9話
ドレスの問題が片付いたと安心したのも束の間。楽さんはらんちゃんに対して、思ってもみないことを言った。
「そんじゃ、ドレスの問題は片付いたし、こっちもとっとと片付けようぜ!」
そう言って、らんちゃんの肩を持ってくるりと体の向きを変えると
「アルフレッド様に、言いたいこと全部言っちゃいなよ!」と、言った。
「!?」
驚いたのは、私だけじゃない。言われた本人はもちろん、会場中の令嬢令息、ついでに名前を出されたアルフレッドも驚いている。
「えっ? アルフレッド様に? なんで? あたしは別に……」
「ダメよ。こういうことははっきりさせないと、また、あんたが悪者にされちゃうよ」
「!!」
一瞬にして、らんちゃんの表情が強張った。
らんちゃんと楽さんは、1年でも同じクラスだった。2人が親しげに話すのを見たことはなかったけれど、らんちゃんが悪者にされかけた時に、楽さんはらんちゃんを助けてくれたんだろう。らんちゃんの目には、楽さんへの信頼が見てとれる。
小さい頃からの親友なのに、前世でも今世でもらんちゃんの力になれない不甲斐なさを内心で抱えながら、2人の話に耳を傾ける。
「マツっちは、アルフレッド殿下を騙した訳じゃないんでしょ?」
「もちろんです!」
「殿下が勝手に誤解しただけなのね?」
「おい! 黙って聞いていれば、不敬が過ぎるぞ!」
『勝手に誤解した』と言われ、アルフレッドが憤慨して口を挟むが、それを止めたのは、黒川先生。
「アルフレッド様。少し黙ってていただけますか? 王族を騙したとなれば、その罪は一族にも及ぶほどの重罪です」
確かに。このままだと、爵位の剥奪や、家のお取りつぶしなんてことにもなりかねない。
「私は、この場でマリア様自身に弁明させる必要があると思います」
「ふん! そんな平民上がりの戯言を、なぜこの私が、聞いてやらなければならないんだ?」
「『己の権力をかさにきて、立場の弱い者を虐げる』殿下ご自身が私に仰った言葉ですわね?」
「それがどうした?」
「お人形のように飾りたてて連れて来たにも関わらず、途中で放置。さらに『騙された』と糾弾し、弁明の機会すら与えない。それでは、あまりにもマリア様がお気の毒です」
「……」
さすがのアルフレッドも返す言葉がないのか、不貞腐れたような顔をして黙った。
「殿下も納得してくれましたので、話してくれますか?」
「あの、話すって、何から……」
「そうですね。まずは、学年も違うマリア様とアルフレッド様が親しくなった経緯から」
「はい。えっと……アルフレッド様と初めてお話ししたのは、あたしが入学した日です。教室が分からなくて迷っているうちに、3年の教室棟に迷い込んじゃって。アルフレッド様は、親切に1年の教室棟まで送ってくださいました」
ありがちな出会いに、この世界は乙女ゲームかそれに近い世界なんだと確信する。
「えっと……あたし、すごい方向音痴で。教室の場所がわからなくて困っていると、いつもアルフレッド様が連れて行ってくれてました」
アルフレッドは『うんうん』と満足そうに頷いているけれど、らんちゃんの話には、気にかかることがある。
初めの出会いはともかく、学年の違うらんちゃんを『いつも』アルフレッドが助けるなんて、少し不自然だ。
『少し』だった不自然さは、話が進むうちに『少し』どころでなくなった。
「ヒルダと仲良くなってからは、ヒルダが連れて行ってくれるので迷うことはなくなりました。だけど、アルフレッド様とはご縁があるようで、教室の移動中とか、お昼休みとか、授業が終わった後とか。毎日のように偶然お会いする機会がありまして、アルフレッド様はいつも気さくにお声をかけてくださいました。それで、親しくなりました」
身分の違う2人が親しくなっていくこういう過程は、乙女ゲーム世界では普通なんだろう。らんちゃんやアルフレッドの言葉を素直に聞けば、よほど『ご縁』があるのだと受け止められる。
だけど、前世日本の価値観を持ってしまうと、別の可能性が浮上する。
『アルフレッドは、らんちゃんをストーカーしてたんじゃないか?』
アルフレッドの権力を考えれば、らんちゃんの動向を探るのは簡単だろう。
最初の出会いで一目惚れした後、偶然を装って何度もらんちゃんの前に現れ、親密になって行ったんじゃないかと勘繰れてしまう。
「ほんとに偶然?」
「約束もなく、毎日会える?」
「学年も違うのに?」
「無理すぎ」
「もしかして……ストーカー?」
「従者に付けさせて?」
「権力者あるある」
「うわっ」
「きっも」
「ありえない……」
同じ転生者である元クラスメイトたちも、私と同じように思ったらしい。ひそひそ声で、言いたい放題言っている。
「広い学園内。学年の違うマリアと何度も邂逅するなど、私とマリアは、よほどの縁があるのだろう」
