4話
「前世で大活躍していた人なんか、各分野でたくさんいたでしょ?」
「そうだけど、ここは前世とは違うわ! きっと、乙女ゲームとか漫画の世界で……」
「マリア。何回も言ったけど、ここは物語の世界じゃないと思うよ。だって、黒川先生が主人公だっていうなら、あたしらは脇役ってことになるじゃないか。そんなの、あたしは納得できない」
私の場合は、ただのモブの可能性が高いため、脇役に昇格できたら嬉しいと思うのだけれど、ヒルダ様ほどの人になると、主人公じゃないと納得できないのだろう。
そう考えると、楽さんや新見さんたち高位貴族の令嬢たちも、納得できないかもしれない。
「でも実際、婚約破棄されかかって、断罪されかかって……」
「あたしが言いたいのはね、マリア」
ヒルダ様は、小さい子どもに言い聞かせるような、優しい口調で言う。
「どんなに物語と同じような展開があったとしても、ここは物語の世界じゃない。現実の世界なんだ。現実の世界では、みんな主人公で、みんな自分の物語を生きている。誰かの物語の脇役なんて事は、絶対にないんだよ」
そう言われてハッとした。
前世日本で生きていた時は、誰かの物語のモブだなんて、考えたことはない。クラスでは目立たない存在だからと言って、黒川先生やクラスの誰かの物語のモブだなんて、思ったことはない。
前世を思い出した場面が、漫画やアニメでお馴染みの場面だったから、それに引っ張られてしまっていた。誰だって、自分が主人公の自分の人生を生きているのに。
「でもそんな話、全然面白くないんじゃない?」
らんちゃんが、的外れなことを言う。
「人の人生を、面白い面白くないで語らないでくれる? 誰かを面白がせるためだけに、余計な苦労したくないわ」
そう言ったのは、婚約破棄をする予定の日下部さん。確かに、婚約破棄後に待ち受けているのが波瀾万丈の人生なんて、真っ平ごめんだ。
「そうじゃなくて、この世界が漫画や小説だとしたら、黒川先生が無双する話が一番平和でマシだと思ったの!」
「マリア、ここは現実の世界だよ。物語の世界に転生したって考えるのは、いい加減にやめよう。みんなが主人公で、みんな別々の人生を歩んでる。それでいいじゃない」
「それだと、みんな一緒に転生して、みんな一緒のタイミングで前世の記憶を思い出した説明がつかないわ」
「黒川先生が主人公だとしても、みんなで転生した理由にはならないでしょ? 結局、誰にも説明できないんだから、無理矢理納得のいく説明を付けることもないと思うんだよ」
確かに。考察するのは、楽しいし暇つぶしにもなるけれど、その考察が正解なのかを確認する方法はない。いつまでも答えのでない考察を続けるより、ヒルダ様が言うように、全員主人公だと考える方が、平和的でしっくりくる。
「でも……」
「それより、マリア」
まだ納得のいっていない様子のらんちゃんに優しく声をかけたのは、ヒルダ様の意見を聞きながら小さく頷いていた日下部さん。
「補習の課題、いつやるのですか?」
「あっ!」
「今日、ここでする約束だったので待っていましたが、なかなか現れない。やっと現れたと思ったら、みんなに捕まってしまう。やっと解放されて課題に取り掛かれると思いましたら、遠藤さんと話し始める。面白そうなお話なので、私まで楽しく参加させてもらいましたけど。そのせいで、帰らないといけない時間になってしまいましたけど、課題はどうしますか?」
なぜだろう。楽しくおしゃべりしたと言って笑っている日下部さんの笑顔が、笑ってないように見えるのは。
「どうしよう! 明日は、絶対、ぜーったい忘れないようにって、言われてたのに!」
らんちゃんが大袈裟に叫んだせいで、みんなの視線がらんちゃんに集中する。黒川先生は、先に帰ったみたいだ。
「何? マリア、また何か忘れたの?」
呆れたように言うのは、楽さん。
「補習の課題を、忘れてたんだって。本当に、マリアは忘れっぽいな」
らんちゃんの代わりに返事をするのは、ヒルダ様。
「それは大変!」
「補習って、なんの教科?」
「あたしらも手伝うよ」
「すぐに始めて、さっさと終わらせよう!」
「ほらマリア、さっさと課題だして!」
「はい! えーっと、えーっと……」
世話好きのお姉さんたちにせっつかれ、カバンの中身をひっくり返しながら課題を探すらんちゃんに、日下部さんから待ったの声がかかる。
「マリア。課題は夜にしましょう」
「えっ?」
「もう帰らないといけない時間になりました。黒川先生も帰ってしまったし、私たちも帰らないといけません」
生徒の管理は徹底されているため、許可なく居残ることは許されない。今から課題を始めても、途中で見回りの先生に追い出されるだろう。
「確かに」
「時間ないね」
「マリア。思い出すの遅過ぎー」
「ま、学級委員の日下部さんが見てくれるなら、大丈夫か」
「『元』学級委員ですけどね」
和気藹々としゃべりながら帰る準備を手早く済ませ、部屋を出る。一歩部屋を出た瞬間、みんなの雰囲気が変わった。背筋を伸ばし、凛とした佇まい。貴族令嬢として、非の打ち所がない振る舞いに。
3年生で高位貴族の楽さん、新見さんを先頭に、順番は決まってはいないけど、自然と高位貴族が前を歩く感じだ。
『集まりは好きだけど、行列で歩くのはちょっとしんどいなぁ……』
らんちゃんと並んで後ろの方を歩いていると、日下部さんに声をかけられた。
「マリア。ちょっといいですか?」
「どうしたの?」
歩きながらのおしゃべりは、はしたないからあまりしない。下位貴族の私たちは、時々小声で話すけど、日下部さんが声をかけてくるなんて初めてだ。
そっとらんちゃんの隣を譲ると、日下部さんに小声でお礼を言われた。
「マリア。夕食後に、私の部屋に来てください。私の部屋で、補習をしましょう」
「えっ? 手伝ってくれるの?」
「もちろんです。参考になりそうな本も部屋にあるので、今度は忘れずに来てくださいね」
「分かった! ありがとう」
特別急ぎの話でもないのに、なんで今言うのかなあと思っていたら、続く言葉にその意味を知る。
「ですが、ヒルダは連れてこないでくださいね。必ず、1人で来てください」
「ヒルダが一緒じゃダメなの? どうして?」
きょとん顔で首を傾げるらんちゃんに、日下部さんはにっこりと笑って言う。
「2人きりの方が、課題が捗るからです。絶対、1人で来てくださいね」
「うん。分かった」
その後は、寮に着くまで黙って歩いた。
「それでは皆さま、ごきげんよう」
「失礼いたします」
丁寧な挨拶を交わし、それぞれの部屋に向かう。ふと思い立って、らんちゃんたちの方を見ると、ヒルダ様がらんちゃんをエスコートするように手を取っていた。そんな2人の横を、無表情の日下部さんが通り過ぎて行く。
「今日のお夕飯は、何かなぁー」
一抹の疑念を追い払うように呟くと、3人に背を向け自室に向かった。
完
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。
本編はここで完結ですが、おまけエピソードを幾つか書いていければと思っています。ただ、私はかなりの遅筆なため、お待たせすると思います。
よろしければ、ブクマ・評価などをいただけたら嬉しいです。
改めて、ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。




