91:lo pe la'oi I.R.E.A. zoi ka jetnu
I.R.E.A.タワーのエレベーターや自動ドアのシステムの保守は、様々な思惑が絡み合った結果、代々とあるエルフの家系の者に任せられている。今日まで細々と、しかし確かに続いて来たその血脈の末裔の男は、その業務の裏に隠されたもう一つの任務の方に着手していた。
I.R.E.A.タワーの一階、塔の中心部にある、人通りの殆ど無い通路。そこには、彼の血脈の者にしか立ち入れない部屋が有る。
それこそが、この国の最大の機密だ。半年前に先代が天に昇ってしまった今、まだ所帯も持っていない彼の他にその秘密を知る者は、この国の王くらいしか居ない。この通路の出入り口を守っている守衛さえ、何も知ってはいないだろう。
(僕も、全てを知っているわけではないけれど)
切れかけの照明がチカチカと瞬く無機質な通路の先に、木目模様に侵食されるようにしてある一角に辿り着く。その侵食の中心部に、異物を少しずつ喰らってゆく謎素材で出来た両開きの扉が有った。
波打ち脈打つ不安定な足場を、慣れた足取りで彼は進み、扉の前に立つ。すると彼の来訪を感じ取った扉が、有機的な気持ち悪い動きでぐにぐにと開いた。
「何というか、気色悪いよな……慣れたけど……」
扉を潜り、彼は『ソレ』を目の当たりにする。木目の謎素材で出来た、二つの朽ちた切り株のようなものと、それを中心に広がる根っこと思しきモノ。そしてそれに宿り木のように絡み付く、侵食されたコード。それから、姿見のような巨大なディスプレイ。
この天地の過去未来、木末のように無限に分かれてゆく可能性。それらを包括する万象の無意識の海を解析し、間違いの無い過去視やそこそこ正確な未来視なんかを実現する、古代のスーパーコンピューター──この部屋に有るのは、そんな代物であるらしい。
(話を聞くだけじゃ、オカルトとしか思えないけど……まぁ、重大な物なのは間違いないんだろうな)
それの点検管理こそが、彼の血脈に受け継がれてきた本当の使命だ。エレベーター等のメンテナンスももちろんやっているが、それはこれの存在を隠す為の名目上の仕事である。
とはいえ、埃が積もらないように掃除したり、劣化した部品の交換が主な業務で、機械を起動してどうこうする事は全く無い。聞くに、祖父の代からこれが起動された事は無いそうだ。
何故王すらもこれを利用しないかといえば、そういう契約だかららしい。そもそも現在は動力不足で、起動は不可能なのだとか。
ならばどうしてそんなモノを大事にメンテナンスさせられているのかといえば、それも契約なのだという。意味が失われても儀式だけは残っている習慣というのは何処にでも有るものだが、非合理的だな、と彼は思う。
けれどもこれが飯の種であるわけだから、手を抜く事はしない。通常の技師よりもずっと良い給料を貰っているし、文句の出る口なぞとうに重く塞がっている。
(はぁ~あ、良い身分だよなぁ……全く、血筋様々だよ)
彼には、エルフとしては致命的なまでに魔法の才能が無い。幾つかの初歩的な、エルフなら子供でも使えるような魔法しか使えず、かといって体力が有るわけでもないので、もしこの仕事が無ければ大変な事になっていただろう。
壁際に置かれている掃除用具を持ち出して、まずディスプレイの上に積もっている埃を乾布で拭き取る。一通り綺麗にした後画面の電源を点け、幾つか適当な映像を流し問題無い事を確認した。
「ふー、次」
今年最後の点検だ、折角だしいつもより丁寧に掃除してやろう。そう思い立ち、彼は脈打つ床にモップをかけ始めた。
きっと、彼はこれからもこの仕事を続けるのだろう。そしていつかは伴侶を得て、後継者を作って次世代に託してゆくのだろう。年の瀬だからか、ついそんな事を考えてしまう。
