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16

 

 開いていく幕の奥、その舞台の真ん中には、やはり「神」がいた。真っ黒な瞳が、前よりはっきり見える。やはり一瞬ぞっとしたけれど、僕の心はすぐに凪いだ。


 わぁ、と感嘆の声を漏らしたイヴを横目で見る。彼女が心から楽しんでいてよかった。僕はどこか、ほっとした気持ちになる。


「——流星の話をしよう」

「神」の言葉で、僕は舞台に視線を戻した。


 その声は、相変わらずはっきり聞こえる。立ち見のときと何ら変わらないボリュームだった。


 ——すごいな。

 と僕はぼんやり思いながら、話にあまり集中できないまま眺める。「神」という存在は確かに目を引くが、彼の話に興味は持てないのだ。むしろ彼自身が魅力的に映れば映るほど、その語る物語が色褪せていくような気がした。


 思い返すと、城に封印されているという龍の話も、あまり印象に残らなかった。僕はこの国の「予言」を聞いてようやく、そんな話をしていたことを思い出したのだ。


 そう「予言」。

 


「舞台の幕が下りるとき、奴隷となった龍は、ひとつの魂と引き換えに自由を手にする。そして、人でも神でもないものと、神により、国は久方ぶりの平穏を得るだろう」


 

 ——この国の舞台って、この劇場のことなのかな。


 そう考えたとき、等々と語る黒い眼と僕の視線が交わった。一瞬の出来事。「神」はすぐ視線を逸らし、すべての観客に向き直る。でも確かに、目は合っていた。


 僕は、彼がこちらを見ていたのだとただそう思った。心は凪いだままだ。以前と違い納得感があったせいだろう。このチケットを寄越したのは、彼なのだから、ここに僕がいることを知っていて当然だとそう思ったのだ。


 ——もしかしたら、「神」は舞台に立つたび、僕を探していたのかもしれない。


 得体の知れなかった彼の輪郭の一端がようやく見れた気がして、僕はなんだか安心していた。

 すました顔で「神」は、お辞儀し、万雷の拍手が鳴り響く。

 



 舞台のセットが組み上がっていくその様子を、僕は何となく眺めていた。今日は、どんな話が観れるのだろう。どこかわくわくしている自分がいた。


 イヴも、興奮冷めやらぬといった感じで、足先をぱたぱた動かしている。楽しんでくれているみたいでよかった。そう思いながら、僕は客席をみた。


 そして、気づいてしまった。そこは、イヴと同じ表情をした人々で満ちている。何かを期待しているような、終わることを拒否するような、そんな顔だ。前のめりで、熱っぽい、夢中な瞳でただ真っ直ぐ「神」の残像を探している。次の舞台への期待なんてない。「神」に対する名残惜しさだけが、そこにあった。


 急に、何かに落胆したような気分になる。僕だけが、毛色の違う感情を抱いているせいだ。沈んだ気持ちで舞台へ向き直ると、逆側にある二階席に誰かがいることに気づいた。僕らと同じ、だけど反対の席、そこには頭からマントを被った人がいる。僕はその背格好は見覚えがあった。


 キナ、という名だっただろうか。「神」と二人で話したとき、ワインを持ってきてくれた人だ。もしかしたら、あの時もあそこにいたのかも知れない。天井から降りてきたのではなく、出っ張りからジャンプしたのだ。それにしても、すごい身体能力であることには変わりないけれど。


 その人は、背もたれに体を預けて、座っている。そのまま眠っていてもおかしくない姿勢だった。他の観客とは違う、その態度に僕は好感を覚える。共感に近い、好感だ。


 彼、あるいは彼女だけが、冷めていた。客席の熱気に乗らず、ただそこにいる。それが、なんかいいとそう思ったのだ。


「——イヴ、始まるよ」

 そう彼女に肩を叩かれて、僕は慌てて前を向いた。スポットライトが、女優にあたっている。

 


 物語に集中しているうちに、それまでのとりとめのない考えはどこかに消えてしまった。

 


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