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終末世界、キミの救世主  作者: 高倉ポルン
26/30

25

 乾いた発砲音は街に大きく響き渡り、次いで『何か』に着弾したようで、血を上げながらゴーシュの横すれすれに墜落してくる。


 コンクリートを抉り、粉塵が舞い散る中、突然のことで戸惑っているイーリアに目を向け叫ぶ。


「今だ!」


「え? あ、はい!」


 すぐに我を取り戻したイーリアは ふいに右手を突きだすと――瞬間その手の中に漆黒の弓が出現した。

 禍々しくも美しい。恐ろしさすら感じるはずなのに、その弓は妙な魅力を放っている。


「――『乖離する罪過』」


 イーリアが小さく呟くと同時、彼女は虚空から黒い矢を出現させる。

 矢はまるで実体を感じさせず、個体と言う感じがしない。


 黒い光の矢、と表現するのが一番近しいだろう。


 その矢を彼女は放とうとして、しかし、次の瞬間には粉塵から『何か』が飛び出した。


 ……遅かったか。とゴーシュは思ったが、イーリアの口元には笑みが浮かんでいる。


「もう、捉えました。――貴女のすべて、いただきます」


 矢を放つ。すると高速で動く『何か』を追尾するように矢は飛び、やがて直撃。途端『何か』はスピードを無くし、慣性に従って先ほどまで飛んでいた方向へと墜落していく。


 新たにコンクリートを削りながら止まった『何か』にゴーシュは近づこうとして、走り出した瞬間イーリアから声がかかる。


「お兄さん! どうしてこんな危険な場所に!」


「お前が居たからだ! 馬鹿野郎!」


 怒りながらも、今はこれだけに留める。今はそれよりも『何か』を捕まえるのが先だ。

 近づいて、そして『何か』の正体にゴーシュは驚きを隠しきれない。


 何しろ『何か』はいつぞやの天使であったから。

 流れる金髪は戦闘のせいか荒れており、意識を失っているのか目は閉じられている。


 ボロボロになりながらもその身を包む服は以前と変わりなく、ただ背から生える羽が二枚から四枚に増えていた。

 増えた羽も、元の二枚と比べ実体がつかみにくい。

 イーリアの放った先ほどの矢宜しく、光の羽だ。


「この天使――この羽は『天の地』の神聖兵器『俊英なる武翼』です。その効果は高速――いえ、光速で動くことを可能とする物で、他にも飛翔の際におそらく人を消す能力もあるそうです」


「あるそうですってことは、わかってないのか?」


「えぇ、私も先ほど研究員の人達から大方わかっている能力を教えられたのですが、消す能力については推測の域を出ず、また効果の有効範囲もわかっていません。ですが、その能力も魔法であることに違いはありません。神聖兵器の能力はどれも魔法ですから」


「それは、現人神としての推察か?」


「そうですね。魔法発動のシステムに直結しているせいか、そう言うのに敏感になっているようです。彼女が『俊英なる武翼』で飛んだ際にも魔法の使用を感知しました。――神聖兵器の本質は、私と似通って、対価無しに魔法を発動させる、と言う事なのかもしれません。まぁ、とにかく魔法である以上、現人神である私には効きませね。私を倒すための魔法は、おそらくエネルギーを魔法で生み出す遠距離攻撃系くらいかと」