「……僕に伴侶、ねぇ」
血脈の維持の為に可能な限り同族と結ばれるべし、という事になっているが、イーアイレアではエルフなんて殆ど居ないし、現実的に考えて難しい。先代はどうやって巡り会ったのだろうか、話を聞いておけば良かったな、と彼は思う。
──ふと、彼の足元に光の線が走った。青っぽい蛍光色をした線が、外側から切り株のようなものに向かって集まるように走る。前例の無い現象に、彼はモップをかける手を止め身構えた。
「ッ!?」
先代から話を聞いて、この部屋に関する事は大体全部知っているのだが、こんな現象は見た事も聞いた事も無い。緊張に早まる鼓動を感じながら、彼は素人なりに警戒して成り行きを見守る。
やがて、切り株が蠢きその形状を変化させ始める。朽ちて根元のみになる前の姿へと再生されてゆく。二つの幹が螺旋状に絡み合った、樹齢幾千年といわれても違和感の無い、立派な大樹の姿へと。
無機物の床に根を張る大樹が完全に再生し終えると、その前に二つの光の柱と思しきものが現れる。それは徐々に人型に変形してゆき、二人の女性の姿となった。
ぴくぴくと動くエルフ耳と、額辺りから生えている二本の角。仮面でも被っているかのような二つの無表情が、揃って彼の方に向けられる。
「……カクア?」
「いイや、違うネ。ソの血族で良ク似てルケど、別人だ」
「そりゃそうだよな……彼はとっくに虹の橋。死後の世界を夢むのは、とっても虚しい事だけど」
「意識と魂ガ別ナらバ、そコに辿リ着く事も有るダロウよ。きっとネ」
背の高い白髪の女と、カタコト気味な黒髪の女は、こちらの存在なぞ気にも留めてないように会話を交わす。自分の先祖の名前が出た事に驚いたが、それよりも関係者以外立ち入り禁止のこの場に部外者っぽい奴が居るという事実に、彼は血の気が引く思いだった。
(ヤバイヤバイヤバイ、始末書書く羽目になるゥー!!)
国家機密を流出させてしまった、となれば、通常なら首が飛びかねない。突然目の前に現れたのだ、と言ったって上司は信じてくれないだろうし。特別な立場である故に本当に辞めさせられる事は無いだろうが、減給や謹慎は必至だ。
「じゃあ、行こうか」
「何処へ行ク?」
「何処にしようか?」
「何処でモ良イな」
「空の見える場所なら、何処でも」
「大地を踏みシめラレるなラ、何処でモ」
小気味良いリズムの話し声と共に、彼女たちは当たり前のように扉を開き、外に出て行ってしまう。そこで漸く彼は人心地つき、慌てて二人を追いかけ始めた。
「おっ、おい、待て! 君たちは何者だ!? ていうかここから出て行かれるとややこしい事になるのでちょっと待ってくださいお願いします!!」
「人類の事情なんて知らないよ」
「勝手にやヤコしくナってレば?」
無慈悲な返答を返す二人に、彼はなおも追い縋る。こちらは走っていて、向こうは悠然と歩いているようにしか見えないのに、何時まで経っても追いつけなかった。
「……どうやら惑星再生は無事に成りそうだ。良かった、本当に……」
「うン。ワタシたちは、命懸ケの賭けニ勝ッたんダ」
もう完全に二人だけの世界に入っている。どうやっても追いつけない事に、やがて彼は精根尽き果ててその場に膝を突き、角の生えた二人の女を汗で歪んだ視界で見送った。
蛍石の月30日。今日も今日とて調べものの為にI.R.E.A.タワーで本の虫になっていたフュールは、いつの間にか資料室から警備員が居なくなっていた事に気付いた。
「……おやおや」
顔にかかる横髪をかきあげ、耳の後ろにかけてしまいながら、彼はモノクルの位置を直す。そして丁度今読み終えた本を元の場所に戻すと、次の資料を探しつつ部屋の中をそれとなく観察し始めた。
