90:lo poi xruti le crino ku'o detri
年の瀬を迎えた神聖ユガタルファ王国。真夏の日差しが降り注ぐ中、この地域では前代未聞の『夏の収穫祭』が催されていた。
とはいっても、誰か偉い人がやれと言い出したわけではない。農作を営む平民たちが、例年の数倍もの収穫に狂喜乱舞して、街中で出店を始めたのがそもそものきっかけだ。
普段のユガタルファの夏は、不快な蒸し暑さの中汗水垂らしながら僅かばかりの糧の為に働き続ける時期だ。その季節に採れる作物も普及しているが、痩せた土地柄故に得られる量は少なく、とても祭なんぞに割けるリソースなんて無いのだ。
だのに、今年の収穫祭は賑わっている。老若男女問わず街に集い、辺境の村の者さえ都市に訪れ、ある種の異常事態としかいえないこの豊作に感謝している。
勿論その感謝の対象は、今は亡き世界樹だ。ユガタルファの民は皆世界樹に縋る。恩恵が失われて久しく、熱心な信者はそれ程居ないが、それでもこういう時には皆世界樹を思い出すのだ。
伝承を知る者は、これこそ神樹復活の予兆だ、とまことしやかに囁く。世界が蘇り、最も痩せ細った大陸が最も恵まれた大陸へと戻るのだ、と。
蛍石の月28日。ユガタルファは、空前絶後の熱狂の中に在った。
世界樹信仰の総本山と言えるエジャの街も、勿論例に漏れずうだるような熱に包まれていた。NPCは世界樹広場には入れないから、その周囲を取り囲むように集まって、古い古い祈りの詩を捧げている。
《狭間の道》入場用のそれとは別の文言をBGMに、アージェンは複雑な表情で何も知らない人々を見ていた。彼女にとっては殆ど敵である世界樹を称える民衆が苛立たしいのも有ったが、それよりもその輪の中に混じるドワーフやドロイドの姿が哀れで仕方が無かった。
(あ~……胸糞)
信仰の対象によって殺されたり操られたりするだなんて、なんという悲劇だろう。つくづく、古代人の外道さに腹が立つ。
「なーんだかなぁー……」
ともすれば奇声のようでもある歓喜の声がこだまする中、彼女は一人景気の悪い溜め息を漏らした。それに気付いた人が怪訝げな目を向けて来るが、気にせず彼女は道の端っこを歩く。
ユガタルファが凄い事になっている、という噂を聞いて、丁度手が空いていたアージェンは興味本位で訪れてみたのだが、確かにこれは凄まじい。ただでさえ暑いのに、燃え上がるパッションが更に気温を上げているようにも感じられた。
(この真夏日に、よくああもテンション高められるよな……いや、暑いからこそテンション高いのか?)
押し売りに負けて買わされた焼き芋──じゃがいもっぽいのに塩をかけた奴で美味しい──をモフモフと食べながら、彼女は扇子をぱたぱたと扇ぐ。転移のクールタイムが終わるまでは、否が応でもこの猛暑の中に居なければならない。
店の中に入れば涼しい所も有るだろうが、何処も満員で入れる余地は無さそうだ。どうせ待ち時間もあと数分程度だし、日陰を歩いて暇を潰しつつ出店を冷やかす事にする。
(明後日はレオロの仮誕生日だし、なんか買ってこうかね)
事前に訊いた所「何でも良い」との事だったが、置物なんかは荷物を増やしてしまうし、後に残らない物が好ましいだろう。となれば食べ物の類いが一番面倒くさくないわけで、数日くらいは保つ良い感じのおやつは無いだろうか、とアージェンはきょろきょろ探す。
いちゃつく名目が有るのは良い事だ。生き残る為の準備も、やれる事は殆ど全て終わってしまったし、残るのはネリネへの注文品待ちと細々とした下ごしらえくらいである。──もう一つの方は、何の進展も得られていないが。
I.R.E.A.タワーを許可が出る限り隅から隅まで当たっても成果は得られず、その他の所も探ってみても手掛かりすら掴めず。II型ドロイドは一種のロストテクノロジーと化していて、メンテナンスの機材をとりあえず動かしたりは出来ても、それを利用して晴嵐の中身をどうこうするのは、ブラックボックス状態なので不可能なのだ。
(こうなったら、その間だけ晴嵐をどうにか無力化する感じで考えてみるか?)
