表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/23

15

 ◯

 

 客席の右斜め上にある二階席に、僕らは案内された。そこは出っ張っていて、舞台全体がよく見える。客席にあるような椅子ではなく、座り心地が良さそうなソファーが並んでいた。


 劇場の籠った空気を吸う。この場にまた来たのだと実感して、僕は何かに期待するような、もう後悔しているような気持ちになった。「神」は訳がわからなくて怖い。それに、ここに来てもきっと「神」は何も教えてはくれないだろう。


 だけど、今の僕はこの国の「予言」を知っている。そして、頼まれたという理由でそれを成すと決めた。まだ色んなことがわからないままで、知ることを諦めてはいないけれど、決めている。だから、前よりは平気なのだ。そんな風に思いながら、僕はそのソファに腰掛ける。


 困惑しているイヴは突っ立ったままだったので、手招きして隣に座らせた。彼女はまだ歩いているかのように、足を落ち着きなく動かしている。


 そしてふと、はっとすると、こちらをじっと見た。

「……君って、何者なの? もしかして、すごい人? スタッフの人、当たり前みたいにあたしたちをここまで案内したよ?」


 ようやく脳が追いついたようで、彼女は捲し立てるように話し始める。


「ていうか、こんな凄いチケット、普通もらえる? ……誰から、貰ったの?」

 彼女は、疑っているような、その疑いを晴らして欲しいと願っているような視線を僕に向けた。


「…………えっと、」

「………………教えられない、ことだった?」

 イヴがその唇を薄く噛んだ。


 僕らには、きっと互いに言えないことがある。まだ踏み込んではいけない境界線が、僕らの間には引かれているのだ。


 でも、彼女のその顔を僕は見た。最初の友達に拒絶されるかもしれない彼女の、その悲しさを理解してしまったのだ。


 まだ、こんなことを言えるような関係ではない。先送りにした問題を解決するのは、今ではないと確信を持って言える。

 ——でも、…………。


「……僕、今から変なこと言うけど、信じてくれる?」


 僕はいつか、この話をしたいと願ったのだ。彼女の事情に踏み込めるようになりたいと思った。それなら、そのいつかが、今になったっていいのだ。悲しませたくないと思うのだから、今なんでも話せる関係になればいい。


 僕はそう勇気を振り絞った。


「信じる」

 間髪入れず、イヴは答える。


「当たり前だよ。君は大切な友達なんだから」

 真っ直ぐ僕を見て、彼女はそう言った。


 その信頼が、嬉しくて、その温度で脳に渦巻く複雑な言葉が溶けていく。何をどう言えばいいのか、簡単に答えが出せた。


「——僕、人間じゃないんだって」

「え?」

「『神』が混じってるって、この国の、『演劇』の神に言われて、その話をした後、このチケットを貰ったんだ。また来て欲しいって」


 そこまで話して、続きは言えなかった。「予言」の話はどうしても言う気になれなかったのだ。


 イヴはやはり驚いた顔をしている。大丈夫かと僕は少し不安になった。大ボラ吹きだと思われるかもしれない。

「…………」


 見開かれた目が、ゆっくりと閉じていく。長い一瞬の後、イヴは僕を見据えた。


「そっか」


 たった一言。でも、僕にとって、それはどんな言葉より嬉しい一言だった。


 彼女は背もたれに寄りかかりながら、じわじわと笑みを浮かべる。


「あはは、物語みたいだ。君、すごい人なんだね」

「……嘘じゃないからね?」

「もちろん、信じてるよ?」

 そう言ったきり、黙る。彼女はそれ以上何の情報も求めかった。ただ僕が言ったことを受け入れただけ。まだ互いの境界に自らの裁量で踏み込むことはできない。彼女は示された場所まで着いて来た、それだけだ。


 きっと僕が全てを詳らかにすることに躊躇していると気づいているのだ。そして、彼女にも、まだ僕に踏み込んでほしくないことがあるから、立ち止まったままでいる。


「……その話は、信じるよ。でも、あたし、君は人間だと思うな」

 そして、そう言った。否定ではなく、あくまで彼女の意見としてそう述べる。


「でも、あたしは君が何者でも友達でいたいし、どんな事情があっても、君は友達のままだよ。だから、その……教えてくれてありがとう。それと、ごめんね」


 ——僕も、同じだ。

 彼女にどんな事情があっても、友達であることを諦めはしないだろう。でも、それと全てを彼女に明かせるかどうかは別だ。ごめん、は多分、そのごめんだ。


「——良いよ。友達じゃん」

 だから、僕はそう言った。思ったよりも軽い調子になったのは、彼女が僕を人間だと言ってくれたことが、嬉しかったせいだ。彼女にそう見えていたという事実が、僕の心を持ち上げる。理由はよくわからないけど、嬉しかった。


 イヴは、僕の言葉にほっとした顔で応えて、にんまりと笑う。

「君の友達ってだけで、特等席で公演が観れるなんて、得した気分」

「はは、そっか。せっかくだから、楽しもうね」


 会場の明かりがおちた。ざわざわしていた観客が、息を潜める。もう、公演が始まる時間だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