↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
14/16

3話

「なになに? 日下部さんの話してんの?」


「わっ! ヒルダ様!」


 ヒルダ様が、らんちゃんをバックハグしながら話に割り込んできた。私もさっきらんちゃんに抱きつかれたし、この2人の中では、バックハグが流行ってるんだろうか?


「ヒルダ! 日下部さんの名前、出したらダメじゃない!」


「えっ? ダメだった?」


「構いませんよ」


 そう言ったのは、斜め前に座って本を読んでいたクラリス・リンバーク子爵令嬢こと、日下部りんさん。前世で学級委員長だった日下部さんは、下級貴族とは思えない美しい微笑みを浮かべて言った。


「結構な騒ぎになっていたので、学校中に知れ渡っていると思ってましたけれど、2年生には、広まってなかったのですね」


「そう……かもね……」


 多分、転生者まみれの状況に、混乱と今後どう振る舞うべきかを考えあぐねていたため、耳を素通りしてたのだろう。噂話をしてくれる友達がいないから、なんてことはきっとない。


「私は……幼い頃から、徹底的な淑女教育を受けてきました」


「それは、すごいね……」


 突然始まった自分語りに戸惑いつつ、無難な返事を返す。


「その理由がですね、私を高位貴族に嫁がせるためなんです。高位であればあるほど、良いって感じですね。最悪、年寄りの後妻でも構わないという感じでした」


「うわっ、最悪!」


「そう思うでしょう? まともな親の考えることではないと、思うでしょう?」


「思います」


 らんちゃんとヒルダ様はこの話を知っているのか、相槌も返さず、ただにこにこ笑って聞いている。


「貴族の結婚とはこんなものだと、私は最初から諦めていました。親しい友人も、もちろん恋人なども作らないまま、親の言いなりにしてきました。そんな私と婚約してくださったのが、ファースト侯爵家の跡取り息子のルバート様です」


「えっ! 侯爵家!」


 公爵に次ぐ高位貴族の、しかも跡取り息子に嫁げるなんて、それこそヒロインらんちゃんに次ぐシンデレラストーリーだと思っていたら、そんな良い話ではなかった。


「婚約してから分かったことですが、ルバート様は性格にかなりの難があり、高位貴族にした婚約の打診は、全て断られたそうです。その結果、容易には断れない下位貴族の家、私の家に婚約の打診がきました」


「うわぁ……」


 アルフレッドといい、下級貴族の令嬢と婚約しようとする高位貴族の令息って、問題があるやつしかいないのだろうか?


「父は、ルバート様がどんなにひどい方でも、気にしていませんでした。そんなことより、高位貴族と縁を繋ぐことの方が大事だったんです。父はとにかく『ルバート様の言う通りにしろ』『決して逆らうな』としか言いませんでした。そして私は、入学初日から、ルバート様に付き従うように言われました。ルバート様は3年生なので、毎日、移動するのが本当に大変でした」


「毎日?」


「はい。大した用事もないのですが、朝、昼、放課後と、とにかく側に仕えることを命じられました。以前から意味のない行為だと思っていましたが、前世を思い出し、先生の女性の権利の話を聞いてからは、ますますその気持ちが強くなりました」


 そりゃそうだろ。この広い学園を、端から端まで移動するようなことを、1日3回もやらされていたんじゃ。


「そして先月『大した用もないようですので、明日からは、お側に仕えるのを辞めさせていただきます』と申しましたら、激怒されまして。昼食後の食堂前です。周囲には、まだたくさん人がいました。他人の目があれば、冷静に対応していただけると思ったのですが……ルバート様は周囲の目を全く気にせず、私に暴言を吐いたのです」


「そこに現れたのが、黒川先生?」


「いいえ。その前に、楽さんと新見さんが声をかけてくださって、3年生の男性方もルバート様を諌めてくれました。けれど、ルバート様は自分より階級の低い方たちをバカにして、周りの人たちにも暴言を吐いたのです」


 こう言ってはあれだけど、高位貴族の男子って、アホしかいないんだろうか? それとも、アルフレッドとルバートだけか?


「そこに現れて、ルバート様を厳重注意してくださったのが、黒川先生です。学園内で階級を持ち出して暴言を吐いたのですからね。自分より高位貴族の黒川先生に諌められたら、何も反論できません。ルバート様は不貞腐れて帰っていき、私は自由になりました」


 日下部さんは、にっこり笑って話を締めくくった。

 そこまでの騒動を知らなかったことに愕然とする。らんちゃんとヒルダ様は、この話を知っていたようで「何回聞いても面白い」と言って笑っていた。


「えっ? それじゃあ、日下部さんも婚約破棄したの?」


 聞いただけでも、気位だけはエベレスト並みに高いルバート様のことだ。学園で大恥をかかされた相手と結婚なんてしそうにないそう思っていると、意外な答えが返ってきた。


「いいえ。婚約は解消していません。父は、婚約を解消する気はありませんし、ルバート様も悪評が広まり過ぎたために、新しい婚約者を探すのが、さらに難しくなったと思います。そして先日、父とルバート様のお父様から、厳重注意とルバート様に謝罪しろと、脅迫めいた手紙をもらいました。もちろん、無視しました」


 自分の父親と高位貴族の党首に脅迫めいた手紙をもらったのに、それを無視した上に


「こう言うのを、老害って言うんでしょうか?」


 とまで言う。


 日下部さんの意外な一面に面食らっていると、日下部さんが私たち3人の顔を見回して、にやりと笑った。その顔は、悪巧みを考えている悪ガキのようでいながら、とても魅力的だった。