ドロイドの使う転移がどの程度の物かは分からないが、詠唱を封じて身体をふんじばって誰も来ないような所に閉じ込めておけば、晴嵐は誰も殺さずに済むのではないか。洗脳阻止の方法が見つからなかった時用に、そういう手も考えておこう。
ふと、陽が翳り始めた。掌で目元に影を作りながら空を見上げると、大きな積乱雲が風に乗ってやってきているのが捉えられる。間もなく、ぽつぽつと冷たい雫が頭や肩に当たった。
「げげっ」
この人ごみの中で傘を差すのは無理だ。建物も満杯だし、大人しく打たれるしかないのか。いや、そろそろクールタイムが終わっている筈だ、と彼女は口を開く。
「転移──」
人々の死角に入り込むようにしながら小声で呟くと、果たしてその通りに転移が発動した。そしてまた遠くへと飛んでゆく。
ユガタルファ以外の地域でも、異常な豊作や魔物の沈静化が確認されていた。人の暮らしを脅かす魔物は人里に姿を現さず、比較的弱いものならその変死体さえ見つかるような有様であるのに、家畜や普通の獣は良く肥え、子供も沢山生まれたりしているようだ。
荒野はじわじわと草原になり、砂漠すらも少しずつ狭まり、禿げ山にも木々が生い茂り、枯れた泉まで蘇る。荒天の続く地にすらうららかな空が訪れ、暴れる海も今ばかりは凪ぐ。これほどの規模の自然への干渉なんて、プレイヤーがどんなに徒党を組んでも成し遂げられないモノだ。
これも、世界樹とやらの仕業なのだろうか。だとすれば、昔のユガタルファ人が奴らを神と崇めるのにも頷ける。確かに偉大な存在である。
(その為にやってる事は外道だけどな)
足元に転がっていた小石を蹴飛ばしつつ、雑多な草たちが芽吹く荒れた平野を往く。ひとりぼっちで向かう先は、最寄りの街にて『変な木』の目撃情報が有った所だ。
生き延びられる確率を小数点以下でも増やす為に、アージェンは世界樹の情報も集めている。件の『変な木』とは十中八九世界樹と関係のある代物だろうと判断し、彼女はそこに訪れようとしているのだ。
敵を知り己を知れば百戦危うからず。一度実際に世界樹を目の当たりにすれば、何か掴める物も有るやもしれない。正直、世界中で起きている良性異常の数々を見る都度心が折れそうになるが、まだまだ諦める気は毛頭無いし。
(と、アレかな)
延々と同じような景色が続く中、彼女の行く先1時方向にやっとそれらしい物が見えて来た。まだ日中であるにも関わらず、ハッキリと光っている事が見て取れる木だ。目的地が見えたので、アージェンは少し歩くスピードを上げる。
木に近づくにつれ、足元の疎らな緑が密度を高めてゆく。新芽に過ぎなかった雑草たちが、本葉やつぼみをつけた大人の植物になってゆく。やがて花さえ見当たるようになった辺りで、彼女は目的の木に辿り着いた。
地平線の彼方まで続く荒野、あるいは草原のど真ん中に場違いに佇むその樹木は、大木と言って違い無い程度の高さであった。直視しても眩しくない程度にぼんやり青く輝く広葉が、この木が尋常のモノではない事を物語っている。
「ワーオ神秘的ぃー……」
そんな率直な感想を漏らしながら、幹の周りを回るように歩く。恐らく、これは世界樹の関係物で間違い無い。ベネトナシュと同様のクローンとかなのだろうか、と推測を巡らせる。
「……フン、散々わたしたちを弄びやがって」
憎しみを込めた渾身の回し蹴りを、太い幹に喰らわす。木が揺れ、しゃん、と葉が擦れる音がしたが、それだけだった。
「アホの世界樹め、いっその事切り倒してやろうか」
「それは困りますから、どうかやめてください」
