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春を忘れて大樹は眠る  作者: 夢山 暮葉
第十一章:春に目覚める大樹の聲
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92:lo jimca pluta cu jibni klama


 新年を迎えた翡翠の月5日。それぞれ個別行動で集めた情報の共有の為、アージェンと愉快な仲間たちは避難所に集っていた。


「──と、一生懸命I.R.E.A.タワーの資料室を当たりましたが、それらしい情報は掴めず。特殊な機材を利用して、II型ドロイドの意識を書き換える方法のマニュアルみたいなのは見つかりましたが、その機材は現代には無いようですし。

 今有るので代用出来るものは無いか、と探しましたが、見つかりませんでした。もっと本腰を入れてやれば不可能ではなさそうですが、時間が足りません……」

「よしよし、良くやってくれたな、フュール君」


 タイムリミットは同月17日前後。ここまで必死に資料を当たった結論がそれなら、もう本当に諦めた方が良いだろう。アージェンは顎に手を当て、自分の考えを纏めてゆく。


「それから、先月の30日の事なんですけど、なんかI.R.E.A.タワーに妙な侵入者が有ったみたいで、凄い事になってました」

「ふむ、詳しく」


 それは初耳だ。彼女は続きをせっつく。


「僕は怖いから現場には行かなかったんですが、一杯怪我人が出てたので、ちょっとボランティアをしてきました。その時についでに話を聞いたりしたんですけど……。

 曰く、『恐ろしく強い二人組の女が、最重要機密区画から出て来た』とか、『グッと片手を掲げただけで、取り囲んでいた屈強な警備員がまとめて吹き飛ばされた』だとか、そんな話ばかりで、侵入者とやらの正体はとんと掴めませんでした」


 I.R.E.A.タワーの警備は結構厳重だ。だのに侵入を許してしまったという事は、下手人は高レベルのプレイヤーとかだったのだろうか。

 と、考えて、彼女はもう一つの可能性にも思い至る。I.R.E.A.タワーの機密区画に有るモノとは一体何か、この仮説が正しい場合の二人組の女の正体は──渦巻く推測を、ぽつぽつと口に出してゆく。


「……わたしは世界中を回って、世界樹の情報を集めて来た。その最中、世界樹クローンと思しきモノも目撃した。ずっと昔から荒野だった所に、最近出現したらしい。“いどのす”を名乗る奴とも接触したしな。

 そこから考えるに、I.R.E.A.タワーの闇に隠されてるのは同様のクローンで、二人組の女ってのは“いどのす”なんじゃないか、って思うんだ。あくまで推測だけどね」


 もしI.R.E.A.タワーに世界樹クローンが存在していたとしたら、今になって復活しだしていてもおかしくはない。こんな時分に高レベルのプレイヤーがテロ行為をする理由もヤケクソ以外に見当たらないし、この仮説が真実である確率は低くはないだろう。


「ていうか、アージェン、さらっと“いどのす”なんかと接触してたのかよ……危険だろ……」

「いやー、どうにか穏便に終われたから良かったものの……もし相手の虫の居所が悪かったら死んでただろうねー、怖かったー」

「……お前がそう言うって事は、余程ヤバい相手だったんだな」


 相手の能力は相変わらず未知数のままだが、少なくとも高レベルのプレイヤーと同等の戦闘力を持っているらしい事は推測出来る。それがあの容赦の無さで振るわれるのだと考えると、寒気がする。元々同格以上との戦いは得意ではないし。

 そんな考えが顔に出ていたのか、晴嵐が少し不安げにこちらを見つめていた。こんな所で皆の士気を下げるわけにはいかない、と、アージェンはにっと笑ってみせる。


「司令官殿……」

「ま、どうにかしてみせるさ、不利ななりにね。それより、晴嵐の件について一つ提案が有るんだけど」


 そう切り出して、彼女は自分の案を説明する。精神操作が防げないのなら、晴嵐の肉体の方を拘束して何もさせないようにしておく、という作戦を。

 他のドロイドや“いどのす”による解放を防ぐ為に、秘境の奥地なんかに隔離する必要も有る。その上、1000秒間が終わった後洗脳が解ける保証も無い。だが、今打てる手の中では、一番効果が見込めるだろう。


「──って具合の作戦だ。とはいえあくまで提案だ、晴嵐に酷い事せにゃならんし」

「いえ。是非そうして欲しいのであります」


 即答だった。藁にも縋る想いなのだろう、その表情は硬い。こちらの想像以上に、晴嵐は追い詰められているようだった。


「……ま、アレだ、晴嵐よ。ドンと任せとけ、きっと何とかするさ」


 何の確証も無いが、彼女はそう元気づける。すると、晴嵐はほんの少しだけ口元を緩めた。


「そう、ですよね。自分には司令官殿がついているんですもん、卑劣な古代人なんかに負けるわけがないのであります!」

「そうそう、その意気だ。よし、晴嵐の了承も得られたし、作戦の細部を煮詰めてこうか」

「仲間を閉じ込めておく為の算段なんて、気乗りしませんが……生かす為の作戦でもありますしね」


 アージェンはマップを広げ、塩梅の良さそうな秘境を探し始める。拘束具に関しては、《蓮の糸》で使われていた物の余りをネリネ辺りに譲ってもらおう。考えを纏めてメモに書き出していると、自分の文字がちょくちょく揺れているのを認めた。


