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忘れてください

菜穂は以前、楓に"期待しますよ"と言われたことを思い出した。

何も返す言葉が思い浮かばない。


期待?期待って何を?

私が"大事"って、"好き"って言って、楓が期待って。

え?


何も気づかないでいられるほど、私は鈍感ではなかった。


まだ分からない。

楓が直接言ったわけじゃない。


でも、会話の流れを考えたら"それ"以外の正解が見つからない。

でもどうして?

そんなことある?


いつからーーーー?


菜穂はそう思いながら重ねられた手を見た。


じゃあ、この手の意味は…?


菜穂が手を見つめると、楓は菜穂の視線に気づいたのか、自分も手を見つめた。

離そうとはせず。菜穂の手に重ねた手に、楓の力が加わった。


瞬間、ドクン、と心臓が鳴った。


菜穂はそのことに驚き、一人でただビクッとなった。


菜穂の挙動に気づいた楓は少しハッとしたような表情を浮かべた。


「…先輩」


そう言われ菜穂が楓を見つめると、楓は菜穂の顔を覗き込むように、小さな声で呟くように言った。


「兄ちゃんのこと、好きですか…?」


そう言われた瞬間、また楓の手がぎゅっと、菜穂の手を握り締めた。




菜穂は何も答えないまま沈黙し、目を泳がせながら「えっと…」と呟いた。


菜穂の反応を見て、楓は眉をひそめ、菜穂の手をぎゅっと握ると、手を離した。

菜穂は「えっ」と呟き、離した楓の手を見た。


「…すいません、変なこと聞いて。っていうか、当然のこと聞きました。忘れて下さい」


楓はそう言うと苦笑し、菜穂の顔を見た。

菜穂は一度目を泳がせると、笑みを作った。


「う、うん…!忘れる忘れる〜…!」


菜穂はそう言うと立ち上がり、楓を振り返った。


「ごめん…!私も変なこと言っちゃった!忘れて。ああ、何の話してたんだっけ〜?はは…」


そう言う菜穂を見つめ、楓はゆっくりと立ち上がり、気まずそうに楓に背を向ける菜穂に歩み寄った。



菜穂が楓の方を見て「じゃそろそろ帰ーーーー」と言いかけた時、楓は菜穂の目の前に来て、そのまま菜穂を抱き寄せた。



「えっ…?!」


菜穂は目を見開き、ビクッとした。


「か…えで…?」


菜穂が呟くと、楓は菜穂を抱き寄せる腕にぎゅっと力を込め、10秒ほどしたあと、すぐに離れた。




「…今のも、忘れてください」




菜穂は目を見開きながら楓を見上げ、楓はクスッと微笑むとベンチに置いたリュックを背負い「帰りましょう」と言った。


菜穂は「…あ、う、うん…!だね!」と微笑み、自分もリュックを背負った。




******




歩き始めると、楓は何事もなかったようにいつも通り他愛のない話をし始めた。

菜穂はぎこちなく返答をしながら、2人はいつも分かれる道に着いた。


「…じゃ、じゃあまた学校で。いや、バイトかな?」


菜穂が言うと、楓は微笑んだ。


「はい。まあ、学校かバイトー…どっちかで会えますね」


「うん…」菜穂は苦笑した。


「あの」


「えっ、ん?」



「…俺は忘れないです。今日のこと」



楓が言うと、菜穂は「えっ」と呟いた。


「…菜穂先輩が、俺のこと"大事"だって、"好き"だって言ってくれた今日のこと…それが例えどんな意味だったとしても、嬉しい気持ちに変わりはありません。どっちでもいいです。意味なんか無くても、それでも…そんな言葉をくれた今日のこと、菜穂先輩が忘れても、俺は忘れられるわけなんてないです。後悔もしてません。でも…すみません」


楓はそう言って菜穂に会釈すると、「…じゃあまた」と呟き、菜穂に背を向けて歩いて行った。



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