もう迷わない
楓は家に帰ると、玄関で靴を確認した。
光の靴は既にある。
楓は2階へ上がり、光の部屋の前で立ち止まって深呼吸をした。
ノックをすると、「んー?」と光の声が聞こえた。
楓はまた息を吸ってドアを開けた。
「…兄ちゃん、ちょっといい?」
楓はそう言って光の部屋に入った。
勉強していた光はペンを置き、椅子のままくるりと回って楓を見上げた。
楓は「ごめん、急に」と言ってカーペットの上に座った。
「ん?いいよ。どうしたの?」
光は微笑み、自分もカーペットの上に座った。
兄ちゃんが俺を"信じる"と言ったあの日と同じ構造なのが皮肉だと思った。
楓は優しく微笑む光を見て胸が痛んだ。
でも、もう迷わない。
飛鳥ちゃんの想いを無駄にはできない。
それに、やっぱりあの日の菜穂先輩のこと、ちゃんと聞きたい。
俺が"兄ちゃんを好きか"と聞いたあの日、俺が手を握ったあの日、俺が抱きしめたあの日。
あの日の菜穂先輩の気持ちを、今度は逃げずに聞きたい。
その為には兄ちゃんに話さなきゃいけないことがある。
「楓?どうしたー?」
光は微笑み、不思議そうに楓を見た。
楓は顔を上げ、光を見た。
「俺ね、彼女と別れたんだよね」
「え、あ、そうなの?」
光は苦笑した。
楓は小さく深呼吸をしてから口を開いた。
「それで...俺、もう遠慮するのやめていいかな。ごめん」
楓がそう言うと、光は「...えっ」と呟いて楓の顔を見た。
楓は少しだけ気まずそうに俯き、顔を上げて光を見た。
「どういうこと...?あと、ごめんって何?何に対してのごめんなの..?」
光は不安気な表情を浮かべて言った。
きっともう何のことかは分かっている。
「...全部、自分の気持ちに蓋してた。兄ちゃんと向き合うのが怖かった。でも、やっぱり聞きたいことがたくさんある。知りたいことがたくさんある。このまま自分の気持ちが消えてくれるとは思えない。だから、ごめん。あと、嘘ついてごめん」
楓がそう言い、光は静かに首を横に振った。
「質問の答えになってないよ...分かんないよ、楓。気持ちって?嘘ってなに....!?」
「...兄ちゃんが俺を信じるって言ってくれた日の質問。俺、嘘ついた。だから、ごめん」
「....菜穂に何するつもり?」
「何もしないよ。でも、俺の気持ちは伝えたいと思ってる」
楓がそう言うと、光は唖然とした様子でただ楓を見つめた。




