3話
私たち(というより、楽さんと新見さん)の元に、会場中の令嬢たちがどっと押し寄せるように集まってきた。
「ちなちゃん! もあちゃん! あたし、カノン! 中村カノン!」
「ほんとに、楽さんと新見さん!? わたし、相澤梨花だよ!」
「はいはいはーい! わたしは、渡辺深雪でーす!」
「皆さん、お久しぶりです。私、日下部りんです」
「学級委員の日下部さんが、栗色に髪染めてるー!」
「染めてません。この色は、生まれつきです」
「冗談に決まってんじゃん! 相変わらず、真面目だねー。あ、自己紹介遅れた! あたし、芹沢明日香!」
「うそ! やだ、ほんとに明日香? めっちゃ髪長ーい!」
「当たり前でしょ。今世は陸上やってないんだから」
「そう言うあんたは、誰なのさ?」
「うふふ……何を隠そう、橘夢香だよ! あたしの髪も長いっしょ? きれいでしょ? めっちゃお手入れがんばってんだかんね!」
「がんばってんのは、メイドでしょうが」
「まあねー。これぞ、貴族の特権!」
約20人の令嬢が集まって話す言葉は、前世日本の砕けた口調。服装を気にしなければ(もしくは、コスプレと思えば)ここは日本なんじゃないかと錯覚するほどだ。
賑やかしい令嬢たちとは反対に、壁際に固まっている令息たちは、静かに不安と戸惑いの表情をこちらに向けていた。(ドン引きしているとは、言いたくない!)
唯一、令嬢集団から距離を置かず、その場に止まっている男子、第二王子のアルフレッドは、不貞の恋人、マリア嬢をしっかりと抱きしめながら、呆然と私たちを見ていた。
内心では、他の令息たちみたいに距離を置きたいけれど、王子としての矜持で踏み止まっているんだと、私は推測する。
「あ、そうだ! クラウディア様!」
ひとしきり親友との再会を喜んだ楽さんことライラ様は、突然、クラウディア様に駆け寄った。アルフレッドの前を横切って。
「お、おまえ……僕の前を……」
王子である自分を無視してクラウディア様に話しかける無礼に、呆然としていたアルフレッドも我に返って怒りの声を上げる。しかし、楽さん(もう、前世の名前で呼んじゃう!)は、アルフレッドの抗議の声をガン無視して、クラウディア様に話し続ける。
「他の子と話してたんだけどさあ、クラウディア様の前世って、くろっちじゃないのー?」
しんと、会場が静まり返った。
令息たちは、王子と公爵令嬢に対する不敬な言動に言葉も出ない様だけれども、令嬢たちは、クラウディア様の返答に、じっと耳を傾けていた。期待の眼差しを込めて。
かくいう私は、怖さと期待が半々といった心境だ。
話し方やメガネクイッの癖は、確かに黒川先生と同じだし、2年5組の女子ほぼ全員がここに転生している現実を考えると、先生も一緒に転生している可能性は大いにある。
そう思いつつも、幼なじみで親友の松田蘭の名前が聞こえない現状、2年5組の女子全員が転生してここにいると決まったわけではない。クラウディア様だけ他人の空似ということだって、あり得てしまう。
クラウディア様が転生者でなかった場合、ライラ様の不敬がこっちにも飛んでこないとは限らない。そもそも、私が黒川先生の名前を出したのが始まりなんだし。
「全く……」
少しの間ライラ様を見つめていたクラウディア様は呆れたように息を吐くと、ライラ様に人差し指を立て、口を開いた。
「ちゃんと、黒川先生と呼びなさいって、いつも言ってるでしょ」
まさにそれは、先生が生徒を注意する時の言動そのもので、固唾を飲んで見守っていた転生令嬢たちは息を飲み、そして叫んだ。
「「「黒川先生!!」」」
黄色い歓声を上げながら、クラウディア様こと、黒川先生の元に転生者たちが駆け寄る。
当然、私もみんなに倣って駆け寄るが、先生との距離は遠い。先生を中心とする輪の一番外側にいるため、王子たちの方が距離的に近いということには気付かないふりをする。
「先生、めっちゃ若返ってる」
「先生なのに、あたしとタメじゃん! なんかふしぎー!」
「先生、めっちゃきれいになったね」
「前世も髪きれいだったけど、今は飛び抜けてきれいだよね! どんなお手入れしてるの?」
「そうそう! あたしもそれ聞きたかった!!」
先生との再会を無邪気に喜ぶ元クラスメイトたちの声が、なぜか遠い。
きっと、先生を取り囲む輪の一番外にいる私の背中に、王子が発する怒りの念と視線が、まともに刺さっているからだ。ああ背中が痛い。
『婚約破棄もうやむやになったし、2人でとっとと退場してくれないかな……』
そんな、私の不躾な願いをアルフレッドが感じ取ったのか、突然、怒声を上げた。
「い……いい加減にしろー!!」
黄色い歓声が、ぴたりと止まる。そこでようやく転生令嬢たちは、今までガン無視していた怒声の主、アルフレッド第二王子に視線を向けた。
「おまえたちは何を騒いでいる! 学園内とはいえ、舞踏会だぞ! それを踊りもせず、女生徒だけで固まって騒ぎ立てるなど……」
『先に舞踏会と関係ない騒ぎを起こしたのは、あんたじゃん!』
そう思いつつも、何も言えない男爵令嬢の私。きっと元クラスメイトたちも、同じ気持ちに違いないと思う。けれど、どんなアホでも、アルフレッドが王族なのに変わりはない。王族相手に反論どころか、勝手な発言をしてただで済むわけがない。




