嘱望の断章
……?
『あー、これ、もう認識してるのか?』
『してるしてる、めっちゃしてるよ……変な事、言わないように、ね……』
『うおお、マジか。えー、初めまして、JITRO-Y。これからあんたは世界樹冬眠計画ってのに携わるわけだが、おれはその責任者みたいなもんだ。よろしくな』
……。
『カクア、これが?』
『これ、なんて言ってやんな。立派な一つの人格なんだから』
『……そだね。初めまして、わたしは“いどのす”の代表。長い付き合いになる、よろしく』
……よろしく。
『いよいよわたしが顕現してるのも限界だ。こっから先は人類だけでやってもらう事になるけど……大丈夫?』
『問題無い、信頼してくれ。……おれには1000年後を見届ける事は出来ないから、レイ、代わりにしっかり見ておいてくれ』
『任せて。その為にも、ジトロ、頑張ってね』
分かった。
『今日は、《狭間の道》に移送される日か。こうしてあんたに会えるのも、これで最後になるんだな。通信機は有るから、話す事自体は出来るが。
聞くに、何も誰も居ない所らしいな。長い間ひとりぼっちになるし、寂しいかもしれない。けど、おれたちの心はいつもジトロと共に在るから、安心してくれ。
あー、だからな……頼んだ。またな、ジトロ』
またね。
『……いよいよ、おれにも、迎えが来た、ようだ。こんな時代に、よく200年も生きられたな……。
次に、まともな意識を取り戻せるのは、何時になるか……分からん。だから、最後に……そう、最後だ……。
さよ、なら、だ、ジト、ロ。……レ、イ……ほん、とうの、終わり、に……また……』
……さよなら。
「“悠久を孕んだ大樹は”
“遠き春の現を夢む”」
惑星ウィナンシェの奥深く、“いどのす”たちが遺した《狭間の道》と呼ばれるこの亜空間にて、ジトロ・ユグドラシルは優しい声で諳んじていた。──そのメモリーに記録されている、《Hibernated Yggdrasil Online》という罠のプロローグを、少々改変したものを。
「“再生を願った子らは”
“塵の柱となりて久しく”」
ありとあらゆる言語である可能性を内包した声は、ただジトロ自身のみが捉える。誰にも気に留められる事は無い、報いられる事も無い娘は、それでもただ自身の創造主の為に祈り謳い続ける。
「“冷たい眠りが暴かれて”
“大樹と星がまことにつがい”
“機械仕掛けの無垢なる聖女に”
“凍える報いが齎されようとも”」
ただ、ジトロは望まれた。世界樹冬眠計画の完遂の為、誰よりも望まれて生まれて来た。
故にその希望に応える。希望を嘱託された人工の聖女は、無垢に無慈悲に使命だけを遂行し続ける。その為の命であるが故に。
「“さぁ、肥やしたちよ”
“エアルトより来たりし使者どもよ”
“今こそ死ね”
“我らの繁栄を取り戻す為に”」
いつの間にか、だだっ広く白いばかりであった空間は暗くなり、ジトロの足元だけが薄ぼんやりと光り始めていた。床も透明になって、それによりジトロの身体から伸びるコードの先が露になる。
「“蘇る母の腕に抱かれ”
“三千世界の全てを拒み”
“果たして世界は満たされる”」
そのコードの先は幾つにも枝分かれして、足元の光源──青白く輝く巨大な球体に絡み付いていた。その球体には他にも、緑色の植物のような物も根付いており、青いハニカム模様の燐光を纏って成長していっている。
「“これは、わたくしが紡ぐ”
“このセカイの為の祈り詩”」
弾けるように、その植物たちが伸びた。細い枝同士が絡み合い、太い幹のようになって、遥か遠くの天を目指して昇ってゆく。
「──《Hibernate Yggdrasil Operation》」
擦り切れた大いなる種に未来を。
枯れ果てた母なる大地に恩恵を。
そして、世界を信じて歩み続けた生命たちに果報を。
聖女は祈る。願い、望み続ける。聖女とはそうして生き、そして殉ずる命なのだから。
両手を天高く掲げ、ジトロは世界樹再生の処理を開始する。科学の力を借りなければならぬ程に弱った世界を、真に癒すために。
たった一人で成し遂げて、その果てに意識の死を迎える事になろうとも構わない。斯くあるべし、と望まれたままに。
──……本当に、それで良いのかい?




