8話
「そうですか。では、1つづつ、確認させていただきます」
黒川先生は、左手を腰に当て、右手の中指で目の間を触ってから問いただす。完全に、先生モードだ。
「まずは靴です。マリア様に、なぜ、あんな高いヒールの靴を贈ったのですか?」
「マリアは小柄だからな。僕と並んだ時に釣り合いが取れるよう、少し高めのヒールにしたのだ」
「少し? 歩くのが困難なほど高いヒールが『少し』ですか?」
「僕が支えてやっていれば、決して困難ではない」
「今日は、舞踏会ですよ。あんな靴で、支えがあったとして、踊れると思っていたのですか?」
「市井育ちのマリアは、ダンスはできないと言っていた。1年生だし、今年は踊らなくても良いと思ったのだ」
舞踏会といいつつも、ダンスに自信がないとか、相手がいないとかで、踊らない人は結構いる。かくいう私も、去年は1回も踊らなかった。そして、多分今年も(泣)
「ではなぜ、今、あなたはマリア様の隣にいないのですか?」
「私は、マリアに騙されていた。なんで、そんな女を……」
「そんなことは、聞いておりません!」
黒川先生が、アルフレッドの言葉をピシャリと遮る。
「支えてあげることを前提とした靴を用意したのなら、最後まで、マリア様をお支えする義務が、あなたにはあります。それを、勝手に放り出すなんて。無責任にもほどがあります!」
「いや、だから、事情が変わったから……」
「あなたの事情で、あんな靴を穿かされたマリア様を、『また』あなたの事情で放り出したというのですか?」
「だから、それは……」
「支えてあげられないのなら、代わりの靴を用意するなり、他の方に委ねるべきだったのです」
なんか、身勝手にペットを捨てる人への説教みたいだなと思ったけど、アルフレッドがやり込められている姿が面白いので、黙って見学することにする。
「なんで、僕がそこまでしなきゃ……」
少しも悪いと思っていないアルフレッドを、黒川先生は冷ややかに睨んで黙らせた。
「次に……」
黒川先生は、右手の中指で目の間を触って、言葉を続けた。
「なぜ、マリア様にあんなドレスを贈ったのですか?」
「似合うと思ったからに、決まっているだろう。それともあれか? マリアにだけ、ドレスを贈ったのが気に食わないのか? それとも、僕の瞳の色と同じ水色なのが気に食わないのか?」
勝ち誇ったようにふんぞり返るアルフレッドが、腹立たしい。
「そんなことは、気にしていません」
アルフレッドの最低な行いに、さすがの黒川先生も怒り狂っているのかと思っていたら、ドレスのことでは、全く怒っていないらしい。
「本格的な社交の場でない学園の舞踏会で、恋人や婚約者にドレスを贈る慣習はありませんので」
拍子抜けしたと同時に、ちょっと安心した。
現世でも友人の多くない私は、高位貴族の人たちは、婚約者や恋人に贈ってもらったドレスを着ていると思って、羨ましく思っていた。
親に用意してもらえたドレスは、この1着きり。奇跡的に恋人ができたら、新しいドレスを贈ってもらえるんじゃないかと、ちょっと期待していたけれど。そっか、恋人ができても、学生の間は、ドレスをもらえないのか……
『本格的な社交界デビューを果たす時は、新しいドレスを作ってくれると信じてるよ! お父様!』
「私が聞きたいのは、なぜマリア様に、学園の舞踏会に相応しくないドレスを贈ったかと聞いているんです!」
学園の舞踏会に相応しくないと聞いて、アルフレッドの体に隠れて気付かなかったらんちゃんのドレスの『相応しくない』ところがハッキリと分かった。
らんちゃんのドレスのスカートと肩袖は、ふんわりレースで彩られてとても可愛らしい。なのに、胸元は大胆に開いていて、胸の谷間と豊満さを見せつけている。
『未成年の着るドレスじゃない!』
可愛らしさを装ってはいるが、あれは、大人が着る本格的な夜会のドレスだ。未成年、特に、婚約者のいない女性が着るようなドレスじゃない。現にここにいる令嬢の中で、らんちゃんのような胸元の開いたドレスを着ている人は、1人もいない。