彼の他にも、ここに勤める研究員や学生と思しき格好をした者の姿が有る。だが常に利用者の動向に目を光らせている、警備員の姿も形も無い。
(これは、何か有ったみたいですね)
戦闘員が総出で当たらなければならない程の侵入者の出現。考えられる可能性としては、そんな所だろうか。様子を見に行くか否か一瞬迷ったが、晴嵐は今日は休んでるし、魔法以外は貧弱一般人でしかないフュールだけで戦場に身を投じるのは、流石に怖いので止めておく。
(怖いなぁ……)
腰に提げている魔導書と、左手の緑の腕輪がしっかり有る事を確認しつつ、すっかり警戒モードに入ってしまった気を鎮める為に、入り口が良く見える席に座って瞑目する。長い冒険者生活で戦闘力が上がったのは良いが、些細な異常からすぐに気が立ってしまうのはどうにかしたい所だ。
フュール以外にこの異常に気づいている者は無く、小さな足音と紙をめくる音のみが静寂を彩るのみである。暢気なものだ、と彼は手持ち無沙汰な手で魔導書を開いた。
そうして暫く時間を潰していると、廊下の方がバタバタと騒がしくなってきた。ぴくりと耳を振るわせ、彼は聴覚を研ぎ澄まさせる。
「どうしてこんなになるまで立ち向かったんだ!!」
「直ちに総員撤退させろ! このまま奴を逃がしたら上に怒られる? 責任は全て俺が被る、分かったらもう誰も死なせるな!!」
「い、痛ぇよぉ……かあちゃん……かあちゃーん!」
「気をしっかり保て! 死んだらお前のすけべな本が親類に見られるぞ!!」
「常駐ヒーラーがゲロ吐いて倒れました!! 非番の者たちにも連絡を入れてますが、片方は今向かってる最中、もう片方からは返答が有りません!!」
「単純骨折なら添え木して固定して安静にさせてろ! 浅い傷なら消毒してガーゼ張り付けとけ! 魔法使いの負担を減らせ!!」
「明らかに手遅れな奴は後回しだ! 生き延びる見込みの有る奴から治療を!!」
「最寄りの病院から応援が駆けつけました! 重傷者から搬送してってください!」
随分と凄まじい地獄絵図になっているようだ。流石にこれには一般人も気付いたのか、ざわざわと色めき立っている。
(どうしましょう……アージェンさんを呼んだ方が良いでしょうか)
と、考えて、すぐに思い直す。今日は蛍石30日、彼の推測が正しければ、どうせアージェンはレオロとなんやかんやしてる筈だ。そこに水を差すような真似をするのは、あまりにも無粋である。
どうやら敵は離脱の方を優先したみたいだし、命の危険は去った筈だ。意を決して彼は立ち上がり、そっと出入り口から外の様子を窺う。
「うっ」
濃厚な血の臭いが、むわっと鼻腔を突く。戦場の臭いだ。いくら慣れても、不快なものは不快である。
担架に乗せられて運ばれる、惨たらしい状態の怪我人を見かけ、彼は更に眉間の皺を深くした。耳をしんなりと垂れ下げながら、彼は怖い顔をしている警備員の一人に声を掛ける。
「あの、すみません」
「何だ!! 今忙しいのが分からないのか!?」
「分かりますよ。ですから、僕の力をお貸し出来ると思いまして」
思いっきり怒鳴られたが、彼は臆さず穏やかな笑みを浮かべて返す。
「僕はフュールォミレクァ・クルツェオ・ラドヒュアルと申します。一番の得手は攻撃魔法ですが、回復魔法も不得手ではありません。
ですから、怪我人の居る所に連れて行ってください。猫の手でも借りたい有様なのでしょう?」
ここの所調べものばかりで魔法を使ってなかったし、鈍らせない為にもちょいと腕を振るってみるのも良いだろう。勿論、吐くまで献身するつもりは無いが。
彼の名に聞き覚えが有ったのか、急に態度を改めた警備員に連れられて、フュールは歩き出す。彼の力を必要としている者たちの元へと。




