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39話 火山ダンジョンマスター視点



灼熱が、脈打っている。


溶岩が流れる音は遠くの雷鳴みたいに低く腹へ響き、赤く染まった岩盤は熱を吐きながらじわじわと膨らんだり縮んだりしていて、その呼吸のような揺れを足裏で感じるたびに「ここは俺の身体だ」と否応なく思い知らされる。


俺は火鬼。

熱々の火山ダンジョンの主であり、この火の国の王であり、拳で語り、拳で終わらせると決めた男だ。


「……くだらん」


吐き捨てた言葉は乾いた熱に溶け、すぐに消えたが、胸に灯った苛立ちは消えず、むしろ溶岩みたいにじわじわと増していく。


最近、配下から何度も同じ報告が上がる。

“ダンジョンマスターのくせにコソコソ隠れて、罠だの影だの使って正面に出てこない卑怯者がいる”――と。


その話を聞くたびに、俺の中の何かが焼け焦げる。

戦いとは、姿を晒し、名を名乗り、相手の目を見て拳を叩き込むものだ。

それができないなら、マスターを名乗る資格などない。


だから、俺は宣戦布告を叩きつけた。

卑怯者が隠れているなら、こちらから踏み込んで引きずり出してやる、正々堂々の殴り合いの場に引きずり出して、その卑怯さを拳で砕いてやる――そういう単純で、だからこそ揺るがない決断だった。



「進軍状況を報告して」


背後から届いた声は、火山の熱とは真逆の温度を持っていて、聞いただけで空気が少し冷える気がした。


振り返ると、そこに立つのは雪女。

火の国には似合わないほど白くて、冷たくて、視線の奥が凍っているみたいな女で、正直“買った”時は冗談のつもりだった。


――ダンジョンポイントが余っていた。

それだけの理由で買った。

火山に雪女? 笑い話みたいだ。

だが、いざ手元に置いてみると、こいつは余計な感情を挟まないぶん指示役としては優秀で、配下が熱に浮かされて暴走しがちなこのダンジョンにおいて、逆に都合が良かった。


「どうだ、順調か」


俺が問うと、雪女は指先で魔力の地図をすっと撫で、淡々と報告する。


「前線は順調。フレイムゴブリン、マグマリザード、ファイアウルフ、ラーヴァスライム、そしてシャーマン隊も展開済み。敵ダンジョン側は消耗しているはず」


「当然だ」


俺は鼻で笑った。

こちらは火山。燃やして押し潰すだけで勝てる。

耐久? 持久? そんなものは殴り続ければ終わる。


「インフェルノは」


「前線で戦闘中。敵の抵抗は強いけれど、インフェルノが突破口を作っている」


その報告を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなる。

Aランクのインフェルノジャイアント。

俺の誇り。

火山の化身。

あれがいるなら、負ける道理がない。


――最初は、順調だった。

配下が噴き上がる熱のように前へ出て、敵を押して、削って、進んでいく。

俺は中枢で拳を握りしめながら、勝利の形を思い描いていた。

卑怯者を引きずり出し、顔面に拳を叩き込み、火山の王の名を刻みつけてやる、と。


だが。


空気が、ふっと歪んだ。


「……報告です」


雪女の声が、ほんの僅かだけ硬い。


「インフェルノが――撃破されました」


「……は?」


言葉が、脳に届くまでに時間がかかった。

インフェルノが?

撃破?