(……タイムリミットまで、後12日)


 自分も相当思い詰めているのかもしれない。努めてそれを押し隠しながら、彼女は手と頭を動かし続けた。




 翌日、ネリネの秘密基地に訪れたアージェンは、憔悴した様子のネリネに出迎えられた。一体何が有ったのだろうと考えて、気付く。いつも彼女の影の如く佇むコノハズクの姿が無いのだ、と。


「……注文の品は出来てるわ。それから、拘束具の方も……何に使うのか知らないけど」

「ん、サンキュ。こっち代金ね」


 沈んだ表情の彼女からあれこれ受け取りながら、推測を巡らす。その焦燥の原因は、コノハズクが急に居なくなって帰って来ない、といった所だろうか。


「そいや、コノハズクさんは?」

「……居なくなっちゃったのよ、年末辺りから。探してるんだけど、見つからなくて」


 という事は、と、自分の推測の裏付けが増えてしまった事に軽く目を伏せる。恐らく、コノハズクは“いどのす”なのだろう。

 あの広漠たる平野で遭遇した“いどのす”を名乗る少女も、種族は『竜人』表記だった。これにより、『NPC竜人=“いどのす”』の図式が成り立つ可能性が出て来る。

 とはいえ今有るサンプルは一つだけ、とてもそれが真であると断定出来るレベルではない。だがここで、このタイミングでのコノハズクの失踪が根拠になる。

 彼はいつもネリネと一緒だ。彼が単独行動する事なぞ、ネリネにそう命じられた時くらいしか有り得ない。だのに、今彼は無断で居なくなっている。他の“いどのす”が次々と復活し、活動開始しているこのタイミングで、だ。


(言うべきか、それとも)


 逡巡し、しかし止めた。秘密を知っている者は少なければ少ない程良い。ネリネはジャディスリィと繋がっているのだ、教えたら最後、そこからあれよあれよと漏出しかねない。


「……ジェンさん、何か心当たりとか、無い?」

「ん~……これまでのアジトとかは見た?」

「とっくに見たわよ」

「むー、そっかー」


 思わず飛んで来た鋭い問いかけに、顔色を変えず当たり障りの無い受け答えをしながら、彼女は心の中で謝罪した。恐らく、ネリネは殺されてしまうのだろう。自分を守る筈の従者の手によって。


(くっくく、とんだ悪人だな、わたしは)


 我欲のために余計な縁を切り捨て吐き捨て、挙句の果てには目の前に居る友すら切り落とそうとは。だがアージェンは今更覚悟を翻したりはしない。


「ごめんな、力になれなくて」

「仕方無いわよ、こればっかりは、さ。あたしももう一度心当たりを探してみるわ」


 その台詞に色々含みが持たされているような気がして、一瞬言葉に詰まった。『知ってて話さないのだとしても、仕方が無いって事にしといてあげるわ』と、言われているような気がしたのだ。


「じゃ、わたし帰るから」

「あら、もうクールタイム終わったの?」

「おうとも。じゃあね、色々ありがとね、またね」


 そう言いつつ席を立ち、転移画面を展開する。と、その瞬間、ネリネの背後に黒い影が生えた。


「えっ」

「あ?」


 アージェンが上げた驚きの声に弾かれるように、ネリネが後ろを振り返る。そしてそこに居た人物を見上げて、まず驚き、次に安堵し、ややあって怒りの表情に変わった。


「どっ……何処に行ってたのよっ、こんのバカハズク! せめて書き置きくらい残しなさいよ、心配したじゃないっ……!!」


 泣きそうな声で怒鳴るネリネに、心無しか気まずそうな面持ちになるコノハズク。その様子を醒めた目で眺めながら、アージェンは静かに声を掛ける。


「良かったね、ネリネさん。そんじゃ、今度こそ」

「うんっ……!」


 なんだかんだ、ネリネはコノハズクの事が大好きなのだろう、その愛情の種類が何であるかはさておき。微笑ましさと苦々しさが綯い交ぜになった心を抱えたまま、アージェンは転移を発動した。


(本当、本当……ファッキン運命、ゴートゥーヘル“いどのす”)


 思いつく限りの罵倒を脳内で渦巻かせつつ、籠城予定地である何処かの無人島の掘建て小屋に荷物を出してゆく。インベントリが使い続けられる保証も無いから、ある程度は外に出しておくのだ。

 そうして一通り作業を終えると、彼女は外に出てスコップを取り出す。そして小さな森の中を往き、事前に定めておいたポイントに辿り着くと、ざっくざっくと無心に穴を掘り始めた。

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