5話
「恐れ入ります、アルフレッド殿下」
そんな、誰もが言葉も出せない状態を打ち破って進み出て来たのは、栗色の長い髪の小柄で華奢な美しいご令嬢。2、3年生の顔と名前と階級を全て覚えている私が知らないということは、1年生に違いない。
なぜ、私が2、3年生の顔と名前と階級を覚えているかと言うと、父に
「学園内で人脈を作ることは、勉強よりずっと大事なことだ!」
と、教え込まれたからだ。歴史もない、資産も少ない弱小貴族が図太く生きる道は、人脈のみ。他貴族の情勢を把握し、なんとかして繋がりを作ることだけ。
人付き合いが苦手な私は、高位貴族に取り入ることは難しいけれど、不況だけは絶対に買わないよう気を付けているために必死に覚えた顔と名前と階級。ああ悲しきかな、最下級貴族(涙)
「私は1年のクラリス・リンバークと申します。この場で発言することををお許しください」
クラリス様は、完璧な淑女の礼をして、アルフレッドに発言の許可を求めた。その所作から、結構な高位貴族に違いないと思い、その名前と顔を心に刻む。
久しぶりに敬われたアルフレッドは、嬉しそうに鼻を膨らませると、ふんぞり返って「許す」と短く言った。
「ありがとうございます。では、マリア様のクラスメイトとして発言させていただきます」
「なんだ」
「私は、マリア様は嫌がらせなどされていないと考えます」
「なぜ、そう言い切れる? 私はマリアに、何度も相談を受けていたのだぞ!」
怒鳴るアルフレッドに肩を強く抱かれながら、マリア様は小さく首を横に振った。
『もしかして、これも否定してる?』
激昂するアルフレッドは、腕の中のマリア様の様子に気付かない。
クラリス様は、王子を怒らせたことに少し怯んだのか、声を固くしながら話を続けた。
「マリア様は市井の生まれゆえか、貴族令嬢として看過できない振る舞いをなさることがございました。それを注意したことは何度かありますが、まさかそのことを嫌がらせと……」
「やった方にそのつもりがなくとも、受けた方が嫌がらせと感じたのなら、それは嫌がらせなのだ!」
『王子がそれを言ったらダメでしょう』
ハラスメント天国の前世ならまだしも、貴族社会でその理屈は通じない。作法や礼儀は知ってて当たり前。常識を知らない不作法者は、社交の場に出る資格なしとされ、爪弾きにされる社会。
とは言え、学園に通う私たちに、完璧な作法は求められはしない。本格的に社交の場に出る前に、作法と常識を身に付けるために、学園があると言っても過言ではないのだ。
それを考えると、間違いを指摘してあげるクラリス様は、親切な人なんじゃないかと私は思うのだけれど。それを『嫌がらせ』と受け取ったのだとしたら、マリア様は、相当捻くれた性格をしているに違いないと思う。
「恐れ入ります、アルフレッド殿下。私にも、発言の許可をください」
つかつかと足音を立てて進み出て来たのは、鮮やかな赤い色の波打つ髪が印象的な、背の高いご令嬢。
見覚えがないからこの人も1年生なんだろうけど、名乗らないわ、胸を張って少し偉そうだわで、殿下の怒りを買わないかちょっと心配になる。
私の心配をよそに、赤毛の令嬢は軽く頭を下げた後、殿下の返事も待たずに話し始めた。
「マリアと私は同じ1年で、私たちはとても親しくしています。そう、親友と言って良いでしょう!」
まるでアルフレッドに張り合うように親友宣言をした後、今度はアルフレッド自身に無礼な物言いをし出した。
「先ほど殿下は、マリアの私物は隠されたとおっしゃられてましたけど、それは、殿下の勘違いです」
「勘違いだと?」
赤毛の令嬢の無礼な言動より、話の内容が気になったのか、アルフレッドは顔をしかめながら話の続きを促す。
「はい。マリアはよく、私物がなくなったと騒ぎます。ですが、そのほとんどは置き忘れか寮に忘れていただけなので、すぐに見付かります。誰かに隠されたのなら、そんなすぐに見付かりませんよね?」
「そ……そうなのか? マリア。失せ物は、いつもすぐに見付かっているのか?」
