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◯
星空の下、風が吹く。
「生誕の森」が不気味に揺れる音がここまで届いていた。僕は高台からそれ見下ろす。もうすっかり暗闇に慣れた目に、その光はあまりに眩しい。たまらず目の前に手をかざして遮った。
「——もう、来ないほうがよいとお伝えしたはずですが?」
聞き覚えのある声に、僕は振り返る。記憶のままのカインがそこにいた。僕は用意してきた言葉を彼に返す。
「うん。だから、まだ森に入ってないよ」
「……そうきましたか」
相変わらず、無表情のままだ。彼の悪趣味なマントが風で暴れだす。生き物の鳴き声みたいな風の音が聞こえた。
「君に用事があるんだ。終わったら、ちゃんと帰るよ」
——もし、オルカさんが心配して探しにきたら困るし。
誰かを巻き込むのは本意ではないのだ。もうこれ以上はごめんだと思っている。充分な距離があるとはいえ、何が起こるかわからないのが「生誕の森」なのだ。なんて言ったって、僕が記憶を無くした場所なのだから、記憶を無くすような何かがあった場所なのだから。
「なるほど、それでその用事とは何ですか? 『救世主さま』」
「一つは、これ」
花束を差し出す。さっき閉店直前の花屋に飛び込んで、あまっていた花をすべて包んでもらった。ここに来ると決めたとき、筋は通さなくてはいけないと思った。そう、これは献花だ。そうするものだと、どこかで聞いた気がしたから。僕のせいで死んだ彼らを、形だけでも葬いたかったから。彼らを忘れて日々を過ごすことへの罪悪感を、どうにか消してしまいたかったから。
「まだお墓はないだろうから、ここに置かせてもらおうと思って」
「…………」
色とりどりの花は、星空の下ではよく見えない。くすんだ色味で、咲いている。カインは、じっとその色を物言わず眺めていた。彼が何を考えているのか、僕にはわからない。
正面に向き直って、僕は彼と対峙した。
「あと、君に聞きたいことがあるんだ」
「……はい、何でしょうか?」
「この国の本物の『神』がどこにいるか、知ってる?」
——この国の「予言」を果たすのは、僕とその「神」なんだよね?
「舞台の幕が下りるとき、奴隷となった龍は、ひとつの魂と引き換えに自由を手にする。そして、人でも神でもないものと、神により、国は久方ぶりの平穏を得るだろう」
この国は、いま平穏ではない。それは舞台の上で「神」の振りをしている誰かがいるからではないか。僕はそう思った。
「予言」を果たすには、本物の「神」と僕が何かを成さなければならない。だから、聞きにきた。と、いうのは建前だ。
あの漆黒の光る目が、ずっと気になっている。僕は彼を信じられなかったけど、もし本物の「神」なら。そんな思いがあるのだ。そう、これはただの好奇心だ。公演を最初に観に行ったときと同じ、「神」がどんな存在なのか知りたい。琥珀色の目を持つ「神」を垣間見たいだけなのだ。
だから、ここまで聞きに来た。
彼以外、頼る伝手が思いつかなかった。オルカさんも、イヴも、「予言」を知らない。だから、あの「神」を信じきっている。僕の話を、まともに受け取って答えを返してくれそうなのは、カインだけだ。それに、彼は僕に「予言」を果たして欲しいと思っている。だったら、協力してくれるはずだと踏んだのだ。
「……本物の『神』、ですか?」
「そう、知ってるかな」
「…………『救世主さま』、この国がなんと呼ばれているかご存知でしょうか?」
「? 『演劇』の国じゃないの?」
カインが、首を横に振る。それではない、と暗に言っているようだった。
「——俗に、『機械仕掛けの神』の国。この国の『神』は、例外、人が造った贋物の『神』です」
「え?」
「有名な話なんですけどね。人の手による、人智を超えた『神』。性別がないのも、そのせいだとか」
——なので、この国の「神」は本物の、贋物の「神」なのです。
空いた口が塞がらない。そんなことがあり得るのか。反則のような、いや、例外のようなことを言われてしまった。
「『救世主さま』、ワタクシがわかるのはこれぐらいでございます。『予言書』に書かれていないことは、詳しくないもので」
「…………そっか」
本物の、贋物。
じゃあやっぱり、あれが本物の「神」なのだろう。僕の好奇心が急激に萎んでいった。
「ありがとう、変なことを聞いてごめん」
「いいえ、ワタクシとしては、貴方が『予言』に積極的で嬉しい限りです」
「……その『神』の話って、どれくらい有名?」
「さぁ、十年ほど前なら、ワタクシの国で御伽話としてよく話されていましたけど、最近はめっきり聞かなくなりました」
——若い子は、知らないかもしれないですね。
そう言って、彼は「生誕の森」を見つめた。その眼差しは、年相応の落ち着きを醸し出している。
「それで、『救世主さま』はなぜ『神』を偽物だとお思いになったのですか?」
「……目、」
「目? ですか?」
「そうだ。君は、『神』の目が何色に見えた?」
「この国のでしたら、そうですね。茶色、でしょうか」
「僕は、黒に見えるんだ」
だから、偽物だと思った。
個人の感性の違いだけじゃない。「神」の態度がそれを証明している。怯えたように、自らの目の色を気にしていた。それが露呈するのを恐れているのは、間違いない。でも、だとしたら余計にわからない。
元から贋物なら、隠す必要がないじゃないか。僕に疑われたって、バレたって、何の問題もない。だって、そういうものなのだから。彼は贋物なのだから。
——なのに、どうして……。
もしかして、全部僕の勘違いなのだろうか。
「目の色が、違う。…………なるほど」
カインは、そう言ってゆっくり瞬きをした。
「『救世主さま』、国立劇団をご存知でしょうか?」
「え?」
「公演を実施している、『神』が率いる劇団です。ワタクシのような庶民では、詳細のわからない物語でも、そこでなら詳しい説明が見つかるかもしれません」
——毎日、国立劇場で、稽古しているとか。
思い出したように、彼は付け加えた。そして、お辞儀をして見せる。
「『救世主さま』、貴方は『神』でも、人でもない特別な存在です。ワタクシのような一介の人間の見解なんて、お気になさらず。貴方の違和感を尊重してください。ワタクシは、それを信じます」
——きっと、「神」は本物ではないのでしょう。なら、我々の「予言」のためにも、本物が見つかることを、心より願っております。
彼の顔は真顔だったけれど、その語り口は相変わらず丁寧だった。最大限、僕に寄り添って、道を示してくれているのだと、僕はそう思った。
だから、素直に受け取って、街灯のない暗闇を僕は歩いて帰った。カインは僕の後ろ姿を、見張るようにずっと眺めていた。




