38話 妹 中村桜 視点
熱が、肌の奥まで染み込んでくる。
太陽の熱とは違う。
地面の下に、巨大な炉が据えられていて、そこからじわじわと煮えたぎる息を吐き続けている――そんな感覚だった。
黒い岩肌はところどころ赤く脈打ち、ひび割れから白い蒸気が立ち上る。
吸い込む空気さえ乾いていて、喉の奥がひりつく。
「……暑っ」
思わず漏らした私の声は、熱で歪んだ空気に吸い込まれて消えた。
ここはCランクダンジョン、《熱々の火山》。
ギルドからの緊急依頼で、私たち――**冒険者パーティ《オリジン・ワン》**が派遣されてきた。
つい先日Bランクに昇格したばかり。
それが異例の早さだとか、天才だとか、周りは勝手に盛り上がる。
でも私の中には、そういう浮ついた感覚はほとんどない。
「私の原点は、たった一人」
パーティ名を決めたとき、勢いで口にしたその言葉が、いま思い出しても恥ずかしい。
後悔がないわけじゃない。むしろ、ちょっとある。
それでも――この名前をつけた理由だけは、ぶれない。
私の原点は兄だ。
ダンジョンが現れた日、兄は巻き込まれて病院に運ばれた。
生きて帰ってきた。それだけで、十分すぎるほどありがたかった。
でも、あのとき私は何もできなかった。
ただ祈って、待って、泣いて、無力を噛みしめるだけだった。
だから――私は強くなる。
兄を、普通の生活の中で守れるように。
もう二度と、ベッドの上で顔色のない兄を見たくないから。
「桜、水飲んでる?」
隣を歩く幼馴染――熱田 姫華が、いつもの落ち着いた声で言った。
巫女として補助と回復、結界を担う彼女は、由緒正しい家柄のお嬢様なのに、言葉は意外と現実的だ。
「大丈夫。まだ余裕」
そう答えながらも、ペットボトルの水を一口含む。
ぬるい。喉を通っても、身体の熱が引かない。
前方では、柴田 あかりが一定の距離を保ちながら歩いている。
騎士のスキルを持つ彼女は、姿勢が良すぎて逆に疲れそうだと思うくらい、いつも真っすぐだ。
「桜、足元」
「わっ」
注意されて気づく。岩の隙間が思ったより深い。
一歩間違えれば足を取られて、熱気の溜まる穴へ落ちかねない。
「ありがと、あかり」
「当然よ。指示は聞きなさい」
口うるさい。けど、正しい。
その正しさが、熱気と同じくらい肌に張りつく。
最後尾でぐったりしているのは、スナイパーの大江 蜜璃だ。
「ねぇ……これさ……ほんとにCランク……?」
帽子を深くかぶり、銃を背負ったまま、死にそうな声を出す。
「まだ入り口手前だよ」
姫華が淡々と返す。
「……いや、暑さのランクがSなんだけど……」
そのぼやきに、思わず笑いそうになったが、笑うと喉が痛い。
◆
今回の依頼内容は、簡単に言えばこうだ。
――《熱々の火山》のモンスターが減っているらしい。
ギルドはそれを“好機”と判断した。
危険度が高くて手つかずだったCランクダンジョンが、何らかの理由で難易度を下げているなら、今のうちに若いパーティに挑ませて恩恵を与えたい――そんな思惑が透けて見える。
でも、実際に来てみると。
「……確かに、少ないね」
私の声は自然と小さくなった。
ダンジョンの入り口付近。
本来なら、偵察役を出す前に小競り合いが起こるくらいにはモンスターが湧くはずだ。
それが――気配が薄い。
「死体があるわけでもない」
あかりが周囲を見渡しながら言う。
「戦闘痕もない。単純に“いない”」
姫華が眉を寄せる。
「異常発生……っていうより、外に出払ってる感じがする」
その言葉が、胸の奥にすっと入ってきて、嫌な冷たさを残した。
「出払ってる?」
蜜璃が顔を上げる。
「どこに?」
答えられる人はいなかった。
だって、ギルドの資料にはそんな情報はない。
《熱々の火山》が攻め込んでいるとか、遠征しているとか、そういう話は一切。
火山ダンジョンは火山ダンジョンで、ここにいる。
ここはここで完結している――それが“普通”のはずだ。
でも、普通じゃない。
「……気味が悪い」
私がぽつりと言うと、姫華が小さく頷いた。
「うん。静かすぎる」
あかりが低く言う。
「静かな場所ほど、危ない」
その言葉に、熱いはずの背中が少しだけ寒くなる。
私は剣の柄を握り直した。
剣聖。
このスキルを得たとき、世界が少しだけ軽くなった気がした。
できることが増えた。守れるかもしれないと思えた。
でも、いま目の前にある“静けさ”は、私の自信をじわじわ削ってくる。
何が起きているのか分からない。
分からないものほど、人を不安にする。
それでも、止まるわけにはいかなかった。
「……行こう」
私が言うと、三人が頷く。
姫華が護符を指先で整える。
あかりが盾の位置を確かめる。
蜜璃が銃の安全装置に触れて、呼吸を整える。
私たちは、熱気の揺らめく洞穴へ足を踏み入れた。
モンスターが少ない。
それだけの事実が、逆に私たちの心臓を早く打たせる。
まるで――
この火山が、何かを隠しているみたいに。
そして私たちはまだ知らない。
ここから“いなくなった”モンスターたちが、どこへ向かったのか。
それが、私の世界――
兄のいる世界を脅かす方向へ進んでいることを。