 淡々と言ってのけるイーリアだが、つまりは遠距離以外の魔法は何も効かないと言っているのと同義。ゴーシュは内心、その強さに驚嘆していた。


「な、なるほど。――で、この後どうする?」


「そうですね。まぁ、殺すしかないでしょう」


「……そっか」


 彼女とは数カ月前に一度言葉を交わした程度の仲だ。

 正直こうして顔を見るまではその存在自体忘却していた。

 それに、こうして敵として現れ、人々を消し去っていたとわかった以上、憎しみしか湧いてこない。


 だと言うのに――。


「……お兄さん、そんな辛そうな顔しないでください。殺せなくなります」


「え……?」


 言われて己の顔に手を当てる。

 確かに、殺してほしくないと言うかのように、己の顔は酷く悲しく歪んでいた。


「お兄さんは……優しすぎるんですよ。こんな人でも死ぬところは見たくないんでしょう?」


「そう、なのかなぁ……」


 彼女は殺さないといけない。頭でわかり、心でも納得しているが……事実ゴーシュは「彼女を殺すのか?」とは尋ねなかった。


 ……余計なことまで考えてしまう。目の前の女は多くの人間をその能力で消してきたのだろうが、しかし、だからと言って殺してしまっていいのだろうか。


 彼女にも家族が居るのではないだろうか。友人が、離れたくないと思っている相手がいるのではないだろうか。

 甘い考えなのはわかっている。でも、それでも……。


「あまり考えすぎないでください。お兄さん。――わかりました。彼女は殺さないことにしましょう。それに、もう終わりでしょうしね」


 ――戻りましょう。と告げて踵を返して研究所のあるランペルージュ家に引き返すイーリア。

 予想外の展開に驚き、天使をちらちらと見ながらも彼女の後を追う。


「どういうことだ? もう終わりって……」


「……なんというか、ですね。――『乖離する罪過』」


 何事かを呟くと、彼女の手の中に先ほどの弓が顕現する。


「これは王国の神聖兵器『乖離する罪過』。対象の記憶、感情などを奪うことが出来る能力があります。私はあの天使からすべての感情を奪いました。喜びも悲しみも、怒りも敵意も……彼女は今、何も思わなくなっています」


「それって廃人ってことじゃ……」


 戦慄するゴーシュに、ロアは――。


「い、いえ! 感情は言わばゼロになっただけで、また人生を歩み、経験していくことで少しずつ取り戻していきます! この神聖兵器を与えた流転神イーリア様はとてもお優しい神で、この兵器は人を殺さずに、反省させると言うとても優しい物なんですっ!」


 ――少しばかり使い勝手は悪いですけどね。と苦笑を浮かべるイーリアを見て、思う。


 彼女はこの武器を優しい武器と言った。つまり、彼女もまた人を殺すことを良しとしない性格の少女なのだ。

 これほど優しい彼女はおそらくこれからも戦争に巻き込まれる。


「イーリア……」


 ゴーシュはふいに立ち止まり彼女を抱きしめる。


「へ? ……ふぁっ。あぅ……」


 華奢な体を抱きしめ、白髪を優しく梳く。


 ――この子を、もう戦地に送りたくない。



  ★



 二人で研究室に戻ってくると、その瞬間ロアに頬を叩かれた。


 その眼もとは赤く泣き腫らしており、今も鼻をすすっている。


「兄さん! な、何を考えているんですか!」


「……心配かけた。ごめん」


 素直に謝るゴーシュを、だが、彼女は許さない。


「ふざけないでください! 私だってイーリアを……っ! イーリアを行かすのがどれだけ辛かったかっ! どれだけ一緒に行ってあげたいのを我慢して……どれだけ兄さんが行ったと聞いて心配したか……!」