みんなの声が聞こえていないストーカー王子は、らんちゃんとの『作られたであろう縁』に胸を張った。転生令嬢たちの冷たい視線に、少しも気付かずに。
一方、同じ前世日本の記憶を持つはずのらんちゃんは、にこにこ笑って「そのようですね」と、アルフレッドに変わらず好意的なのが気になった。
前世のらんちゃんは、ストーカーもどきにすごく敏感だ。私が気にもしない遭遇でも、痴漢や変質者ぞゃないかと、疑う癖がついていた。それが、私ですらストーカーを疑うようなアルフレッドに対し、全く警戒していないなんて。
『らんちゃん、アルフレッドが好きなのかな? それとも、ゲームの強制力ってやつ?』
前世のらんちゃんとは別人のような天真爛漫な言動、他人を疑うことを知らない素直さ。これら全てが、ゲームの強制力が原因なのかと疑ってしまう。
黒川先生は、アルフレッドを冷たく一瞥すると、前世とは別人のようならんちゃんに、小さい子どもに語りかけるような優しい声で尋ねる。
「アルフレッド様とマリア様にご縁があることは分かったわ。それで、お2人は、どのようなお話をなさってたの?」
「クラウディア。貴様は、プライベートな会話に口を挟む気なのか?」
すかさず、アルフレッドが割って入る。
黒川先生は、らんちゃんに向けたのとは全く違う鋭い声で返す。
「いいえ。私は、真相を知りたいだけですわ。先ほどアルフレッド様は、私がマリア様を『蔑み貶めた』とおっしゃいましたが、私はそのようなことをしておりません。マリア様がアルフレッド様に対して虚偽の報告をなさったのかどうかを、知りたいだけでございます」
「……」
ど正論でアルフレッドを黙らせると、黒川先生は、再びらんちゃんに微笑みかけて聞いた。
「大体でいいの。いつも、どんな話をなさってたの?」
「普通の世間話ですよ」
「具体的に教えてくれる?」
「えっと……お天気のこととか、きれいな花が咲いていたとか、寮の食事がおいしいとか……」
当たり障りのない平和な会話だったのは、最初だけだった。
「学園生活で困っていることはないかと聞かれたので、授業についていけなくて、先生に叱られた話をしたことがあります」
「それについて、アルフレッド様は何かおっしゃりました?」
「はい。アルフレッド様は『教師の教え方が悪い』とか『教師の横暴だ』と、私に寄り添って怒ってくれてました。あ! でも最近は、ヒルダに勉強を見てもらってるので、少しずつ授業に付いていけるようになりましたし、先生に怒られることもなくなりました」
この話を聞いて、以前、歴史の先生がため息混じりで言っていたことを思い出した。
「1年の先生が、2人も辞めてしまった。新しい先生が入るまでみんなにも迷惑かけると思うが、許して欲しい」
その時は『2人も突然辞められるなんて、何があったんだろう』なんて呑気に思っていたけれど、今の話を聞いて、アルフレッドが辞めさせたのかもしれないと勘繰ってしまった。
「他には? 他の生徒たちと諍いがあったということはないの?」
黒川先生が、とうとう核心に迫る質問をした。
もし、アルフレッドに他の生徒と諍いがあったと話していたとすれば、らんちゃんの立場が危うくなる。下手をすれば、王子や公爵令嬢を陥れようとした罪に問われるかもしれない。
「諍いと言うか……注意されたことは何度かありました。落ち着きがないとか、騒がしいとか、はしたないとか。気を付けてるつもりでも、市井育ちの癖が時々出てしまって」
質問の重大さに全く気付いていないらんちゃんは、ペロリと舌を出して言った。
かわいらしい仕草だけれど、貴族令嬢としては、確かにはしたない。これは、注意したくなる気持ちも分かる。
「そのことも、アルフレッド様にお話ししたの?」
「はい、しました。市井での癖を、学園にいる間にしっかり直さないとって話したら『マリアはそのままでいい』と慰めてくださいました。でも、やっぱり貴族になったのなら、それらしい振る舞いをしないといけないと思ってますので、注意してもらえたことに感謝をしてますともお伝えしたのですが……」
「マリアは優しいからな。暴言を吐くような輩でも、庇ってしまうのだ」
「そんなことないです。正しい振る舞いを教えようとしてくれて……」
「分かった、もう良い。マリアが善良な人間であることを、私はよく分かっている」
『いや、分かってないだろう!』
ここまでの話で十分に分かった。アルフレッドの勝手な解釈と思い込みが暴走して、今回の騒動を引き起こしたのだろう。ただただ、迷惑でしかない。
らんちゃんの話を聞くまでらんちゃんに向けられていた責めるような視線は、今は完全にアルフレッドに向いている。
他人の話をきちんと聞かず、勝手な解釈をして思い込む。その上、らんちゃんをストーカーしていた疑いまであるのだ。
らんちゃんの潔白は証明されて話も終わりだと思った私に対して、黒川先生の追及は終わらなかった。