「実は、この話には続きがありまして……」


「なになに?」


「何かあったの?」


 ヒルダ様とらんちゃんも続きの話は知らないようで、急に身を乗り出した。


「昨日、ルバートのお父様から、また手紙が届いたのです。しかも今度は、謝罪の手紙でした」


「えっ?」


「今更?」


「あー、なるほど。中途半端な権力者って、いつも手を打つのが遅いよね。もう手遅れだって、気付いてない」


 驚きの声を上げる私とらんちゃんと違い、ヒルダ様は冷静に辛辣なことを言った。理由を求めるよう2人揃って視線を送ると、ヒルダ様は説明してくれた。


「ルバートが、黒川先生の立場を全く分かっていないのが、問題なんだ」


「立場?」


 公爵令嬢で、第二王子の婚約者という立場は、ずっと前から変わっていないと思うのだけど、どう変わったと言うのだろう。


「今の黒川先生は、多くの貴族令嬢をまとめる学園随一の派閥の頂点だよ」


「「派閥!?」」


 らんちゃんと声を揃えて尋ねると、ヒルダ様は呆れたように笑って言う。


「この集まりが、黒川先生の派閥の集まりってことなんだけど」


 この集まりをサークル活動程度にしか思っていなかったのだが、まさか、派閥の集まりだったとは! そもそも、派閥ってなんなんだろう? 縁が無さすぎて、今更ながら戸惑ってしまう。


「内向きではあんまり気にしなくていいのだけれど、外向きでは大きな意味があるんです」


 そう説明してくれたのは、日下部さん。


「黒川先生の派閥に所属しているということは、黒川先生の庇護下にいるということです。ルバート様のお父様は、私が黒川先生の庇護下に入ったことを知り、慌てて謝罪の手紙を送ってきたという訳です」


『謝罪しろ』の手紙を送って何日も経たないうちに、謝罪してくるとは。見事な手のひらの返し方に呆れてしまう。


「黒川先生の後ろに王家がいるってのが、大きいんだろうね」


 そう言ったのは、ヒルダ様。


「知ってると思うけど、王家はなんとしても、黒川先生を手放したくないんだ。まあ、分からなくもないけどさ」


 らんちゃんも言っていたけど、今の黒川先生は、かなりすごい。

 険悪だったチェーンバーク家とラドクリフ家の仲を取りもち(前世で親友だっただけ)多くの令嬢を庇護下に置き(前世の感覚で教え子たちの面倒を見ているだけ)新しい価値観(前世の価値観)で学園を改革していっている。今は学園内で留まっているけれど、卒業後にこそ、その才覚は発揮されると思われる。



「黒川先生も、卒業と同時に結婚の予定でした。ですが、アルフレッド様が本当に改心し、言動を改められるのかを見極めるために、婚約の解消をしないまま、結婚を先送りにしてもらってるそうなんです」


 そう説明してくれたのは、日下部さん。


「私も、卒業と同時に結婚する予定でした。それが私の運命だと、貴族子女の義務だと、諦めていました。けれど、前世を思い出し、黒川先生とお話しして……結婚しない将来もあるんじゃないかと、思うようになりました」


「えっ? 結婚しないの?」


 この世界、特に貴族令嬢においては、結婚できないということは、よほどの問題がある令嬢なのだろうと思われ、場合によっては家名にも傷が付いてしまう。ゆえに、相手にどんな問題があろうとも、結婚しないという選択肢はほぼありえない。


「はい。いくら人柄に問題があるとはいえ、侯爵家の跡取りとの結婚を断った令嬢に、良い縁談は望めません。何より、ルバート様との結婚を拒んだ私を、お父様は決して許しません。家から追い出されると思います」


「…………」


 望まない相手との結婚を拒んだだけで家を追い出されるという日下部さんの話に驚きすぎて、言葉が出ない。

 私の父も、人脈人脈とうるさいけれど、意に沿わない結婚は強制しないし、家を追い出すことなんて、絶対にしないと思う。それだけに、日下部さん家の異常さが伺える。


「前世を思い出したせいでしょうね。あんな男と残りの人生を一緒に過ごすことを考えますと、どんなに大変だとしても、一生独身の方が幸せなのかと思ったのです」


 そう言って笑った日下部さんの笑顔には、確かな覚悟が宿っていた。


「すごい」


 感嘆の声が漏れた。

 前世同い年で現在は1つ下の令嬢が、自分の将来についてこんな覚悟を持っていることに。


「なんて偉そうなことを言ってますが、黒川先生が助けてくれると言ってくださったから、できた決断なんです」


 今度の笑顔はすごく朗らかで、年相応の少女のそれだった。


「ね? やっぱりこの世界って、黒川先生が無双する世界だって思うでしょ?」


 らんちゃんが、目をキラキラさせて私に尋ねる。

 日下部さんも、らんちゃんと同じ1年生だから、日下部さんが婚約破棄を考えていることも、それを黒川先生が後押しすることも全部知っていたのだろう。だからこそらんちゃんは、黒川先生こそが、この世界の主人公なんだと言ったんだ。


「確かに……」


「マリア。そういう極端な考えは、やめた方がいいよ」


 らんちゃんの話に納得しかけた私の言葉を遮るように口を開いたのは、ヒルダ様。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。