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10(7)軍事改革に関する閣僚・幹部合同会議



「ふぅ…」


真っ赤な左目を擦りながら空を見上げる。テラスの夜空は、相変わらず極上で、無風かつ一定の温度なのに、なんだか肌寒く感じる。

四つ目の保管庫を回収し、いよいよ次で最後の保管庫となる。

病院に法律事務所、複合商業施設、様々な建物の地下に潜む保管庫だが、最後はなんと保安局本部の真下だ。ここは監視体制が他とは比べものにならないほど厳しく、ことが起これば保安が即座に動けるという、ルナたちにとっては最悪の環境だ。

とはいえ、短くも長かった3人の作戦も、ここにきて決定的な大詰めを迎えていた。いつ保安局の魔の手が伸びてくるかというヒリついた緊張感が全くないので心の余裕ができている。

このままなんの問題もなく完遂までいけそうだが、リビングから漏れ聞こえてくる話し声に気がついた。ガラス戸の向こうでは、ヘイブンとベルナールが落ち着いた様子で言葉を交わしていた。


「最近、誰かが私の周りを嗅ぎ回っているんだよね」

「なに?」

「おそらく、保安局だと思う」

「何か怪しい素振りでも見せたのか?」

「いーや全く。クリーンなイメージは保っているよ」


実際にヘイブンの言う通り、省内での彼女の評価に揺るぎはない。私利私欲に走るどころか、有能で物静かな優秀な官僚として通っており、悪い噂など微塵もなかった。それなのに、なぜか保安局だけが水面下で彼女の身辺を執拗に調べている。

二人の会話を遠くから静かに眺めていたルナは、リビングの暖かな光の中へ踏み出す。


「何の話しですか?」


ルナの問いかけに、ヘイブンとベルナールはピタリと動きを止めると、リビングの重い空気を切り裂くように、ヘイブンはわずかに口角を上げて優雅に微笑みで見せた。


「実は、保安局が私のことを調べているようなんだ」

「え、だ、大丈夫なんですか……?」


あふれ出る不安を隠しきれないのか、ルナの声がわずかに震えていた。しかし、ヘイブンはまるで他愛のない世間話でもするかのように、涼しい顔で首を横に振った。


「大丈夫。こういうトラブルは珍しいことじゃない」


二人の余裕のある姿勢でそれほど問題ではないことが分かったのか、安堵した様子だった。


「そうだな、お前の経歴詐称もバレることはないだろう」

「え……経歴詐称までしてるんですか?省庁の身辺調査は厳しいって聞きますけど」

「そんなもの宇宙一のハッキングスキルがあれば朝飯前よ」

「…大犯罪者ですね」


ヘイブンはこともなげに、自信満々と言い放って自慢げに笑ってみせた。


「アナログの書類も、ちゃんとすべて回収したんだろう」


ベルナールが横にいるヘイヴンへと軽い調子で確認を入れる。


「もちろん!」


即座に、眩しいほどの笑みを返した。しかし次の瞬間、ヘイヴンはふと動きを止め、どこか信じられないものを見るような目でゆっくりとベルナールに視線を固定した。


「……今、なんて?」

「だからお前のほうで、古い書類はしっかり処分してあるよな?」


その言葉を聞いた瞬間、ルナの顔から血の気がサーッと引いていくのが分かった。作り笑いを張り付けたまま、全身の毛穴から冷や汗が噴き出す。まるで頭から冷たい水を浴びせかけられたかのような悪寒が、背筋を這い上がった。横にいたベルナールも、ルナのただならぬ様子を敏感に察知する。


「お前、まさか……」


ベルナールは舌打ちをすると、すぐさまかけてあったコートとスーツを掴むと焦りを隠しきれない足取りで、部屋を飛び出していった。

残された静けさの中、固まったままのヘイブンの顔を覗く。


「あの、何かまずいことが…?」


質問を投げかけられたヘイブンは、先ほどまでの余裕を完全に消し去り、その場で固まったまま微動だにしなかった。冷や汗が一筋、彼女の額を伝うとヘイブンはゆっくりと深い深呼吸をした。


「…実はね?」




「まあこんなもんか」


イアンの手元の端末スクリーンに映し出されているのは、プレゼンテーション用に作成してもらったスライド資料で、確認のため目を通していた。数時間後に控えた国家軍事改革に関する閣僚・幹部合同説明会のためのデータが整然と並んでいる。本格的なアンドロイド兵士の導入には、さまざまな問題があるが、まずは承認が必要だ。

つい最近まで、導入には技術的に厳しいと報告を受けていたが、以前アキノエに話したイアンの提案がそのまま採用されたらしい。というより、元々マスター機能に関しては議論されており、研究も進んでいた。そしてイアンの助言により、うまくまとまったということだ。これだけ速く、上申に踏み切れたのはそれが理由だ。


「会議は苦手なんですよね〜」


この軍事改革を先頭で進めているのは防衛省だが、その恩恵を受けるのは直接現場へと向かう保安局だ。前例のない軍事改革のため、単なる武器の調達に留まらず、この国の盾を新規一新するという抜本的なものになる。実力組織と治安維持の双方を握るイアンも出席しなけらばならない。

国の安全保障を一手に引き受ける巨大組織のトップに立つイアンなので、政府からも一目置かれる存在だが、今回の出席メンバーは少し精神的にくる。しかし、だからこそ今回は出席しなければならない。やらなければならないことがあるからだ。

背後から足音が近づき、アキノエが静かに姿を現す。


「プレゼンのスライド資料、そっちも仕上がった?」


イアンはスクリーンから目を離さぬまま問いかけるも、アキノエは軽くタブレットを操作し、完成したばかりのスライドデータをイアンの端末へと転送した。


「はい、こちらも完璧にまとまっています。少し甘い調査でしたが、隙はありません」


アキノエの言葉に、イアンは満足げにうなずき、スライドのページをめくる。これから仕掛けるのは、軍事改革だけではない。調査の末にようやく掴んだ敵国からの試客の尻尾だ。