そんなわけがない。

冗談にしては質が悪い。


「何を言っている」


声を低くしたつもりだったが、熱が喉の奥で爆ぜる。


雪女は淡々と続ける。

その淡々さが、逆に現実を突きつけてくる。


「敵の損耗は大きい。ですが、敵はまだ動ける。こちらの前線は押し返され、撤退が始まっています」


俺は奥歯を噛みしめた。

火山の中枢なのに、背中に汗が浮く。

火が怖いわけじゃない。

火の中で負けるという概念が、俺の中に存在しなかっただけだ。


「相手も疲弊している……すぐには攻めて来られまい」


自分に言い聞かせるように呟いた瞬間、通信の魔力が乱れた。

配下からの連絡。

ゴブリンだ。

普段なら、うるさいだけの報告で終わる。


だが、次に耳へ流れ込んできた内容は、熱を一瞬で冷ますほど不快だった。


『ボス! ボス! 冒険者が! 冒険者が入ってきたッ!』


「……はあ?」


『止まらない! 数は四! 女! 女の冒険者! こっちに――』


「このタイミングで?」


喉の奥から笑いが出そうになる。

俺が宣戦布告して攻めている最中に、別の冒険者がダンジョンへ?



嘘のような話だ。



しかしすぐに本当だとわかった。


なぜなら、次の瞬間に気づいたからだ。

火山は熱い。

熱い場所には必ず音がある。

溶岩の泡立つ音、岩の割れる音、火の揺らめき。

なのに今、通路の向こう側から来る“気配”は、火山の音を押し潰すほど、静かで、整っていて、鋭い。


「……来る」


雪女が呟く。

その声は、いつも通り冷たいのに、わずかに緊張が混じっていた。


俺は拳を握り、玉座から降りた。

体内の熱が一気に回り始め、血が燃える。

逃げる? 隠れる?

冗談じゃない。

火鬼は、正面から殴る。


「来い」


通路の闇が揺れ、熱で歪んだ空気の向こうに、四つの影が現れる。

全員、女。

場違いなくらい整った足取りで、火山の熱を“当たり前”のように踏みしめている。


先頭は、剣を持った少女。

小柄で、まだ若い。

だが、目だけは妙に澄んでいて、刃物みたいに鋭い。

その後ろに、護符を持つ巫女。

盾を構える騎士。

そして、銃を背負ったスナイパー。


「……ほう」


俺は口角を上げた。

火山の中枢まで辿り着いた胆力だけは認めてやる。

だが、ここから先は――俺の領域だ。


「俺は火鬼。熱々の火山ダンジョンの主だ」


名乗る声は、火山の轟音に負けないよう腹から出した。

正々堂々。

己の名を名乗り、己の拳を見せる。


「よく来たな。ここまで来たなら、逃がさない。拳で――」


言い終わるより早く。


先頭の少女の目が、ほんの僅かに細くなった。

それだけで、空気が変わる。

熱が引くとか、冷えるとか、そういう単純な話じゃない。

“斬る”という概念が、その場に現れる。


「……っ」


俺は反射的に踏み込んだ。

拳を振るう。

熱を乗せる。

溶岩のような一撃で、頭を砕いてやる――そう思った。


だが。


勝負は、一瞬で終わった。


いや、正確には――終わっていた。

俺が拳を振るう“前”に、すでに切り分けられていたような感覚だけが残る。


視界の端で、雪女が何かを言おうとして口を開いた。

だが、声は届かない。

届くのは、静かな風の音と、火山の熱が一気に暴れ始める気配だけだ。


「……な、に……?」


口から漏れた言葉は、熱に溶けて、形を持たない。


俺の中の火が、散る。

誇りが、燃え尽きる。

拳が、意味を失う。


火山が――怒り狂う。

主を失った火山は、制御を失い、溶岩が逆流し、岩盤が割れ、天井が崩れ、世界が赤く崩壊へ向かっていく。


「……俺は……正々堂々……」


最後まで、それだけは言いたかった。

卑怯者を裁くつもりだった。

正面から殴るつもりだった。

火山の王として、拳で終わらせるつもりだった。


だが現実は、拳が届く前に終わっていた。

そして、熱々の火山ダンジョンは、主を失った瞬間から、己の熱で己を焼き、崩れ、飲み込み、消えていく。


崩壊の轟音の中で、最後に見えたのは――

少女の剣が、まるで最初からそこにあった答えみたいに、静かに収まっていく光景だった。



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