さすがのアルフレッドも『失せ物はすぐに見付かっている』と聞いて、隠されたとは思わなかったようだ。
アルフレッドに問いかけられたマリア様は、ビクッと小さく体を震わせると、蚊の鳴くような声で「はい」と応えて、微かに頷いた。
それが、怯えているように見えたのは、私だけじゃないらしい。殿下は、改めてマリア様を強く抱きしめると、赤毛の令嬢をキツく睨み、大きな声で言い放った。
「マリアを脅すな!」
あんなアホでも王族は王族。王族の本気の叱責に、関係ない私まで、恐ろしさに体が震えた。でも、叱責された当の本人はそうじゃなかったらしい。
赤毛の令嬢は、激昂した王子にたった一文字の言葉を返した。
「は?」
その短すぎる返答に、空気が一変した。
赤毛の令嬢は、若い女性とは思えない威圧的な空気を辺りに撒き散らし、アルフレッドを含む会場にいる全員を威圧する。
『この人、一体何者!?』
驚きと威圧的な空気を物ともしない(もしくは、感じていない)アルフレッドは、赤毛の令嬢に対してさらなる自論を捲し立てる。
「そのように威圧し、マリア自身の瑕疵であるかのような言い方をし、マリアを脅したではないか!」
「へぇー……殿下は、あたしがマリアを脅していると、お思いなんですね……」
さらに迫力が増した低い声と、威圧感。
燃えるような赤い髪が、怒りの炎で燃え上がってるような錯覚まで見えてくる。
「あたしとマリアは、マリアが編入した時からの仲良しなんですけど? 失せ物探しはいつも手伝ってやったし、教科書や筆記用具を忘れたら、必ず貸してやったよ! それが毎日のことで、ちょっとはうんざりして小言を言ったことはあるけどさ、まさかそれが『脅し』とか言わないよね? ねえ、マリア?」
名前を呼ばれたマリア様の肩が、殿下の腕の中でもはっきりと分かるほど、大きく跳ね上がった。
『この人、怖い! 怖い怖い! 超、怖い! 誰か助けて! この場の空気を変えて!!』
赤毛の令嬢の周囲が、少しづつ広がって行く。みんな少しずつ、赤毛の令嬢から距離を取って行っているからだ。もちろん、私も少しずつ離れていっている。
そんな中、赤毛の令嬢に近付いて行ったのは、クラウディア様こと黒川先生。黒川先生は、赤毛の令嬢の肩にそっと手を置くと、諭すように言った。
「殿下に対して言葉が過ぎますよ。もう少し言葉に気を付けてって、いつも言ってるでしょ。樋口さん」
『この人、樋口さん!?』
樋口さんといえば、学年きっての不良と噂される怖い系女子。
転生しても怖い系なのは変わらないのか、前世を思い出したからなのかは分からないけれど、あの迫力にも納得がいった。
「そういえば、現世でのお名前を伺ってなかったわ。教えていただいても?」
樋口さんこと赤毛の令嬢は、黒川先生に、ニカッと歯を見せて笑うと言った。
「ヒルダです! ヒルダ・ナブラチロワ。ヒルダって呼び捨てにしてくださいね! 先生」
「っっ!!」
驚きのあまり上げそうになった声を、両手で塞いで抑え込む。私は寸前で声を抑えられたけど、抑えきれなかった驚愕の声が、あちこちから上がる。特に、ずっと静かだった令息たちの声は大きい。
「ええっ!?」
「あの?」
「嘘だろ?」
「ナブラチロワ家に、娘がいたのか?」
「聞いたことねーぞ」
「でも、あの特徴的な赤髪は……」
ナブラチロワ家と言えば、国の守護神として国境を守る辺境伯であり、国一番の騎士の家系としても有名な家名だ。
若き騎士団長を務める長男、諸外国に剣の修行に出たという噂の次男、一昨年卒業した三男は、多くの女生徒と浮名を流した挙句、長兄に引っ張られて騎士団に入団したという、何かと噂の絶えない家だが、娘が居たという話は聞いたことがなかった。
もし父が知っていたら
「なんとしてもお近付きになれ!」
と、うるさかったに違いない。
ナブラチロワ家の三男と入れ替わりの入学だと父が知った時
「せめて1年早く生まれていたら、お近付きになれたかもしれないのに!」
という無茶振りを、何度も聞かされた。
地味でコミュ症の男爵令嬢の私が、辺境伯家のご子息とお近付きになるなんて奇跡、起こるわけないのに。




