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6話

「樋口さんが、ナブラチロワ家のお姫様だったのね? 御当主様から、お話は伺っているわ」


 ここにいるほとんどの人が、ナブラチロワ家に娘がいることを知らなかったみたいだけれど、黒川先生は知ってたようだ。さすがは、公爵令嬢。

 それに引き換え、アルフレッドは他の令息同様、ぽかんと口を開けて、樋口さんことヒルダ様を見つめている。

 仮にも王子が、そんな間抜け面を晒していいのかと思ったけれど、これまで醜態を晒しまくってるから、今更だなとも思うけど。



「先生、父の話は後ほど。こっちを先に片付けてしまいましょう」


 ヒルダ様の満面の笑顔は、アルフレッドに向き直った途端、険しい表情に変わった。


「ナブラチロワ家の名において、私は友人マリアを害するような行いは、決してしていないと断言する!」


「!!」


 ここに来て、アルフレッドが初めて怯んだ。


「同時に、クラウディア様が、マリアに嫌がらせを行っていないことも断言しよう!」


「なっ……なぜ、断言できる!? クラウディアが、他の生徒にやらせたかもしれないではないか!?」


「では、誰にどんな嫌がらせをやらせたとおっしゃるのですか? 私が先ほど申したように、マリアはいささかそそっかしいところがあるので、失せ物や忘れ物がとても多いです。そして、そのほとんどはすぐに見つかっています。マリアは、誰にどんな嫌がらせをされたのですか?」


「くっ!」


 アルフレッドが、小さくうめいて悔しそうに唇を噛む。




「アルフレッド殿下。発言をお許しください」


 次に進み出てきたのは、亜麻色の長いストレート髪のご令嬢。知らない顔だから、彼女も1年生だろう。


「アイリーン・リバースと申します」


 アイリーン様が、アルフレッドにきれいな淑女の礼をすると、真剣な顔で話し始めた。


「私もマリア様と同じクラスですが、彼女が嫌がらせを受けているところを見たことはありません。ただ、彼女は市政育ちのせいか、男子生徒に必要以上に親しく接することがあるので、それを注意したことは何度かあります」


「そうです! 婚約者がいる方もいるので、必要以上に男性に触れてはなりませんと、私も注意したことがあります!」


 名乗りもせず、突然出て来て叫ぶように言ったのは、波打つブルネットの髪のご令嬢。

 発言の許可を得てない上に名乗りもしない彼女が不敬罪で罰せられないかハラハラしていたけれど、すぐにそれどころではなくなった。



「そうです! はしたないからやめた方がいいとお伝えしたのに、全くやめませんでした!」


「いつかは、噴水に落としたハンカチを、男子生徒に取らせていました! ハンカチくらい諦めればいいのに、泣いて男子にねだるのです!」


「私は、マリア様がつまづいて散らかした物を、男子生徒に拾わせているところを見ました」


「まあ、ひどい! 男子生徒は、マリア様の従者ではありませんのに!」



 次々と出てくるマリア様の失態に、親友を公言するヒルダ様は困ったように笑うだけで、反論も庇う言葉も何も言わない。

 その様子から、令嬢たちが言っていることは全て事実なのだろうと思ったのと同時に、いかにも乙女ゲームのヒロインらしいなとも思った。



 舞踏会でアルフレッドが婚約破棄を言い放った時から、薄々は感じていた。王子を始め、多くの男子を虜にする市井育ちの可憐な美少女。まさに、乙女ゲームのヒロイン!

 本当なら婚約破棄が成立して、アルフレッドとマリア様がくっ付いてハッピーエンドってなるんだろうけれど、なぜか、エンディング直前で前世を思い出したために、形勢が逆転してしまった。


『あれ? これって、断罪返しってやつかな?』


 あまり詳しくないけど、乙女ゲームのヒロインが断罪しようとして逆にやり返されるパターンもあると、らんちゃんに聞いたことがある。



 幼なじみの松田蘭ことらんちゃんは、ゲームに漫画、アニメやライトノベルのみならず、WEB小説まで嗜む広く浅い系のオタクだ。

 らんちゃんがいれば、この『断罪返し』についても熱っぽく語ってくれるだろうなぁと、ぼんやり思いながら2人を眺めていたら、アルフレッドが思わぬ行動に出た。




 あれほど愛おしそうに抱きしめていたマリア様から手を放すと、ゆっくりと後退りながら、冷たい声を投げ放った。


「君が、そんな女だとは思わなかった」


 まだ黒川先生を責めるのかと思ったら、アルフレッドの視線は、マリア様に向いていた。放り出された形になったマリア様は、困惑顔でアルフレッドを見ている。


「いじめられているなどと言って、僕を騙していたんだな!」


 マリア様が、真っ青になった顔を横に振る。その振りは最初は小さく、少しづつ大きくなっていく。


「そのようにか弱いフリをして、何人の男どもを騙してきたのだ!?」


 マリア様は何も言わない。ただ、首を横に振るだけ。


「マリア」


 優しくマリア様の名前を呼びながら進み出て来たのは、マリア様の親友を公言するヒルダ様だ。


「私は、マリアが王子を騙そうとしたとは、思ってないよ。でも、勘違いさせた原因は、マリアにもあると思うんだ。きちんと謝ろう」


 それは、マリア様に寄り添っているようで、マリア様を非難しているようにも聞こえる言葉だった。


「ね? マリア。私も一緒に謝ってあげるから」


 ヒルダ様が、マリア様の肩を抱いて優しく諭す。マリア様は何も言わない。胸の前で両手をぎゅっと握り、顔が見えないほど俯いて、小さい体をさらに縮こませている。

 その姿が、らんちゃんと重なった。




 らんちゃんは、マリア様のような可憐な美少女じゃない。長い髪は無造作に結ぶだけ、お化粧なんかしたこともない、おしゃれに無頓着な女の子。らんちゃんがそうなってしまった原因を、私は知っている。

 らんちゃんは、背は低いのに胸がとても大きかった。その目立つ胸のせいで、嫌な思いをたくさんしてきたことも知っている。

 漫画やアニメの話は止めるまでやめないくせに、親しくない人、特に男子に話しかけられるのはすごく苦手で、まともに言葉を発することもできないほどだった。



 みんなが話すマリア様とらんちゃんは、性格が全然違うようだけれど、みんなと同じタイミングで前世の記憶を思い出したせいで、一時的に前世の性格に戻ってしまったのだとしたら……

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