 ボロボロと涙を流すロア。ゴーシュは先ほどイーリアにしたように彼女を抱きしめる。

 決壊したダムの様に泣き止まない彼女を撫で、もう大丈夫だと安心させるように強く抱く。そして……。


「本当に、ごめんな」


 その謝罪を受けて彼女は堰を切るかのように感情を爆発させた。


「許しません……イーリアも、兄さんも……本当に、本当に……心配したんですからッ!!」


 叫ぶ彼女にゴーシュは口を挟まない。


「二人が居なくなって、私一人になったらどうしようって……。もし帰ってこなかったら、って……」


 感情を吐露するその姿に、イーリアもロアを抱きしめる。


「ごめんね、ごめんねロア……」


「本当に、悪かった……」


 謝り続けるゴーシュたちに、ロアは鼻を啜りながら泣くのを止めて、涙でくしゃくしゃになった顔を上げて尋ねる。


「本当に、反省してますか……?」


「ああ」


「うん」


 真摯に答える二人を受けて――。


「……わかり、ました。今日だけは許します。た、ただし次は私も一緒ですから! 私たち兄妹はずっと一緒なんですからねっ!」


「ああ、もちろんだ」


「ロアもいてくれるんだったら百人力だよっ!」


 三人は笑顔を見せる。遠巻きに見ていた研究員たちも、その姿に微笑みを浮かべていた。


 ――が、次の瞬間彼らの笑みは凍り付いた。『何か』の一言によって……。


「まぁ、その次は来ない感じなんだけどねぇー」


 バッと振り返るとゴーシュたちが研究室に来るために使った廊下一杯に羽を広げたあの天使の姿があった。


「な……んで……」


 驚愕に言葉が出ないゴーシュ。それは他の皆も同じことだった。

 誰も彼もが絶望をその顔に張り付けている。


「何で……って、よく言うねぇ。感情を持って行ったのはそっちでしょ?」


 その目にはただ一つの怒り。純粋なまでの怒りの感情だけが渦巻いていた。


「お前らに負けたところを極秘で監視してた糞天使に見られてさぁ、曰く『お前は役立たず』だってさ。それで『天の地』から私は追放、神聖兵器は没収、と言うわけ。……アハハッ! ふざけるなッ! あの糞野郎ッ!! クソックソックソッ!!」


 イーリアは確かに感情をゼロにしたと言っていて、人生を経験することで再度取り戻す、とも言っていた。

 つまり、目の前の天使はものの数分でゼロから殺意を抱くほどの怒りを手に入れたと言う事だ。


 彼女の言葉のどれがその琴線に触れたのかは知らないが「余計な事を」とゴーシュは爪を噛む。


「だから、俺達に復讐を……?」


「うん? まぁ、そうだね」


 端的に答えると同時に彼女の姿が掻き消える。

 神聖兵器を無くしたとはいえ、相手は天使。

 世界で二番目に強い生物だ。

 「どこに行った!?」と辺りを見渡し――研究員たちが見るも無残な姿となる瞬間を、目撃してしまう。


 天使は武器も何も使わず、人間と判断が付かないほどまで彼らを蹂躙した。

 中にはゴーシュを見逃したアンも居たのだろうが、すでにどの肉片が誰の物かわからなくなっていた。


「……ッ!」


 それを目撃したイーリアがゴーシュとロアに防御魔法を即席で展開するが……。


「――かはっ!」


 ゴーシュの横で、ロアが苦悶に表情を歪める。


 その腹部を、天使の腕が貫いていた。


「止めろッ!!」


 叫ぶゴーシュに、天使は動きを止めて言った。


「わかった。止めるね」


「へ……?」


 天使はゴーシュの言葉通り、ロアの腹部を腕で貫いたまま動きを止めた。


 困惑するゴーシュだが、次いで耳をつんざくロアの声に一瞬で現実に戻される。


「――ッ!!」


 声にならないような彼女の絶叫に、ゴーシュの顔は怒りに満たされた。


「お前ぇぇええ――ッ!!」


 だが、天使はロアの腹部に腕を突き刺したまま、ゴーシュを蹴り飛ばし壁に衝突させる。

 強い衝撃に脳が揺れ、立ち上がることが出来ない。


 ロアから手を抜くと今度はゴーシュに近付き、彼女は懐から取り出した絆創膏を手渡した。


「使うといいよ。おかげで私の傷は早く治ったよ? 恩があるからお前は殺さないでいてあげるねっ。……アハハッ!!」


「ロアッ! お兄さんッ! ――許さないッ! 魔法――『拘束防御』」


 イーリアは感情のままに防御魔法の一種を叫ぶ。

 それにより哄笑を上げていた天使の動きが空中でぴたりと止まった。


「……チッ! まぁいい。その魔法は永続ではない。いずれ時が過ぎればお前を殺す」


「五月蠅いッ! お前は許さないッ!」


 告げると彼女は天使に手を向け、詠唱を行う。

 現人神であるイーリアは本来魔法を使用する際に詠唱を必要としない。

 なのに、そんな彼女は詠唱を開始した。


「ふうん。古代魔法か。だったらもう出れそうにないから、やっぱりそこの坊主も道連れに殺してあげる」


 イーリアの詠唱を聞いた天使は、しかし特に気にした様子もなくゴーシュの方へ向くと、告げる。魔法でも何でもない、ただの言葉を――。


「――こうなったのも、今まで死んでいった人たちも、お前があの時私を通報していれば死なずに済んだんだ」


「ぁ……ぇ……?」


 あの時、つまりはゴーシュと天使が出会ったあの路地裏で、もしゴーシュが天使の言うことを無視し、騎士団にでも通報していれば、少なくとも彼女はリスクが上がったと襲撃を止めたかもしれない。

