11話
「クラウディア。私と、踊ってくれないだろうか?」
差し出した手を一向に取ろうとしない黒川先生に痺れを切らしたのか、アルフレッドはおもむろに立ち上がると、唐突にダンスに誘った。
突然の婚約破棄宣言のせいで、演奏できずにことの成り行きを見守っていた楽団の皆さんが、大慌てで演奏の準備を始める。
大慌てで準備を終えた楽団員たちが演奏を始めようとした瞬間、黒川先生の声が会場中に響いた。
「お断りします」
楽団員たちが不恰好に慌てつつも、一音も鳴らさなかったことには感心する。だけど、あからさまな不満が顔に出てしまっているけれど、大丈夫だろうか? まあ、気持ちは分かるけど。
「なぜだ? 君は私の間違いを許してくれたのだろう」
楽団の皆さん(と、ここにいる生徒全員)を振り回した自覚のないアルフレッドは、黒川先生に不満をぶつける。
「ええ。アルフレッド様はご自分の間違いに気付かれ、正そうとしてくださったので」
「なら、なぜ私とのダンスを断るのだ?」
「アルフレッド様が少し勘違いされて、私と婚約破棄をなさろうとしたことに関しては、何も思ってはおりません」
黒川先生は、にっこり笑って話を続ける。
「私はともかく、1年に1度しかない学園の舞踏会を台無しになさったことについては、後日、お詫びと贖罪をなさらなければいけませんよね?」
「何を言う。舞踏会は、まだ始まってもいないではないか!」
「そうです。舞踏会が始まる前に、アルフレッド様が婚約破棄を宣言なされてしまいましたので。私たちの話は決着しましたけれど、今更、楽しくダンスを踊ろうという雰囲気はなくなってしまいましたわ。時間もなくなってしまいましたし」
「そ……そうだな。それはすまないことをした。それでは後日、改めて舞踏会を開くとしよう」
「それと、私とアルフレッド様との婚約の件ですが、考え直させていただきます」
「なぜだ!? 私の勘違いを、許してくれたのではなかったのか!?」
「なんと言えば、アルフレッド様にもお分かりになられるかしらね?」
そう言って、黒川先生は右手で目の間を触った後、人差し指を立てて説明を始めた。
「まず、第一に。アルフレッド様は、全く他人の話を聞いておられません」
「いや、そんなことは……」
「最後まで聞きなさい!」
「!!」
黒川先生に叱られ、アルフレッドの背筋が伸びる。ここからが、先生の本領発揮だ。
「アルフレッド様が婚約破棄を宣言なさった時、私は国王様たちを交えて話し合おうと進言しました。ですが、全く聞き入れてくださいませんでしたね? 私が国王様を丸め込むとおっしゃって」
「いや、だからそれは……深く、反省している」
一応、反省の言葉を言ったアルフレッドになんの反応も返さず、黒川先生は次の話を始める。
「マリア様のこともそうです」
突然、名前を呼ばれたらんちゃんの肩が跳ねた。その肩を、ヒルダ様が優しく抑えると、2人は見つめ合って微笑む。
2人の周りにだけ花が咲いているように見えるのは、私だけだろうか?
「マリア様が嫌がらせを受けていると私を糾弾した後に、マリア様に騙されたなどとおっしゃって。もう少し、ご自分のお立場を考えて発言してください。アルフレッド様の思い込みで、マリア様の生家が無くなる可能性があったのですよ」
「それは……本当に申し訳なかった」
「次に。マリア様のご衣装についてです」
「ドレスがどうした? 私の瞳の色と同じなのは、たまたま……」
「色など、どうでもいいです!」
「!!」
黒川先生が、アルフレッドの言葉を遮って大きな声を上げた。クラウディア様らしくない大きな声に、アルフレッドは目を白黒させて口をつぐんだ。
「年齢に合わないドレスに、ヒールの高い靴! マリア様のご負担を少しも考えていらっしゃらない!」
「いや、だから、マリアに一番似合うと思ってだな……」
「マリア様なら、どんなドレスでも似合います!」
言い切った黒川先生に、らんちゃんは頬を赤らめ、ヒルダ様は黒川先生に同意するように、うんうんと頷いた。
「服装は、似合っていればいいという訳ではありません。一番大事なのは、TPOです!」
「てぃ……なんだって?」
「TPOとは、TIME PLACE OCCASIONの略。すなわち、時、場所、場合に相応しい服装や振る舞いのことです」
聞きなれない言葉にポカンとしているアルフレッドをよそに、黒川先生の講義は続く。
「アルフレッド様がご用意なさったドレスは、学園の舞踏会には華美すぎます。15才という年齢にも合っていません。学年に不慣れな新入生を助け、導く立場にあるアルフレッド様は、全く逆のことをなさったことになります」
「だからそれは……マリアに一番似合うドレスを贈りたいと思ったからで……」
「それです! それが、一番良くないところです!」
「なんだと?」
「まず考えるのは、TPO。次に、着る人の負担にならないこと。ですが、アルフレッド様は、そんなことは何一つ考えず、考えていたのは、『自分が一番似合うと思うドレスを、マリア様に着て欲しい』というただそれだけの理由」
「それのどこが悪いのだ?」
「全てです! アルフレッド様は、ご自分の隣を歩くマリア様の姿のみを考え、靴やドレスを選ばれました。マリア様のご年齢も、ご負担も何も考えていらっしゃらない。女性は、男性のアクセサリーでも、付属品でもないのです! 別個の人格ある、1人の人間です! 女性の人格を尊重なさってください!」
わーっと、盛大な拍手が湧き起こった。
最初、手を叩いていたのは転生令嬢たちだったけれど、やがて少しずつ、令息たちも手を叩き始め、会場中が拍手の渦に巻き込まれた。
拍手に紛れて
「さすが先生! 女性の味方!」
「今世でも付いていきます!」
「私の婚約者にも、お説教して!」
「ストーカー野郎は、消えろ!」
「くそキモ野郎は、国外追放にしろ!」
「ナルシスト野郎は、廃嫡にしちゃえ!」
「1回死んで生まれ変わってから、出直して来い!」
一部、物騒な言葉が飛び交っているところが肝が冷える。
だけど、言いたい放題に見えて、誰もアルフレッドのことを言っていると断定されるような言い方をしていないところが、賢いというか、貴族的というか。周りに倣って手を叩いているだけの私も、少し見習おうと思った。