成熟した女性が着るものとされる胸元の開いたドレスを未成年が着れば、良くてマセガキ、悪ければ娼婦まがいのことをしていると思われてしまうだろうほど、品がないとされる。
他の男子生徒に比べて派手な格好のアルフレッドと一緒にいたのと、アルフレッドにベッタリで、ドレスの胸元があんなに開いていることに気付かなかったからあまり違和感を感じなかったけれど、らんちゃん1人になると、場違い感が半端ない。
「そ、それはだな……何度も言うように、マリアに一番似合うと思ったからだ。実際、よく似合っているだろう? マリアはおまえと違って、スタイルも良いのだからな」
そう言って、アルフレッドがにやりといやらしく笑った瞬間、らんちゃんの顔が真っ赤に染まり、胸を隠すように胸の前で手を組んだ。
それは、前世で何度も見たらんちゃんの姿。大き過ぎる胸を、男子の不躾な視線から隠そうとしている姿だ。
『あんの、スケベ王子が……』
転生しても、大きな胸のせいで理不尽な目にあわせられている親友に、また、自覚なくそんな目に合わせたアルフレッドに対して、体が震えるほど怒りが湧いてくる。
『アルフレッドが王子じゃなくて、私がもっと高位の貴族だったら、ぶん殴ってやるのに!』
そう思いながらも、私にできることは何もない。この場から、上手くらんちゃんを退出させることができたら、いくらでも慰めることはできる。だけど、前世よりしがらみの多い現世では、縮こまって震える親友に、声をかけることすらできない。
「どうしたんだい? マリア。気分でも悪いの?」
ヒルダ様がらんちゃんを気遣って声をかけてくれるけれど、空気の読めないヒルダ様は、らんちゃんが俯いている理由が分からないらしい。
『黒川先生とアルフレッドのやり取りを聞いていなかったのか、何が問題なのか理解できないのか、どっちだ? どっちもか?』
「そうよ。気分が悪いの」
膠着する空気を破るように声を上げたのは、ライラ様こと楽さんだった。
楽さんは、らんちゃんに歩み寄ると、肩にかけていたショールをするりと解いて、らんちゃんの肩にふわりとかけた。
「あんたって、前世でも今世でも、変な男にばっか絡まれるよねー。同情するわー」
そう言いながら、するりとショールの前をリボン結びにする。
結び終わると少し離れ、らんちゃんの姿をまじまじと見る。そして「よし!」と、満足そうに頷いた。
「あの……楽さん?」
「おっひさー! マツっち!」
楽さんが満面の笑顔で敬礼のポーズをすると、らんちゃんの強張っていた表情が、ゆっくりと解けていく。
「なになに? ずいぶん雰囲気変わったなーって思ってたらさー、まーた変な男に絡まれてんの? あんたも大変ねー」
「あの……楽さん。これ……」
らんちゃんが、胸の前でリボン結びになっているショールを指差して尋ねると、楽さんはあっけらかんと笑って言う。
「その方が絶対可愛いから、巻いておきなよー!」
「でも、だけど、楽さんは……」
「あたしのドレスは、ショールがあってもなくても、あたしを最強に美しくしてるから、いいの!」
そう言って、楽さんはらんちゃんにウインクした。
確かに、楽さんのホルターネックのドレスは大人っぽいけれど、大人っぽい楽さんにとても似合っている。ショールで肩を隠した方が上品ではあるものの、ないとおかしいと言うほどでもない。
らんちゃんも同じことを思ったのだろう、楽さんに結んでもらったショールの結び目をそっと撫でると、朗らかに笑って言った。
「ありがとう、楽さん! これ、借りるね!」
『らんちゃん! 言葉遣いー!』
前世はクラスメイトでも、現世では上級生。しかも、男爵よりずっと高位の伯爵家のご令嬢相手にため口を聞いたことに少しヒヤッとしたけれど、楽さんは全く気にしていない様子で、らんちゃんににっこり笑いかけた。
『言葉遣いで言ったら、楽さんもかなり酷かったもんな……』




