ、冷や汗が滝のようにその額を伝い落ちる。イアンの合図で、アキノエが大型モニターに新たなデータを一斉に展開した。そこには、ギヨームがM of CSIRTの情報政策課長として君臨していた時期の、緻密なログ改ざんの記録が映し出されている。
「あなたがその座に就いていた時期のデータを洗い直したところ、実に21件もの悪質なサイバー攻撃が確認され、うち17件は未報告だ」
その数字が告げられた瞬間、会議室の空気が一変した。防衛省幹部や官僚たちの間から、抑えきれないどよめきが波のように広がる。
「企業や個人の納税データ、財政管理データ、さらには国家予算の編成案まで。極めて機密性の高いプライバシーおよび企業秘密が、密かに抜き取られていた。全てモードラルからの不正アクセスですが、あなたはこれを一切報告しなかった。なぜです?」
「い、いや……その……」
「これを国家の損失と言わずして、何と言うのか」
さらにアキノエが、ギヨームが手掛けたシステムの脆弱性と、データ流出の相関グラフを大写しにした。
「あなたが開発したシステムが採用されてから、情報漏洩が格段に増えた。やがてこのシステム構造の欠陥と開発者のあなたに懐疑の目が向けられた。このままでは開発者として責任を取ることになり自分の立場が危ない、そう考え隠蔽を企んだ」
「ざわざわ……」と、周囲の視線が冷ややかな疑惑の色を帯びてギヨームに集中する。
「ち、違う! わ、私は……私のせいでは……っ!」
この期に及んで醜態を晒し、必言い訳を絞り出そうとするギヨームに向かって、会議室の片隅から「潔く認めろ…!」と声をあげるのと同時にイアンは口を開く。
「ええ、そうです」
「え?」と、驚きと困惑の色を浮かべて、周囲の者たちが一斉にイアンの方へと振り返った。
「ギヨームさん、わかっていますよ」
イアンのその言葉に、これまで冷や汗を流しながらも必死に顔を下げていたギヨームが、おそるおそる顔を上げた。それは怒りや焦りではなく、何かに怯えているようだった。
「あなたの言う通り、ギヨームさん一人の保身や私利私欲だけで、これほど大規模な国家機密の隠蔽工作を完遂できるわけがない」
このような身の丈を超えた行いを、一人で隠し通せるはずがない。この件を知っているのは、ギヨームだけではない。
「この件にはさらに裏に潜む黒幕がいる」
会議室のどよめきを押し包むように、イアンは静かに、室内を見回す。
「中には、なぜこの会議の場を借りて、わざわざこの件を明るみに出したのか。そう気になっている方もいるでしょう」
ざわついていた官僚や防衛省幹部たちが、再び息を潜めてイアンに注目する。
「理由は単純です。それは、この場でどうしても追及したい人物がいるからだ」
イアンは視線を落とし、椅子に座ったまま固くなっているギヨームへと向けた。
「ギヨームさん。あなたにしか頼めないことがある」
「私に、何を……」
「この場に、どうしても呼んでいただきたい人物がいます」
時計を見ると会議終了時間まで二十分に差し掛かっていた。おそらく、ここへ到着するまでには十分かかる。となれば、タイムリミットは差し引いた十分だ。
「逃げなければの話だけど…」
「来るといいですが」
「流石に来るよ。だからこの場を設けたんだ」
イアンの予報通り、到着の予定時間を大きく前倒し、わずか数分でその人物は現れた。静まり返った重苦しい室内に、扉が開く音が響き渡る。
「急に呼び出して申し訳ない」
平然とした、しかしどこか底の知れない冷たさを含んだ声で、イアンは立ち上がると視線が一斉に扉へと集中し、颯爽とやってきた人物にざわざわと室内が揺らぐ。
二人が顔を合わせるのは初めてではないが、交錯した視線の温度は氷点下でありながら、どちらもその口元には不敵な笑みが浮かんでいる。
「ヘイブンさん」