「予定では1時間半だが、絶対に30分で終わらせるよ」

「はい」





「軍事改革に関する閣僚・幹部合同会議」の会場。


「本機は、兵士一人につき専属で一体、あるいはそれ以上が紐づくマスター・システムを採用しています。登録されたマスターが半径十メートル以内に接近することで自動起動し、個々の端末からの遠隔起動も可能。圧倒的な持続力を活かした過酷な物資運搬や、高精度なセンサーによる敵陣の索敵・位置特定など、あらゆるサポートを遂行します」


会議室の中央では、フロンティアパートナーズの開発責任者が壇上に立ち、大型モニターを操作しながら淡々とプレゼンテーションを行っていた。防衛省の統合幕僚長や先端装備開発の責任者たちに加え、保安局のトップである保安局長イアンと補佐のアキノエ、さらに政府中枢の意向を代弁する首相の代理も険しい顔で同席していた。


「……リーズ財務大臣はいないようですね」


そのアキノエの確認に、視線を向けるとリーズ財務大臣の姿はなく、財務省から出席しているのは副大臣のみ。


「そして最大の特長は、マスターの指示に絶対的に従う高い戦闘能力です。その身を盾にしてマスターを護衛するだけでなく、時には最前線に投入される単独の傭兵としても機能します」


防衛省の幹部たちが身を乗り出し、イアンが値踏みするような目を細める。フロンティアパートナーズの開発責任者が一通りの機密仕様とスペックの解説を終えると、続いて防衛省の代表が壇上のマイクへと歩み出た。


「この自律兵器の導入は、ネヴェスターの防衛力を飛躍的に底上げするだけでなく、現場の兵士たちの生存率を劇的に引き上げるものとなります。これは、我々のドクトリンを根本から塗り替える切り札となるでしょう」


力強く言い切ると、その言葉に、防衛省幹部たちが深くうなずき、首相の代理官僚も険しい表情のままパソコンに何かを打ち込んでいた。イアンは依然として腕を組んだまま、時折時計を確認していた。


会議はそのまま質疑応答へと移行した。

出席者からいくつかの技術的な質問が飛び交い、それらが手際よく処理されていき会場がわずかな静けさに包まれたその時、議長席から不愉快な濁声が響いた。


「はい」


その声にイアンは腕を組んだままため息を吐く。口を開いたのは副大臣のギヨームだった。


「問題はここからだよ…」


イアンは独り言のように呟く。


「そもそもねこれ、一人につき一体ってどんだけ予算積まなきゃならないと思ってるんだよ」


壇上の防衛省代表が、わずかにたじろぎながら答える。


「あ、ですから、いきなり全軍へ一気に導入するわけではなく、段階的に生産・配備を進めていき、順次……」

「理屈はいいんだよ。順次だろうがなんだろうが、初期投資の段階で巨額の国費が吹き飛ぶことに変わりはないんだ。こっちは財政再建で頭を悩ませてんだよ」

「財政状況や国家予算への圧迫は十分に鑑みております」


そう来ると分かっていたかのように、ギヨームの言い分を受け止める。


「だからこそ、今回は一括での大規模調達ではなく、段階的な生産と数年にわたる分次配備のスケジュールを組んでおります。初期投資の負担を可能な限り平準化しつつ、長期的な維持コストの削減と兵士の人的損失に伴う社会的補償コストの軽減を総合的に考慮した結果、財政健全化の目標値とも十分に整合する形となっています。決して無謀な歳出要求では…」

「段階的だろうが何だろうが、金が出ていく事実に変わりはない。そもそもお宅らが長々と戦争に現を抜かしてるせいで、財政赤字を避けるために迷惑してるのはこっちなんだよ」


この言葉は、保安局長であるイアンにも向けているのだろう。確かにギヨームの言う通り、昨今は財政悪化気味でその原因の筆頭が戦争だ。


「ですがその戦争はもう…」

「だったら、なおのことこんなガラクタは必要ないだろう。それに国家の主要資源がここに来て枯渇気味なのは、つい最近問題になったばかりなのをもうをお忘れなのか?」


アキノエは隣に立つイアンにわずかに体を寄せ、小声で呟く。


「容赦ないですね」

「実際ギヨームの言っていることは正しい」


「私たちは国の予算を握っている。このネヴェスターの根幹を握っているんだよ。だからこそ我々がこんな身勝手な案を認めるわけにはいかない。利益よりも不利益がもたらされることは明らかであり、国家の損失だ。ほら、どうなんだ。何も弁明はないのか?」


財政難と資源の枯渇を盾に、力ずくで計画を握り潰そうとするギヨーム。意義を唱えようとも隙がない物言いに、防衛省の面々が険しい表情で押し黙る。ギヨームは勝ち誇った笑みを浮かべ、壇上を威圧するように見据えられ、防衛省の代表も怯み冷や汗を浮かべながらも、震える声を絞り出す。


「で、ですが……これで失われる人間の命も、確実に減るはずです」

「失われる命ね……ふん、保安局の人間たちのことかな」


ギヨームは吐き捨てるように嘲笑を浮かべると、会議室の隅に冷ややかな視線を向けた。


「ではそのトップに立っている局長の意見も聞きたいものだな」


それは、あきらかに見下したような侮蔑の色を帯びた言い方で防衛省の官僚たちが息を呑み、保安局の側近たちがわずかに険しい表情を浮かべる中、当のイアンは微動だにせずその様子に全出席者の視線が一点に集中すると、ゆっくりと立ち上がった。



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