 それは絶対ではないかもしれないけど、それでも何もしないよりは犠牲は少なかっただろう。


 あの時は知らなかった。そう言ってしまえば終わりだが……ゴーシュにそんなことは出来ない。


 何せ、街で敵であるはずの天使を見つけながらも見逃す程――多くの人を殺してきた彼女を殺すことが出来る絶好のチャンスで、見逃してあげる程、ゴーシュと言う少年は優しいのだから。


 故に『お前の責任だ』と言われ、違うと言いきることも、はい、そうですかと流すことも出来ないのだ。


「俺が、みんなを……?」


「そうだ! お前がみんなを殺したァ!! そこで腹に大穴開けられて瀕死の女もッ! 後ろで形も残らないほどぐちゃぐちゃになった人間共もッ! それ以前にこの王国の国民たちもッ! すべてお前があの時見逃したから死んだァ!! お前、お前がみんなを殺したんだよォォッ!!」


「そ、んな……」


「何でそんなお前が生きている! 何でお前が死んでいないんだッ!! 死ねッ死ねッ! 死んで全員に懺悔しろォオオ――ッ!!」


 瞬間、ゴーシュの心は抱えきれない自責の念によって壊れる。


 折れるのではなく、粉々に砕け散った。


 頭を抱え、「俺が殺した俺が殺した俺が殺した……」とひたすら繰り返す。


「黙れぇぇ!!」


 ゴーシュにすべての責任を押し付けようとする天使にイーリアは咆哮。


 詠唱を終え、魔法名を口にする。


「永遠に、戻ってくるなァ!! 古代魔法――『アラード・マキナ』ッッ!!」


 すると、天使の体に虚空より出現した無数の鎖が絡みつき、雁字搦めになる。

 やがて完全に鎖で拘束され、直後彼女の居る空間が渦を巻くように歪み始める。


 そんな中、天使はニヒルに笑い叫ぶ。


「私の名前はレレック・ノームッ!! だがな、みんなを殺したのはお前なんだよ!! 私がこうして罰せられるんだから、お前もさっさと死んで全員に詫びろォオ――ッ!!」


 直後、部屋は静寂に包まれる。否、ゴーシュのつぶやきだけが流れ続ける。


 それを受け、イーリアは絶望に顔を染めた。


「何で……。何で、神様ぁ……」


 嘆くイーリアの目の前には、ぐちゃぐちゃになった死体と血を出し過ぎてすでに事切れたロア。

 自責の念に取りつかれ、狂気の目をして己を責め続ける少年が写っていた。

 そして狂ってしまった少年は……。


「俺のせいで、俺のせいで……」


 自分のせいでみんなが死んだ。

 アンも、研究員の皆も。自分のせいでいくつもの町の住民が消えた。

 この街の住民だって、ゴーシュがイーリアを追って外へ行く頃にはほとんどが消滅させられていた。


 ――すべて、自分のせい。


 死んでいなくても多くの人が亡命し、その人生を狂わせているだろう。


 生き残ったとしても、人生が狂っていることに変わりは無い。自分は多くの人の人生を……。


「あぁ、ぁぁああアアアア――ッ!!」


 そして、大事な妹までも、亡くしてしまった。

 精神が死んでいく。脳が活動を停止して死んでいく。


 崩壊し、瓦解し、ゴーシュ・ランペルージュとして生きることに絶望する。


 自分のせい。自分のせい。何もかもが自分のせい。この大きな不幸は、自分の一つの過ちによって引き起こされた物だ。


 そう、自分のせいで――と、そこで、ゴーシュの意識は途切れる。


 ――ゴーシュ・ランペルージュと言う人間の心が、壊死(えし)した瞬間だった。


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