思いっきり悪態を吐いたアージェンの背に、平坦な少女の声がかけられる。突然の事に驚いて飛び上がりかけて、どうにかそれを抑えて平静を取り繕い、そして振り返る。
そこには、お姫様のような少女が佇んでいた。グラデーションのかかった青の髪に、エルフのように尖った長い耳。淡い空色のシンプルなドレスに、瞳の色は原色に近い水色。それだけなら、妖精の国の王女様、と言われても違和感の無い容姿だろう。
だが、赤かった。その玉のような肌は、何処もかしこもまんべんなく明度低めの薄紅色をしていたのだ。普通のエルフではない、とアージェンは理解する。
「……あんたは」
「あなただって、胴を斬られたら痛いでしょう」
言葉は通じているようなのに、いまいち話が通じない。ただその険しげな表情から、アージェンの事を咎めているらしいという事だけは分かったが。
メニューから、相手のステータスを呼び出す。レベルは1、種族は竜人──その文字列に聞き覚えが有るような気がして、少し首を傾げた。
「……成る程、あなたは“えあると”……だからわたくしが嫌いなのですね」
「あんたは“いどのす”なのか? 世界樹とはどういう関係なんだ?」
「本当に切り倒されたら困りますし、一人くらいなら……」
駄目元で問いかけてみるが、こちらの台詞なぞ意にも介していないように、赤い肌の王女様は独り言を続ける。そしてその語尾に物騒な気が宿ったのを感じ、アージェンは一歩後ずさった。
「いえ、まだ早いですね……雑魚ならまだしも、規定のレベルに達した“えあると”を殺すのは難しそうだ……」
美麗な無表情から害意が消えたのを認め、アージェンはほんの少し警戒を緩めた。盾を前方に構えたまま、相手の出方を窺い続ける。
「そうですね、一つ聞きたい事が」
「こっちの質問に答えてくれるなら受けてやるけど」
「ここに居た人たちは、何処に行ったのでしょうか?」
一切乱れないマイペースで、彼女は問いかけてくる。こちらの要望が聞き届けられたかは分からないが、ここは答えなければ始まらないだろう。
「ここには長らく人なんて居ないよ。ずっと昔から荒野だったっつー話だ」
「……ここはわたくしの都でしたのに」
アージェンが淡々と街の人から聞いた事実を語ると、相手は打ちのめされたように瞠目した。その台詞から察するに、ここには嘗てこのお姫様と所縁のある都市が有ったのだろう。
「答えていただきありがとうございます。それでは対価を。
わたくしは確かに“いどのす”と呼ばれる存在の一員です。世界樹は我らの根のようなモノです」
「えっ? お、おう……?」
こちらの話も、一応聞いてはいたのか。しどろもどろになりつつ返事をすると、相手は義理を果たしたと言わんばかりに背を向け、ぴょんと大きく飛び上がって枝葉の中に消えた。
「……何だよアレ」
もし魚や植物と話したりしたら、あんな具合のズレを感じたりするのだろうか。そのくらい、根本的な所が違う存在であるように思えた。
赤い肌の少女が消えた葉の群れを見上げながら、アージェンは盾を仕舞う。濃厚な緑の匂いが立ち上る中、彼女は今回の収穫を口の中で呟いた。
「命乞いは通じそうにねーな……」
「一人くらいなら」と言った時の、あの無慈悲な眼差し。アレは冗談ではなく、殺せるなら殺すといった殺気の籠った視線だった。時が来れば、あのマイペースさのまま魔物や“使者”を殺しに来るのだろう。ああいうのが典型だと確定したわけではないが。
(目的は果たせたし、帰るか)
推測ではない、かなり確定的な世界樹の情報という収穫は得られた。クールタイムもとうに終わっている事だし、そろそろ一旦避難所に戻って休憩を挟もう。そう結論を出した彼女は、堂々とメニューを開いて転移を発動させた。




