4話
誰もが何も言えない中、令嬢たちの中から進み出て来たのは、ライラ伯爵令嬢こと楽さん。楽さんは、長い金髪を軽く手で払うと、その手でビシッとアルフレッドを指差して言った。
「そう言うけどさぁ、先に舞踏会をぶち壊したの、あんたじゃん?」
『言い方ー! 言葉遣いー! 指差しもっての外ー!』
あまりの不敬にムンクの叫びのような顔になってしまった私の横を、ニーナ伯爵令嬢こと新見さんが通り過ぎる。ニンマリと楽しそうに笑ったその横顔を見た瞬間、嫌な予感が走り抜けた。
「ちなの言う通りだよ。何をしたかったのか知らないけどさ……」
『婚約破棄です! アニメ漫画小説ゲームではお馴染みすぎる、婚約破棄劇場です!』
そんなことを知るわけがない新見さんは、ど正論をアルフレッドにぶつける。
「始まったばかりの舞踏会で、いきなり『婚約破棄を言い渡す』て、あんた何様? て感じなんだけどー」
『王子様ですよ! こんなんでも……』
「大体さぁ、そっちが浮気したくせに、いろいろ理由付けてくろっちを悪者にしようてのがさ、ダサいんだよね」
うんうんと、後ろにいる転生令嬢たちが頷いている。
「う、浮気などではない! 私は、真実の愛を見つけたのだ!」
これもよくある戯言だなぁと呆れながらバカ王子から視線を落とすと、マリア嬢が、小刻みに首を振る姿が目に入った。
『もしかして、アルフレッドの言葉を否定してる?』
元々小柄な上に、そこそこ長身のアルフレッドに抱き寄せられているせいで、マリア様の顔はほとんど見えない。そのせいで、当事者の1人であるマリア様が、どんな表情をしているのか、どんな気持ちでいるのかが、全く分からなかった。
「真実の愛だってー! なにそれ、ウケるー!」
「草どころか、王都に森ができるー!」
「たいへーん! 王子のせいで、王都が森で埋もれちゃうー!」
楽さんと新見さんが、お腹を抱え、手を叩いて大声で笑い合う。教室では見慣れた光景も、舞踏会会場でドレス姿の令嬢がバカ笑いする姿は、少し異様だ。
アルフレッドは、伯爵令嬢らしからぬ2人の嬌声に唖然としていたが、しばらく後、やっと自分がバカにされたと気付き、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「だ、黙れ! 黙れ! 笑うな! おまえたち、先程から無礼が過ぎるぞ! 学園内では多少のことを大目に見てもらえるからといって、おまえたちのそれは度が過ぎている! それぞれの当主に報告の上、それ相応の罰を……」
「アルフレッド・イデオット殿下」
突然、バカ笑いを引っ込めた楽さんが、静かにアルフレッドの名前を呼んだ。
「私たちを敵に回して良いのですか?」
新見さんが、落ち着いた声で問うた。
前で軽く手を組み背筋をしゃんと伸ばした2人に、前世の女子高生ギャルの面影はない。
伯爵令嬢としての気品を携え、鋭くアルフレッドを見つめる眼差しは、ある種の迫力をまとっている。
2人の伯爵令嬢に気押されたのは一瞬だけ。すぐに虚勢を取り戻したアルフレッドは、にやりといやらしく笑って言った。
「たかだか伯爵家が僕の敵に回ったところで、困るのはそちらの方だろうが」
「あらあら。殿下には、この状況がお分かりになりませんの?」
「殿下は頭だけでなく、目も悪いようですわね」
楽さんと新見さんが顔を見合わせ、くすくすと笑った。
それを見たアルフレッドの顔が、怒りでドス黒く染まる。
「おまえたち、いい加減に……」
「今、ここに集まっている令嬢全てを敵に回すおつもりかと聞いているのです」
「何?」
『えっ?』
辛うじて、声は出さなかったけど、私もアルフレッドと同じまぬけ面を晒した自信がある。
『どんな理不尽なことがあっても、王子に楯突いてはならない』
と、入学前に耳にタコができるほど父に言われた言葉だ。吹けば飛ぶような弱小男爵家を守るための心構え。とはいえ、この状態で、前世のクラスメイトを裏切り、王子に味方する勇気もない。
自分の立場と立ち位置をどうするべきか悩む私をよそに、2人の伯爵令嬢は、話し続ける。
「こうして私たちがクラウディア様の元に集まっている事実を、どうご理解していますか?」
『えっ? 前世のクラスメイトだと分かって、集まっただけじゃないの?』
「私たち全員、クラウディア様をお慕い申し上げております」
『確かに。黒川先生を嫌いだって女子は、聞いたことないけど』
「つまり、私たちはクラウディア様の味方です」
『ん?』
「私たちは、アルフレッド殿下の一方的な婚約破棄に対し、異議を申し立てる所存です」
『えええー! なんでそうなるの? 婚約破棄なんて、外野があれこれ言えることじゃないじゃん!』
私の内心の叫びは、後ろから次々と上がる令嬢たちの声にかき消された。
「そうです! あんまりです!」
「理不尽過ぎます!」
「身勝手です!」
「クラウディア様に対して、失礼過ぎます!」
私も何か言うべきなのかもしれないけれど、王子に面と向かって何かを言う度胸はない。加勢はしないが王子の味方もしないという中途半端な状態で、ただ無心で成り行きを見つめていると、クラウディア様こと黒川先生が声を上げた。
「皆さん、王子に対して失礼ですよ。ここは日本ではないのですから、最低限の礼節をもって話してください」
「「「はい! 先生!」」」
声を揃えて返事をすると、黒川先生は満足そうに頷いてから、アルフレッドに視線を戻す。
「お騒がせして、申し訳ありません。アルフレッド様」
黒川先生の丁寧なお辞儀に、アルフレッドがふんと鼻を鳴らした。その態度に、元クラスメイトの令嬢たちが文句を言おうとするのを、黒川先生が左手を上げて止める。
みんなが静かになったのを確認すると、黒川先生は再びアルフレッドに話しかけた。
「もう婚約解消の話などできる状況ではありませんので、日を改めていたしませんか?」
「そうやって、問題をうやむやにするつもりだろうが、そうはいかない! 貴様の悪事は今ここで、白日の元に晒してやるのだ!」
大仰な態度で言い放つアルフレッドに対して、黒川先生はどこまでも冷静だった。
「アルフレッド様。先ほども申し上げましたが、私は、アルフレッド様がおっしゃるような悪事を行なっておりません」
「まだ、シラを切るつもりか」
「シラを切るも何も、私はマリア様と今日初めてお会いしましたのに、なぜ、どうやってマリア様に嫌がらせを行なったとおっしゃるのですか?」
「だから、権力に物を言わせて、他の1年に嫌がらせをするように仕向けたのだろう!」
「それでは、どなたに、どんな嫌がらせをさせたとおっしゃるのですか?」
アルフレッドの決め付けた言い方に、黒川先生は、小首をかしげて問い返す。
本当に身に覚えがないといった様子なのに、アホルレッド……もとい、アルフレッドは激昂して「そんな細かいことは知らぬ!」と言い放った。
あまりの発言に、会場中が静まり返る。きっとみんな、私と同じように、呆れて声も出ないのだろう。
問いかけた黒川先生も、薄く唇を開いたまま、目を丸くしてアルフレッドを見ていた。




